第13話

「ほら、こっち、こっち。そこ、足場に気をつけて!」

 ボクは、喋る元気もなく、滑り落ちないように気を付けながら、足を動かすことだけに専念した。

 火口に向かう道のりは、本格的な登山だった。人一人歩けるかギリギリの幅の崖を、へばりつくように歩いたり、切り立つ岩壁をよじ登ったり、激流の川を渡ったり…。川だけは、こそっとウィンディの力を借りたけどね。今は、石だらけの急な斜面をよじ登っていた。


「ほら、あそこだよ。」

 ベアルが指差した先には、直径数十メートルの穴が開いていた。

「ここ?」

 覗き込むのも恐ろしく、崖のようになっていて底が見えない。奈落のような感じだ。

「うん、前はここから煙がでてたし、熱くてこんなに近寄れなかったよ。」


『確かに、ここの底にエネルギーを感じますわ。』

 

 ウィンディの言葉に、確信を得る。

「とりあえず、こん中にあの石を投げ込んでみなよ。あたしやろうか?」

「いや、ライカ達は安全なとこまで下がっていたほうがいいと思うんだ。以前は暑くて近寄れなかったんだよね?火の精霊が戻ったら、同じ状態に戻るんじゃないかと思って。」

「ユウは?」

 ベアルが、不安そうにボクを見上げる。

「たぶん大丈夫…かな?」


『もちろん、私がお守りいたしますわ。』

 

 ウィンディの声は、ボク達五人には聞こえていたから、ベアルのみが心配げにしている。ラビーは、そんなベアルを肩に乗せた。

「じゃあ、ぼく達は下がってようね。ベアル、どの辺だったら熱くないか教えて。」

「エーッ、あたしはここにいたい!火の精霊見てみたいもん。」

「あ、じゃあ俺も。いいかな?」


『問題ありませんわ。』


「私はラビーと下がってるよ。」

 ラビーとプーシャ、ベアルが安全な所まで下がると、手を振って合図をしてきた。


『皆様、ユウ様になるべく近寄ってくださいませ。水のシールドをはりますから。』

 

 ウィンディが歌うと、目の前に水色の幕が現れた。光がユラユラと反射し、海の中にいるような、なんとも不思議な感覚にとらわれる。

「じゃあ投げるね。」

 ポケットから赤い石を取り出すと、思いっきり穴に向かって投げた。

 石は、穴に吸い込まれるように落ちていった。だが、数分待ってもなにも起こらない。

「…違ったのかな?」

 急に襲われる不安。もし違ってたら、あの石をどうやって拾ってくればいいのか?下に落ちた音さえ聞こえないくらい、けっこう深くまで落ちたみたいなのに。


『来ますわ!』

 

 ウィンディの声と同時に、穴の中から火柱が立った。

 火柱は、火の鳥の形になり、炎の翼をたたみ目の前に降りた。降りた…んだけど。


「これ?」

 ライカの声は、呆れたような…というか、拍子抜けといった響きが隠せない。

「こら、失礼だろ!」

 そういうウルホフも、ウィンディと初めて会ったときとは明らかに態度が違う。

 

 なんていうか…、ひよこ?縁日とかで売られている、赤くカラーリングされたひよこみたいな。畏怖なんて言葉とは、かけ離れた見た目だ。

 ウィンディがシールドを解いた。

「火の精霊…?」


『ΦΩΣΡΞΕ』

 

 なんかピヨピヨ言ってるけど、意味がちんぷんかんぷんだ。ウィンディのときも、最初はわからなかったっけ。

「ごめん、なんて言ってるかわからないんだ。」

 ひよこ…いや火の精霊は、パタパタ飛んでくると、ボク達のオデコをコツンコツンとつついた。

「痛ッ!」


『これってなんだ!失礼な奴だな!!オレはサラス、火の精霊様だぞ。』

 

 そうだよね。見た目があれだから、凄そうには見えないんだけど、実は四大精霊の一人なんだよね。


『破壊と再生の精霊だぞ!凄いんだぞ!偉いんだぞ!』

 

