第15話
五分ほど馬車に揺られた後、三階建ての石造りの建物についた。さっきの第一宮舎は平屋造りだったが、この建物の数倍大きかったので、なんとなくこじんまりして見える。中に入ると、正面に大きな階段があった。階段を上がり、右手奥の部屋の前にくると、役人はドアをノックする。
「どうぞ。」
役人はドアを開け、ボク達に中に入るように促すと、お辞儀をしてドアを閉めて出ていった。
中には、別の役人が一人と、兵士のような格好をした人が二人いた。
「父ちゃん!」
ライカが、しっぽを振りながら兵士の一人に飛びついた。
「よく来たな。無事についてなによりだ。母ちゃんは、村のみんなは元気か?」
なるほど、彼がライカの父親のタイホップか。
見事な体躯、男のボクでも見惚れてしまうくらい、無駄のないしなやかな筋肉をしている。顔つきはザイホップにそっくりで、ライカを見る瞳は穏やかで優しいものだったが、全身からでる気迫のようなものは隠しようがなかった。
「もちろん元気さ。母ちゃんから手紙預かってきたよ。」
「そうか、後で読もう。ところで、こっちの若者が人間だそうだが?」
「そうだよ。青木ユウってんだ。うちらはユウって呼んでるよ。」
「ユウ、俺はタイホップ。こっちにいるのは親衛隊副隊長のエレファンだ。」
二人と握手をかわす。
エレファンは、タイホップの三倍くらいあるだろう大男で、垂れ下がった耳をパタパタさせていた。体のわりに小さい目は優しげで、なんとなくだけど、ラビーとイメージが重なる。
「そしてこちらが…。」
「私は、ラインバル。ライオネル国の王様ってのを一応やらせてもらってるよ。」
タイホップの言葉を遮り、自ら自己紹介した男は、役人ではなかった。王様というわりに、かなり質素な出で立ちで(役人と間違えるほど)、 顔つきは人間に似ている。赤ら顔に潰れた鼻は、なんとも愛嬌があり、人の良いおじさんって感じだ。茶色いしっぽが絶えず動いている。
わざわざ立ち上がり、ニコニコしながら近付いてくると、ボクに手を差し出した。
「僕とは握手してくれないのかい?」
王様って、気軽に握手していいのだろうか?何か儀礼的なことが必要なんじゃないだろうか?
そんなボクの心配を他所に、ラインバル王は戸惑っているボクの手を自分から握って、ブンブン振った。
「さあさあ、こっちにお座りよ。ライカ君、君もおいで。お父さんにはいつもお世話になっているよ。なかなか帰してあげれなくてごめんね。サイカ君は相変わらず美しいのだろうね。僕の奥さんが会いたがっていたよ。ほら、これをお食べよ。君達の口に合うといいけど。僕の奥さんの手作りなんだよ。このお茶はね、庭園で僕が作っているんだよ。今年は出来がよくてね。」
なんて気安い…。そしてよく喋る。息継ぎをどこでしているんだ?というくらい、とめどなく喋りながら、王自らお茶を入れてだしてくれた。
偉ぶらない態度に(…というか、どう見ても世話好きの近所のおじさんみたいで)、面食らってしまう。
「…王様。は、初めまして…でございます。あた…私は、タイホップの娘ライカ…でござい。王様におか…おかれましては、…おかれましては、…なんだっけ?」
ライカは テンパっちゃって、語尾どころかイントネーションまでおかしくなっている。しかも、挨拶の口上も忘れてしまっていた。
「ライカ君、いつも通りでいいんだよ。ここは公の場所じゃないからね。」
ウィンクしながら言うラインバル王の言葉に、ライカは困ったようにタイホップを見る。タイホップは、苦笑しながら頷いた。
「おまえは公の場所では喋るなよ。愛想よく笑っているだけにしてくれ。」
「了解!」
ライカはニカッと笑うと、椅子に座って王妃様お手製のクッキーを頬張った。
「うっま!ユウ、ユウも食べなよ。王妃様って、料理上手なんだね。」
もとに戻りすぎじゃないだろうか?まあ、さっきの意味不明なライカよりは自然ではあるけれど。
「ああ、うん。えっと、いただきます。」
ボクも椅子に座り、クッキーを一つ手に取る。口に入れると、ホロホロと崩れ、甘過ぎず、上品な味わいだった。
「本当だ、美味しい。」
ラインバル王は満足げに頷く。
しばらくの間、お茶をしつつ、ボクがどうやってこの世界に現れたのか、向こうの世界について、色々と問われるままに答えていた。いくら親しげとは言え、相手は王様だし、こちらから問いかけて良いものか悩んだが、思いきって切り出してみた。
「あの…、王様に謁見するには、戸籍のある成人でなければならないと聞きました。」
「まあ、そうだね。公の謁見ならね。今は、僕の友人とその娘、その娘の友人とお茶してるだけだから。」
「ボク…、王様にお会いして、お願いしたいことがあって、ここに来たんです。」
「うん、言ってごらん。」
ラインバル王の口調は柔らかく、温かみがあった。
