第12話

 険しい 山道から抜け出し、マンゴー村へ続く一本道にたどり着いた。

 

 なるほど、ここまで馬車できて、山道を担がれて運ばれたわけだ。

 

 道を照らすのは月明かりのみ、もうみな眠りについている時間だ。それなのに、村のほうからこちらに向かって、松明が列になり、ユラユラと近付いてくる。

「あれは?」


『マンゴー村の獸人達のようですわ。』

 

 人が見えるくらいまで近付くと、一番前に鍬を持ったベアルとベアスタがいた。獸人達は、五十人くらいいるだろうか?小さい村だから、村の成人男性全員…かもしれない。

 ベアルは、ボク達を見つけると、跳びはねて走ってきた。

「ユウ!ユウ!無事だったんだね!!」

 鍬を投げ捨てて飛び付いてくる。

「父ちゃん達が、妖魔退治に立ち上がってくれたんだ。ごめんよ、説得するのに時間かかっちまって。」

「説得…してくれたんだ。」

「あったりまえだろ!みんな、本当は後悔してたんだ。ユウ達を身代わりにしたこと。」

「そうか…。妖魔は、ウルホフとライカが退治してくれたよ。」

「ユウもだよ。あたし達だけじゃ無理だったさ。」

 みんな、ウンウンとうなづく。

「凄いや、ユウ。おーい、みんなー、ユウ達が妖魔退治してくれたってー!」

 ベアルが大声で叫ぶと、村人達にざわめきが起こった。

 

 村長が先頭に出てきた。

「それは本当か?」

 ボクは、炎の杖の残骸を村長に手渡す。

「すみません、壊されちゃったけど、御神体の杖です。火の精霊は、まだ封印されたままですけど。」

 村長は、炎の杖を受けとると、ヘナヘナと座り込んでしまった。

「ごめんなさい!御神体がこんなじゃ、やっぱりまずいですよね。」

 杖が壊れたから腰を抜かしてしまったんだと思い、ボクはオロオロしながら謝った。

「…いや、そんなことはいいんじゃ。すまんかった!あんたらを身代わりにしようと考えたのはわしじゃ。」

 村長は、地面に頭をこすりつけて土下座した。

「本当にすまん!」

「大丈夫ですから、立って下さい。」

 ウルホフが、村長の前に膝をついて言った。

「いや、申し訳ない!」

 いっこうに立つ気配のない村長を、ボク達は困り果てて見下ろす。

「村長さーん、あたし埃まみれで、とりあえず体流したいんだよね。それに、あったかいベッドで寝たいしさ。」

 ライカがわざとらしく欠伸をして、衣服をパタパタはたいて見せた。

「そうですよ。それに、色々聞きたいこともあるんです。」

「聞きたいこと?」

 村長が頭だけあげる。

「とりあえず、立ちましょうか?」

 ラビーが村長の両腕をつかみ、引っ張り上げた。

「村長、ユウさん達は疲れているだろう。馬車で村に連れて帰ろう。話しは後だ。」


 ベアスタが調達してきた馬車には、武器が沢山乗せてあり、村人達の覚悟が見てとれた。武器を半分下ろし、ボク達五人と村長、ベアルが乗り込んだ。ベアスタが手綱を持つ。

「じゃあ、出すぞ。」

 村人達の間を抜けて馬車が進むと、みな歓声を上げてボク達に手を振る。涙を流している者もいれば、肩を抱き合って喜んでいる者もいた。


「ユウ、聞かせてよ!どうやって妖魔を倒したの?」

 ベアルにせがまれるまま、ボク達は妖魔との戦いのことを語った。ただ、ウィンディのことだけはふせておいた。

 最初は興奮して話しを聞いていたベアルだったが、村についた頃には、プーシャの膝に突っ伏して眠ってしまっていた。プーシャも、座ったまま舟を漕いでいる。

「今晩は、とりあえずこのままユウ達には休んでもらおう。朝、村長の家に集まるとしよう。」

 ベアスタは、まず村長の家に馬車をつけ、 ライカとプーシャを下ろす。ラビーは村長の息子の家(後でわかったんだけど、村長の孫娘も生け贄の一人にあげられていたらしい)で、ウルホフはベアルの友達の家で下ろした。みな、瞼がトロンとしていて、ベッドに入ったらたぶん一秒で夢の中だろう。

