第17話

まだライオネル国が統治される前、五つの部族が争い、覇権を争っていた時代。各地で水害、冷害、干魃、竜巻、地震…あらゆる天災に襲われたときがあったらしい。祈祷が行われ、精霊達に生け贄を供えたりもしたそうだ。


しかし、いっこうに天災はおさまらず、あまつさえ異形の生き物までもが闊歩するようになった。今で言う妖魔だ。どうやら、妖魔はそれ以前は存在していなかったらしい。


そんな時、各部族の長が話し合いの場所を設けた。

各部族とは、まず平原を住みかとするライオネル族。彼等は、身体強化魔法に優れており、攻撃魔法に特化していた。海辺を住みかとするネプチン族は、水の精霊力を操り、特に治癒魔法に優れていた。川沿いを住みかとするファマ族は、地の精霊力を操り、怪力を有していた。山岳を住みかとするハンテル族は、風の精霊力を操り、強い足腰とすばしっこさを有していた。定住することがなかったジーブー族は、いたる部族から爪弾きになった者達の寄せ集めであった。


以上の五部族の長が集まり、お互いに争うことを止め、共通の敵に立ち向かうことを約束した。そして、妖魔退治のため、各部族から一人づつ最強の者を選出した。


その五人こそ、伝説の勇者とされている。

ライオネル族のピューイ、ネプチン族のマーシャル、ファマ族のガウラ、ハンテル族のファルコ、ジーブー族のジャッガル。


彼等は、五人で旅をして回り、次から次へ妖魔退治をしていった。その際、妖魔に囚われていた精霊を解放する場面などもあった。また、戦略的に明らかに人数が合わないと感じられる面も多々あり、不自然な感じは否めなかった。

 

最終的には、妖魔を作り出した者の存在(文献の中には、その者の見た目や性別などの記述がなく、ただ悪しき黒き者とだけ書いてあった。)に気付き、追い詰めることに成功する。数時間に渡る死闘の末、悪しき黒き者は倒れた…のか?

 

その辺りの記述が曖昧だ。戦いには勝利したみたいだけど、そいつが死んだのか、封じただけなのか、どこかへ追い払ったのか…よくわからない。なにか書かれていない部分が多そうだ。

 

その後、五人の勇者が国を統一し、ライオネル国となった…らしいんだけど、国を統一あたりからは、五人で不自然なところはなくなっていた。

つまり、悪しき黒き者との戦いに一番のヒントがありそうだった。


 ◆◇◆◇

「なるほど、言い伝えだと、勇者は奇跡のように強く、人智をこえた存在として語られてるけど、そこまでではないようだ。」

ウルホフは、文献をテーブルに置くと、目頭を押さえた。

「ウルホフありがとう。疲れたよね。」

「大丈夫。それより、やはりウィンディの言ってた黒いローブの奴が、関係してそうだな。」

「黒いローブの奴?」

ボクは、ウィンディが囚われていた時に見たという黒いローブの者について、ラインバル王に説明した。また、その者がいるだいたいの方角がわかるということも。

「なるほど…。ということは、今起こっている事象は、あの伝説の再現になりつつある…と。」

 

確かに!

 

ボクは真っ青になる。

この国を、この世界を蹂躙しようとしている禍々しい存在(ラスボス的な?) と、そいつが生み出す気味の悪い妖魔達…。なんの取り柄もない、ただの中学生のボクが、そいつについてこの国の王様と話している。

 

なんでこんなことに…。


「でも、既にユウが精霊二体を救出していますし、まだ天変地異まではおきていませんよね。妖魔くらいなら、兵士五人か十人でかかればなんとかなるだろうし、黒いローブの奴も、ユウがいれば探すことも可能です。昔よりは状況はいいですよ。」

ボクは、ポカンとしてウルホフを見た。凄いポジティブ。しかも、全く恐怖していない。

「まあ…、そうだね。ユウ君が現れたのは、必然だったのかもしれないね。ユウ君にしたら、迷惑このうえないことなんだろうけど。」

「伝説の勇者達も、ユウみたいな人間がいたと仮定したら、悪しき黒き者を追い詰めることができたことも納得です。言い伝えでは、悪しき黒き者については語られていませんでしたね。」

「そうだね。なんでだろう?」

「もしかして、語られていない二人の人間と、似たような存在なんじゃないかな?違う異世界からきた…とか。」

ボクがボソッと言うと、ウルホフはうーんとうなる。

「でもさ、二人は全く記述されていないけど、悪しき黒き者は風貌こそ記されていないものの、存在は記述されてるじゃないか。」

「そうだよね。怖すぎるから言い伝えからは消えたのかな?」

「言い伝えは、主に子ども向けだから、そんなこともあるかもしれないねえ。」

 

ラインバル王は、何度も文献に目を通しながら言った。

「精霊の力も、悪しき黒き者には無効みたいだね。ということは、勇者達はこいつには敵わなかっただろうし、ユウみたいに実際精霊達と契約している者でも、倒すのは厳しいのかも。すると、もう一人の存在が必要になるね。精霊魔法以外の力を持つ存在が。」