「ボク、帰りたいんです。でも帰り方がわからなくて。どうやったら帰れるのか調べるためにも、王宮図書館の閲覧を許可して欲しいんです。ガオパオ村のタートルーズという人に、五人の勇者について調べてみると良いとも言われました。彼女は長生きで、その伝説の勇者は七人いたと言ってるんです。二人についての記憶はなくしてしまったけれど、人間だった気がすると。」
「ほう…。」
「その二人はどこに行ったのか、なぜ二人の記憶をみながなくしてしまったのか、それを調べたら、なにかわかるかもしれないと思って。」
「なるほどね。五人の勇者についての記述は、この国でも最重要文献として管理されている。一般公開はしてないんだが…、君には必要なことのようだ。五人の勇者の伝説はね、子どものとき、寝物語として何度も聞かされる話しだから、この国の者なら誰だって知っている伝説なんだよ。だからこそ、改めて調べようとは思わなかったんだけど。」
ラインバル王は、手元にある鈴をならすと、さっきボク達を案内してくれた役人を呼んだ。
「ヤコブ、至急王宮図書館の史書長に指示を出して、五人の勇者に関連する記述のある文献を全て持ってくるように。」
「全てでございますか?」
「うん、全てだよ。禁持出の物も含めてね。」
「かしこまりました。」
ヤコブと呼ばれた役人は、一礼して部屋を出ていった。
「彼は僕の筆頭執事でね、とても優秀だから、すぐに揃うと思うよ。」
「ありがとうございます!」
立ち上がり頭を下げると、ラインバル王は笑って手を振った。 「いいから座って、座って。」 「ところで、ライカ、ここまでは無事これたのか?」
「そうだ、父ちゃん!途中大変だったんだよ。」
タイホップに聞かれて、ライカが話そうとしたとき、部屋の扉が叩かれた。
「失礼いたします。ガオパオ村の若者三名、お連れ致しました。」
「どうぞ、入って。」
扉が開き、ウルホフ達が入ってきた。三人は中にいるのがラインバル王だと知らされていたのか、王の前まで進むと、膝をついて頭を下げた。
「立ちなさい。君達の話しも聞いているよ。」
「お初にお目見え申し上げます。ガオパオ村ウルサクの息子ウルホフと申します。ご尊顔を拝謁し、恐悦至極でございます。」
「ラズールの息子ラビーでございます。」
「ピグルの娘プーシャでございます。」
ウルホフの淀みない挨拶に、ライカはプーッと頬を膨らます。「あたしだって、急じゃなきゃできたもん!」とブツブツ呟いている。
「大丈夫、大丈夫。僕はどちらかというと、畏まったのは好きじゃなくてね。ライカ君くらいがちょうどいいよ。君達も、楽にしなさい。ほら、クッキーはいかが?こっちにきてお座り。」
「クッキー!」
プーシャがすかさず食いつく。
三人が席につくと、ラインバル王は楽しげにボク達を見回した。
「若いってのは、見ているだけで元気を貰うね。それでライカ君、さっき言いかけていた、大変だったこととは?」
ラインバル王は、いそいそと三人分のお茶をいれながら聞いた。
「ほら、王様に精霊達のこと話すんだろ?ユウ、話していい?」
「精霊だって?」
ボク達は、ガオパオ村でウィンディに出会った経緯や、マンゴー村でサラスを助けるために蜘蛛の妖魔と戦ったこと、精霊達はボクの友達になったことなど、主にウルホフが主筋を話しながら、みんなで言葉をつぎたした。
「そんなことが…。」
「妖魔が何か企んでいるのでしょうか?偶然、四大精霊の内の二人が囚われたとは思えなくて。ウィンディを捕らえた妖魔は、すでに討伐された後だったようですが、彼女を滝の中の檻に入れたことからも、精霊を滅することが目的ではないように思われるんです。」
「そうだろうね。ウルホフ君だったね?君なら、どう考える?」
ウルホフは、深く思案しながら、言葉を選びつつ口を開く。
「妖魔は集団行動しない生き物とされていましたが、もしかしたら共通の目的を持ち、行動しているのかもしれません。ただ、彼らの性質上、連携をとって…とは考えにくいので、何者かが背後で操っているのかも。その者が、精霊を捕らえて利用するよう指示したかもしれません。妖魔にそんな知能があるとも思えませんし。」
「まあ、そんなとこだろうね。何者か…、全くわからないからやっかいだね。とにかく、情報が必要だ。戸籍を取りに来た若者達にも、故郷の村の様子や、ここにくるまでに変わったことがなかったか、聞くように指示はだしているんだがね。」
ラインバル王は、窓のそばにある大きな執務机のところまで歩いて行くと、なにやら書類をペラペラめくった。
「最近ね、いろんな村から妖魔の被害報告が上がっているんだ。その数は、去年より爆発的に増えてる。マンゴー村?からはなかったはずだから、実際被害があるのは、報告の数倍、数十倍かもしれないねぇ。ガオパオ村付近の妖魔も、警備兵が他の案件で違う村へ向かう途中、たまたま遭遇して討伐できたらしいし。」
蜘蛛の妖魔一匹に、ウルホフやライカくらい強くても苦戦していた。妖魔ってのは、沢山いるものなんだろうか?ボクは思ったまま質問してみる。
