第11話

 ベアル達が戻るまでの間、ウルホフはボクの短剣を使い、枝から木刀のようなものを器用に作っていた。ライカは、木のツルを編み、鞭を作っているようだ。ボクだけが、なにをすればいいか分からず、立ったり座ったりを繰り返していた。


「ね、妖魔はあたしとウルホフがやるとして、火の精霊の力はウィンディに押さえてもらえるんだよね?できればさ、彼女と意志疎通を取りたいんだけど。」

「確かに、戦闘中にユウの通訳待ってられないかもしれないしな。」

 二人の言うことはもっともだ。「ウィンディ、でてきてもらえるかな?」


『ユウ様のご命令なら。本来、私達精霊は、生物とは直に関わりは持たないのですが…。』


「ごめんね。でも、命令とかじゃないんだよ。…お願い…みたいな?ボク達は友達だろ。命令はおかしいよ。」

 微笑んだような柔らかい空気が流れ、空中にフワリとウィンディが現れた。相変わらず、小さくて可愛らしい。


『では、ユウ様が必要と感じた方のみ、私の友人であると認めましょう。友人である限り、私の姿を見、声を聞くことは叶いますでしょう。』

 

 ウィンディが静かに歌うように言うと、ライカとウルホフの目の焦点がウィンディにあう。二人はマジマジとウィンディを見つめた。

「か…可愛い!」

 ライカは思わず手を伸ばそうとして、ウルホフに止められる。

「初にお見かけ申し上げます。ウルサクの息子ウルホフと申します。」

 ウルホフが膝をついて、ウィンディに礼をつくす。


『普通になさって。私のことはウィンディで結構です。』


「では、失礼して。ウィンディ、火の精霊及び、捕らえている妖魔についてはわかりますか?」

 ウィンディは、可愛らしく眉間をしかめながら、首をかしげた。


『火の精霊サラスのことは、知ってますわ。属性が対称的なので、知己ではありませんが。悪戯好きな子供です。先代がお隠れになり、まだ千年も生きてない、赤子のようなものですわ。』

 

 千年で赤ちゃん?

 精霊って、生まれたり死んだりするの?!

 

 ボクの考えを読んでか、ウィンディは微笑んで続けた。


『精霊に死ぬという概念はありません。空気に溶けるようにいなくなり、また現れる。同じものであり、違うものでもある。一人であり万人でもあります。』

 

 …よくわからない。

 

 ウィンディは楽しそうに、今度はクスクス笑う。


『精霊については、また別の機会にお教えいたしましょう。サラスは封印されており、その力の一部を妖魔が操っているにすぎませんので、私が押さえ込めます。妖魔については、申し訳ないのですが、蜘蛛の属性の物であるというくらいしかわかりかねます。』

 

 蜘蛛か…。

 蜘蛛の巣、毒蜘蛛、跳び蜘蛛の跳躍力、消化液による体外消化、弱視に目が八つ、体が昆虫にしては柔らかい、あとはなんだっけな?図鑑で読んだよな。

 

 蜘蛛について、思い出すだけ、思い出してみたが、興味があったわけじゃないから、そんなに思い出せない。思い違いをしているかもしれず、正しい知識かもわからない。


『妖魔が起きたようです。』


「もう?!」


『私はサラスの力を押さえます。赤ん坊といっても四大精霊の一人、妖魔のほうにまで対応する余力はないと思ってください。お二方、ユウ様をお願いいたしますね。』

 

 ウィンディは、空気に溶けるように消えた。

「ユウ、下がってて!」

 二人は、作っていた武器を構える。ボクも下がりつつ 短剣を構えたが、役に立つ気が全くしない。

 妖気のような禍々しい気配が強くなり、洞窟の中から手足が異常に長い老人ようまが現れた。いや、正確には老人の顔がついた蜘蛛だ。手には杖が握られている。あれが炎の杖だろう。

「約束は五人のはずじゃったが…。まあ、よい。なにやら旨そうな匂いがするな。」

 老人ようまの声は、なんとも不快なものだった。舌舐めずりした口は赤く、下顎の犬歯が牙のように飛び出していた。

「ほう、妖精の交ざり子か。旨そうだ。」

 ライカを見た濁った目が、ニンマリと笑い、喋る度シューシュー音がした。

 ウルホフが木刀を額の前にかざし、呪文のような言葉を呟くと、数十の氷の剣が空中に現れた。

「ほう、氷の力を使うか?溶かしてくれるわ!」

 老人ようまは、持っていた杖の柄についていた赤い石を、前にかざすようにして叫んだ。

「焼き付くせ!」

 が、何も起こらない。

 老人ようまは、驚いたように杖を見た。怒りに震えながら、杖を振り上げ、さらに大声で叫ぶ。

「焼き付くせ!!」


 何も起こらない。

 

 老人ようまの顔がみるみる怒りで赤くなり、蜘蛛の顔に変わっていく。体が膨れ上がり、短い体毛でおおわれ、完璧な大蜘蛛に姿を変えた。

 蜘蛛ようまは、 怒り狂って炎の杖を地面に叩きつける。杖は砕け、柄にはまっていた赤い石が外れて、ボクのところまで転がってきた。


『ユウ様、その赤い石にサラスは閉じ込められています。』

 

 ウィンディの声がして、慌てて石を拾い、ズボンのポケットに入れた。わずかに暖かい。

 ウルホフの氷の剣が、一斉に蜘蛛ようまに突き刺さったように見えた。けれど、実際は凄まじい速さで蜘蛛ようまが跳び上がり、剣を避けていた。

 近くにいた二人には、いきなり消えたように見えたかもしれない。


「上だ!糸だよ、避けて!」

 