 

 ベアスタは最後に自分の家の前に馬車を停めると、ベアルを抱き上げた。

「ユウ、中に入ってくれ。」

 ボク達が家の中に入ると、ベアルの母親のリズが奇声をあげて走り寄ってきた。ベアルが寝ているだけだとわかると、涙を流しながらベアルを抱きしめ、部屋の奥へと運んでいく。

「ユウ、ありがとう。そして、本当にすまなかった。」

 ベアスタが深く頭を下げる。

「そ、そんなやめてください。大丈夫ですから。」

 頭を上げると、ボクの手をがっしり握り、ブンブン振り回す。

「おまえはいい奴だな!本当にいい奴だ!この恩は絶対に忘れないからな。」

「あんた、ユウを寝かしておやりよ。ユウ、ベアルの隣りで悪いけど。」

「ああ、そうだよな。そうだった。」

 ベアルを寝かしつけた リズが戻ってくると、ホットミルクをテーブルにおいた。

「これを飲んでおやすみ。ユウ、本当にありがとう。」

 ボクはいっきにミルクを飲むと、お腹が温かくなって急激に睡魔に襲われる。もちろん、眠り薬などによるものじゃない、純粋な睡魔だ。

「ごちそうさま。おやすみなさい。」

 ボクはベアルの部屋に行くと、ベアルのベッドに潜り込んだ。隣りで寝ているベアルの体温と寝息が、なんとも心地よかった。

 

 次の日、ボクが起きたのは、日がかなり高くなってからだった。ベッドにはボクだけしかおらず、一瞬ここがどこだか戸惑った。

「ユウ、起きた?もう昼だよ。みんな、村長の家に集まってるってさ。」

 ベアルが、ひょこっとドアから顔をのぞかせた。

「今行くよ。」

「ほら、こっち。顔洗うだろ?」

 ベアルは、ボクにまとわりつき、甲斐甲斐しく世話をやく。

「朝ご飯、もう昼だけど、村長のとこに用意してるって。父ちゃん、昨日寝ないで狩りに行ったんだぜ。久しぶりに大物ゲットしたってさ。ユウ達のおかげで、動物達も戻ってきたみたいだ。」

「そっか。良かったよ。」

 

 農作物が収穫できるにはまだ時間がかかるだろうが、狩りができれば、飢えることはないだろう。

 

 朝の支度をすますと、村長の家へ向かった。

 村長の家につくと、すでにみんな集まっていた。食卓は昨日の夕食とは雲泥の差で、とにかく肉づくしだった。黒パンだけは変わらなかったけど。


「遅いよ、ユウ。ご飯食べちゃってるからね。」

 プーシャの目の前には、骨が山積みになっており、一人で一頭食べたんじゃないかってくらいに大量だった。

 ライカとウルホフは食べ終わったのか、お茶を飲んでいた。

「ラビーは?」

「食べ終わって、庭で子供達に遊ばれてるよ。」


 窓から見ると、女の子を肩車したラビーが、数人の子供とおいかけっこしていた。村長の家までついてきたベアルも仲間に入ったみたいだ。

「さあ、こっちにきて食べてくだされ。」

 村長に促され、ウルホフの隣りの席につく。とにかく空腹で、目の前の肉にかぶりついた。ハーブと塩味で味つけされた肉は、脂がのっており、肉汁がしたたった。

「うっま!」

「どんどん食べなされ。」

 プーシャほどではないが、かなりな量をたいらげた。今までで一番の食欲だったかもしれない。

 