なるほど、悪しき黒き者を探知する人間と、倒した人間が別にいたのかもしれない。そうすると、人間が二人いたことになる。

ということは、今、このライオネル国に、ボク以外の人間が、悪しき黒き者を倒す力を持つ人間がいなければ、この話しは詰みになってしまう。


「ユウ以外の人間、いるんでしょうか?」

「今のところ、そんな話しは聞かないね。」

「元の世界への戻り方もわからなかったな。」

ウルホフは、慰めるようにボクの肩に手を置いた。

「うん、でも悪しき黒き者との戦いの後に、人間がいなくなっているようだから、そこになにかヒントがあるかもしれない。」

ウルホフのポジティブ思考を見習ってみた。

ラインバル王は、ボクの頭をポンポンとなでた。


『そうですわ!大地の精霊なら、何か知っているかもしれませんわ!』


「大地の精霊?」

ボクとウルホフは、突然目の前に現れたウィンディに視線を向ける。ラインバル王だけが、ウン?とボク達を見ている。

「あ、今ウィンディが現れているんです。それで、大地の精霊なら何か知っているかもって。」

「本当?ウルホフ君も彼女が見えるの?どの辺りにいらっしゃるんだい?」

ボクがここですと指差すと、ラインバル王は片膝をつき、騎士の礼をとった。

「水の精霊ウィンディ、私はライオネル国の国王、ラインバル・モンクレール・ライオネルと申します。お美しいと御高名の貴女の御姿を拝見できないのは、誠に残念にございます。」

 

一国の国王が膝をついて挨拶したことに気を良くしたのか、ウィンディは国王の額にキスした。

「おお、これは!!なるほど、お美しい!」

ラインバル王にもウィンディが見えるようになったらしい。


『ありがとうございます。ライオネル国に水の恵みがありますように。』

 

ラインバル王は、おお!と感極まった様子で頭をたれた。

「それで、大地の精霊って?」


『ノーマですわ。彼は、精霊の中でも一番の長寿です。もしかすると、その黒き者の時代にも生きていたかも。すでに眠りについているかもしれませんが、新しいノーマが現れたという話しを聞かないので、うまくすれば話しを聞けるかもしれません。』


「どこに行けば会えるんだい?」

ウィンディは、何やら遠くを見るように目を細めた。どうやら、目の前のボク達を見ているのではないようだ。


『そうですわね…、ここより南東の土地におりますわ。大地に根をはる大樹と同化しつつあるようです。』


「なるほど、大地の精霊の話しを聞かなければならないのは、我が国も同様のようだ。本来、適性検査は数人のパーティーで、我々の用意したクエストをクリアしてもらうんだ。その出来不出来で、職業を振り分けるんだが、今回だけは、ユウ達には大地の精霊に会いに行くことをクエストとさせてもらおう。もちろん、危険を伴う旅になるだろうから、それなりの護衛兼採点係をつけさせてもらうよ。」

「かしこまりました。出発はいつになりますでしょうか?」

「ウルホフ君、公の場以外は、もう少し肩の力を抜いて話してくれないか?」

「はあ…。」

「堅苦しいのは嫌いでね。出発ね、とりあえず五日後かな。明日、辞令をだすよ。五日間、準備を整えてね。」

「はい。」

ボク達はラインバル王に挨拶をすると、執務室を後にした。


「ライカ達に知らせたほうがいいかな?」

「そうだな。…いや、夕飯の後にしようか。ライカは、タイホップさんと久しぶりに会ったんだ。積もる話しもあるだろう。」


ああ、ウルホフはボクより全然大人だな。ボクより年下のはずなのに。

凹むなあ…。

 

ウルホフは、どうした?という目でボクを見ている。

「あのさ、ウルホフはライカのこと、いつから好きなの?」

落ち込んだ気持ちを隠そうと、話しを全く別に振ってみた。

ウルホフは明らかに狼狽し、階段を踏み外しそうになった。

「大丈夫?ごめん、唐突だったね。」

「大丈夫。…いつからって、そんなの意識したことなかったな。覚えてないくらい小さい時から一緒だし…。っていうか、わかるのか?!俺が、その、ライカのこと…。」

「わかってないの、ライカだけだと思うけど。まあ、ウルホフはみんなに優しいから、ライカは気がつかないのかもね。でも、ライカ見るときだけ、凄く目が穏やかなんだ。」

「…そ、そうか。」

凄いな、悪しき黒き者の話しをしてるときも平常心だったウルホフが、明らかにダメージを受けている。誰にも気がつかれていないと思っていたんだろうな。

「も、もしかして、タイホップさんにも気づかれているんだろうか?」

「…うーん、たぶん?」

ウルホフはよろけて、壁に手をついた。


 あ、フルダメージかも。

 

今度は、ボクがウルホフの肩に手を置いた。

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