 二人は、ボクの声に反応して、横っ跳びに逃げる。そこに蜘蛛ようま が糸を吐きつつ落ちてきた。

「おなか側、下のほうに糸を吐くところがあるはずだよ。そこを潰して!」

「わかった!」

 ウルホフは、氷の剣を再びだし、蜘蛛ようまのおなかを狙う。そんなウルホフに、蜘蛛ようまは覆い被さろうとする。


「駄目だ!蜘蛛は消化液を吐くんだ。溶かされちゃうよ。離れて。」

 

 後ろから蜘蛛ようまの足に鞭をからませ、ライカが蜘蛛ようまの動きを封じる。

 ウルホフは、吐き出された蜘蛛ようまの消化液をかいくぐり、おなかに木刀を叩き込んだ。…が、蜘蛛妖魔にはあまりきいといないようだ。

 そこで初めて、ボクは自分の馬鹿さ加減に目眩がした。ボクの短剣をウルホフかライカに渡しておけばよかったんだ。唯一の武器を、なんで役に立たないボクが持っているんだよ。

 

 そうだ、今からでも!

 

 ボクは、短剣をどちらかに渡そうとしたが、とてもじゃないけど近寄れない。

「ウルホフ、これを使って!」


 短剣を投げた。

 

 ウルホフに向かって投げた…つもりだった。なのに、大暴投。短剣はウルホフの頭上をかすめ、ライカの鞭を引きちぎってウルホフに跳びかかろうとしていた蜘蛛ようまの左目の一つに刺さった。

 蜘蛛ようまは、思ってもみなかった攻撃に、もんどりうって倒れる。

「ウルホフ!ライカ!」

 後方からラビーの声がして、空気を切り裂く音と共に、剣が二本飛んできた。こちらは正確なコントロールで、ウルホフとライカの手に剣が収まった。同時に、数本の矢が蜘蛛ようまに突き刺さる。これは、ラビーの肩に乗ったプーシャが、撃ったものだった。

 ウルホフとライカは、同時に蜘蛛ようまのおなかに剣を突き立てた。

 蜘蛛ようまは、凄まじい叫び声をあげ、スルスルと小さくなっていった。小さくなった蜘蛛は、ピョンピョンと跳びながら、草の中に隠れてしまう。

「やばい、逃げちゃうよ。」

 ボクは慌てて蜘蛛を探そうとしたが、見つけることができなかった。


『大丈夫ですわ。あれは、もうただの蜘蛛です。悪さをすることはないでしょう。』

 

 ウィンディが目の前に現れて言った。

「そうなの?」


『はい。妖力が全部流れ出てしまいましたので。』

 

 ウィンディが言うなら、もう心配はないんだろう。ボクはホッとしたのと、今さらやってきた恐怖で、思わず座り込んでしまった。

「ユウ、大丈夫?」

 ライカ達が駆け寄ってくる。

「…大丈夫。ちょっと、今さらなんだけど、腰抜けちゃって。」

 

 こんなんだから、ヘタレ呼ばわりされるんだよな。


 向こうの世界で、花梨の友達にヘタレちゃんと呼ばれたのを、に思い出した。

「うん、ユウ、頑張ったもんな。ほら、短剣。」

 ウルホフは短剣を拾うと、ボクに手渡してくれた。座り込んだボクの肩を、優しくポンポンと二回叩く。

「ありがとう。でも、ボク、頑張ってなんか…。何もしてないよ。凄いのは、ライカやウルホフだよ。あんな化け物に、木刀や弦の鞭で向かって行くんだから。」

「短剣投げてくれたじゃん。」

 ライカの言葉に、赤面してしまう。

「あれは、ウルホフに使ってもらおうと思って投げたんだ。…ちょっと、手元が狂って、たまたま当たったけど…。」

「それだけじゃないさ、アドバイスくれてただろ。あれがなければ危なかった。ユウは物知りだな。」

「そんなこと…。」


『そんなことありますわ。私も、見ておりましたもの。サラスの力を押さえ込むだけで、精一杯でしたが。』


「そう、サラス!火の精霊は、どうなってるの?」

 ダメダメだったのは、自分がよくわかってる。怖くて、近寄ることすら出来なかったんだから。誉められると、恥ずかしさが倍増していくから、ボクは、こっちの話題に食いついた。


『今は、ユウ様の拾った石の中で眠っております。ただ、このままでは徐々に弱まってしまうでしょう。』


「でれないの?」

 石を出し、覗いてみた。もちろん、何も見えない。


『妖魔の封印を解くには、源の場所に行ければよいのですが…。そうすれば、力が復活して、封印も解けるはずですわ。』


「源の場所って?」

 ライカも興味津々、身を乗り出して聞いた。


『それは本人しか知りません。弱点にもなりますから、聞いても答えないでしょう。』

 

 ボクらは、うーんと頭を抱えた。行き詰まった感が…。火に関係のある場所だと思うんだけど。

「杖、これで全部だと思うんだけど。」

 ラビーとプーシャは、 妖魔に壊された炎の杖の残骸を拾い集めてくれていた。

「ありがとう。これ、マンゴー村に届けたほうがいいよね。村の御神体って言ってたし。バラバラになっちゃったけどね。あと、妖魔退治したのも、伝えないとだね。」

「そうだな。火の精霊のこともなんとかしないとだな。」


 ボク達は、炎の杖の残骸を持って、取り敢えずマンゴー村に戻ることにした。炎の杖のことを聞けば、サラスを助ける方法が見つかるかもしれない。


 

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