 プンスカ怒っている様は、ひよこが餌欲しくて口を開けて鳴いているようで、つつかれたオデコをさすりながら、苦笑してしまいそうになった。


『蜘蛛の妖魔ごときに封印されたくせに、大口を叩くものではありません。こちらは、そのお偉い精霊様を助けてくれた、さらにお偉い方々ですわよ。』

 

 ウィンディがでてきて、サラスの嘴をペシリと叩く。

 サラスは一気にシュンとしてしまう。


『お偉い精霊様は、お礼の一つも言えませんか?』


『ウィンディ姉、やめとくれよ。悪かったよ。その呼び方は堪忍しとくれよ。背筋が寒くなっちまう。』

 

 サラスは、ボクの肩にとまると、頬擦りしてきた。


『あんたの声は聞こえてたよ。励ましてくれてたよな?封印を解いてくれてありがとな。』


「ボクはユウ。こっちはウルホフとライカ。あっちにいるのがラビーとプーシャ。小さいのはベアルだ。この村の子供だよ。ボクらはガオパオ村からきて、王都に向かう途中なんだ。」


『よろしくな!オレのことはサラスでいいぜ。あんた、ウィンディ姉と契約してんだな。オレもいっちょ頼むぜ。あんたのオーラ、なんかすっげー気持ちいいんだよな。』


『あんたではなく、ユウ様ですわよ!全く、火の精霊属は、口が悪くていけませんわ。ユウ様、お断りなさいませ。私がいるのですから、赤子同然の火の精霊なんて、契約する必要もありませんわよ。』


『頼むよー!封印されてたせいか、精霊力がた落ちなんだよ。なんでかわかんないけど、石の中にいてユウに握ってもらってたとき、すっげー力が湧いてきた感じがしたんだ。』


『それはわかりますわ。私もそうですから。』


『ウィンディ姉も?』

 

 ウィンディは、余計なことを言ったとばかりにそっぽをむいた。


『なんでもありませんわ!』


「凄いじゃん、水の精霊に火の精霊まで。ユウ、契約しなよ。サラス、さっきは悪かったね。ちょっとばかり、想像してたのと違ったからさ。あたしはライカ、よろしくね。」

「契約ってわからないんだけど、ボクはウィンディと友達になっただけで…。」


『じゃ、それで!友達ってやつよろしく。とにかく、休ませてもらうな。その短剣、居心地良さそうだ。ちょっと寝るから、起こさないでくれよ。』

 

 そう言うと、サラスは短剣の中に消えてしまい、柄に赤い石が現れた。

「ちょっと待った!噴火ってやつ、これから起こることはないのか?御神体の炎の杖がない今、マンゴー村は大丈夫なのか?」

 ウルホフは、本当によく気がつく。

「そうだよね…。」


『大丈夫!オレがいない間は、この山は眠っているからな。あれは、オレのくしゃみみたいなもんだ。ほんじゃ、本当にしばらく起こすなよ。』

 

 サラスの声だけが響く。

「なるほど、全面解決だな。」


 噴火がくしゃみね…。

 

 ウルホフがラビー達に手を振って、全て終わったことを知らせる。

「ところでさ、四大精霊のうちの二人が妖魔に捕まっていたでしょ?どうなってるんだろう?」

 ライカが言うと、ウルホフも考え込む。

「だよな…。たまたまなのか、誰かの企みなのか…。」

「王様に報告したほうがいいよね。」

「そうだな。とりあえず、王都についたら、ライカの父さんに相談しよう。」

「了解!」


 ラビー達と合流すると、再び来た道を戻る。一度通っている道だからか、帰りは下りだからか、行きよりはスムーズに進んだ。ただ、登りとはまた違う筋肉を使うから、明日体が動くかどうか不安だ。筋肉痛で動けなくて、出発延期…っていうのは避けたい。

 

 マンゴー村に戻ったのは、日が暮れて薄暗くなってからだった。

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