「あの、妖魔っていうのは、そんなにウジャウジャいるもんなんですか?」
「いなかったよ。去年は三件だったかな。それも、他国との国境や海沿いとかだった。こんなに国の中まで入り込んでくるのは珍しい。今、警備兵を増員して、討伐にあたってもらっているんだけど、全然間に合わないよ。」
「…妖魔を操っている者がいると仮定して、そいつは妖魔を大量生産して操り、なおかつ精霊を使役しようとしている…ということか。少し前から、ガオパオ村では水不足が深刻になりつつあると、サイカの手紙にあったな。あれは、妖魔がかんでいたことだったのか。精霊を使い、天災をおこして、ジリジリ我々を追い込んでいる…ということだな。」
「うちの村は、マンゴー村みたいに妖魔から直にアプローチはなかったよ。確かに水は減ってたけど、まだギリギリやっていけたし。」
「たぶん、妖魔が行動を起こす前に、討伐されてしまったんだな。」
「ラッキーだったんだね。でも、そんな近くに妖魔がいたなんて…。ぼく、よく一人で森へ薪を取りに行ってたよ。」
ラビーは、青い顔をしてブルッと震えた。
「私もよ。でもさ、そんなに妖魔が増えてるんなら、小さい子どもとかは、一人で村から出ないほうがいいんじゃない?」
プーシャは、クッキーを食べる手を止めることなく、ボリボリ音をさせながら喋る。
「ふれをだすことも考えたのだが、必要以上に恐怖を煽るのもと考えてね。でも、思っていたより大事なのかもしれないね。」
ラインバル王は、瞳を曇らせながらため息をつき、紙に筆をはしらせる。書き終わると、鈴を三回鳴らした。扉をノックする音がして、ずんぐりむっくりした獸人が入ってくる。
「これね、各市町村の長に至急届けて。国民に知らせるかどうかは、各々の判断で。あと、小さなことでもいいから、なにか変化があれば知らせるように。では、よろしくね。あ、彼は文部大臣のピジョン。ピジョン、ユウ君の承認札は持ってきてもらえましたか?」
「はい、お持ち致しました。」
「うん、ありがとう。ユウ君、おいでおいで。」
ラインバル王は、ピジョンから承認札を受けとると、手招きをしてボクを呼んだ。
「これね、君がうちの国民であるって証明する仮札ね。職業が決定するまでの仮のやつなんだけど、これがあれば王都では無料で宿に泊まれたり、食事がとれたりするよ。」
なくさないようにねと言いながら、ボクの首に札をかけた。
「さてと、君達は宿はもう決まっているのかい?」
「あたしとプーシャは、父ちゃんのとこに泊めて貰おうって思ってたんだけど、男子三人は、まだ決まってないんだ。」
「じゃあ、ちょうどいいね。君達はここに泊まればいいよ。ここは、僕と奥さんの二人だけだからね。広すぎていけない。」
ここが皇宮?
広すぎてと言うが、国王の住まいとしては質素過ぎるのではないだろうか?特別な装飾などはなく、他の建物とそんなに違いがない。平屋や二階建ての建物が多い中、三階建てである…ってくらいだ。
「そんな、恐れ多い…。」
ウルホフは、かしこまって辞退しようとしたが、ライカがエーッと大きな声を出した。
「あたしもこっちがいい!ウルホフ達ずるーい!!」
「ちょっと、ライカ…。」
プーシャがライカを嗜めるが、ライカはさらに続ける。
「だってさ、皇宮に泊まれるなんて、これから先絶対ないし、それにさ…。」
ライカはプーシャに耳打ちした。
まあ、みんなに聞こえているんだけどね。
「王様が食べてる食事、食べてみたいと思わない?すっごい珍しい物食べてるんじゃないかな?」
プーシャを釣る餌だな。
プーシャが掛からないわけはない。
「そうね。確かに、滅多にない機会かもしれない。」
「そうそう。」
そんな二人を見て、ラインバル王はクスクス笑った。
「そうだね、どうせなら五人一緒のほうが良いだろう。タイホップ、君もどうせなら一緒にどうだい?せっかくライカ君と久しぶりに会ったんだから。」
「はあ…。」
タイホップは、困ったように頭をかく。
「決まり!父ちゃんも一瞬しよう、ね!!」
ボク達は皇宮にお世話になることになり、一階のゲストルームに通された。タイホップとライカ、ウルホフとボクが続き部屋になっていて、ラビーとプーシャは一人用の造りだった。一人部屋でも、ボク達全員泊まれるくらいの広さはあったが、やはり調度品などは質素だった。
「ユウ、奥の部屋使う?」
「あ、うん。どっちでも。」
「それにしても、まさか皇宮に泊まることになるとはな。」
そうだよね。イギリスに旅行して、バッキンガム宮殿に泊まるようなものか?ありえないよなー。
ボクは続き部屋の奥、ウルホフは手前の部屋を使うことにした。 お互いの部屋へ移動し、荷ほどきをすることにした。
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