 最後にお茶を飲んで落ち着くと、ポケットの中に入れて渡し忘れていた赤い石を取り出した。

「すみません、昨日渡し忘れてて。これ、炎の杖についていた石なんです。…でも、この中に火の精霊が封印されたまんまなんですけど。」

 村長は、石を受け取ろうとしていた手を引っ込め、ブンブンと首を振った。

「精霊様のいらっしゃる石なんて、恐れ多くて…。」

「少し暖かいだけで、害はないですよ。」

「いやいやいや…。」

 ボクは、石をテーブルにおいた。

「この封印を解いて、火の精霊をだしてあげたいんですけど、封印の解き方がわからなくて。」

「はあ…?残念じゃが、火の精霊に詳しい者も、妖魔の封印に詳しい者も、この村にはおりませんわな。」

「じゃあ、炎の杖については?御神体なんですよね?なんに使うものなんですか?」

 村長は、顎髭に手をかけて考え込んだ。

「祭りのときに飾られるだけなんじゃが…。なにか伝えがあったような…。ちょっと待って下さい。」

 

 村長は、立ち上がって窓から顔を出すと、ベアルを大声で呼んだ。「ベアル、裏のフォルクじいさんを連れてきてくれんか?」

 

 しばらくすると、ベアルが盲目の老人の手をひいてやってきた。

「うちの村で一番物知りなじいさんですわ。じいさん、炎の杖にまつわる由来を知っとるかね?」

「炎の杖かえ?ありゃ、遥か昔、サイラス山が火の柱をしょっちゅう立てておってな、火の川が村にこんように、火の精霊から授かった杖だとか…。」

「火の柱、火の川って…。噴火かな?サイラス山って?」

 モゴモゴしゃべるフォルクじいさんの声は、かなり聞き取りにくかった。

「ほれ、あんた方を連れて行った山じゃよ。」

 村長がすまなそうに言う。

「あれは、活火山なんですか?」

「活火山?」

「えーと、今でも火の柱をたてますか?」

「いんや、昔の話しじゃよ。今も煙は吐いとるがな。」


 ということは、死火山ではないんだ。


「そういや、最近煙でてないね。」

「エッ?」

 ベアルが窓を開けて、山を指差した。

「いつから?」

 村長はそんなこと気がつかなかったと首をかしげる。ベアルはしばらく考えてから答える。

「たぶんだけど…、炎の杖が盗まれた辺りかな?」

「それだ!」

 ボクが叫ぶと、みんなビックリしてこっちを見る。

「マグマだよ。火の精霊の源の場所だ!」

「マグマってなに?」

 ライカを始め、みなちんぷんかんぷんって顔をしている。

「惑星を構成する物質が融解したもの…だったかな?」

 

 さらに?な表情になる。


「マグマってのは、石とかが高温で溶けてドロドロになったもののことで、それがこの地面のずっと下にあるんだよ。それがいっぱいたまると、山の上から火の柱をたてる。これが噴火。火の精霊は、そのマグマにいたんだよ。だから、封印されて煙が停まったんだ。」

「よくわからないけど、その煙がでてた場所に行けば、封印が解けるってことかな?」

 ウルホフのみ、理解できたみたいだ。

「たぶん…だけど。」

「オイラ、案内できるぜ。父ちゃんと、近くまで狩りで行ったことあるから。ただ、あの場所は動物も近寄らないんだ。」

 ベアルが言った。

「行くなら、明日の朝早くがいいじゃろう。今からでは、目的地につく頃には、日が暮れてしまうからの。」

「そうですね。ベアル、明日案内してもらえる?」

「もちろんだぜ。」

 ベアルが鼻をこすりあげて答えた。


 これが正解かどうか、とにかくやってみるしかない。


 ボクは赤い石を手に持ち、じっと覗き込んだ。ウィンディは、火の精霊は悪戯好きな子供だって言っていた。こんな石に閉じ込められて、さぞ怖い思いをしたことだろう。

 

 なんとかだしてあげたい!

 

 石をギュッと握ると、少し赤みが増したような気がした。

「もう少しだからね…。」

 ボクはそっと呟いた。

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