第10話

 この国の全ての子供達が、成人したら戸籍をとりに王都へ向かう旅に出る。その往路復路において、通過点になる町村は全面協力するのが習わしになっているらしい。

 なので、村につくとまずその村の村長に会い、ガオパオ村の村長が書いてくれた手紙を見せる。そうすると、その日の宿と食事は世話してもらえる。宿と言っても、民宿のようなもののある大きな町は少ないため、個人の家に泊めてもらうことになる。

 

 この村も、五人まとめて泊まれるような大きな家がないため、みなバラバラになったが、ボクはさっきの狩人の一人の家にお世話になることになった。

 熊のように大柄で、全身毛むくじゃらの狩人の名前はベアスタといい、一緒にいた子供は彼の息子でベアルといった。

 ベアルは、最初こそ人見知りをしていたが、慣れてくると色んな事を話してくれたり、宝物を見せてくれたりした。


「ユウ、夕飯はキャツイ村長の家でと言われてる。悪いが、用意してくれるか?」

「あ、はい。用意って言っても、特になにも。」

 ボクは、ベアルと石当てのゲームをしていた手を止めて答える。

「ほら、次はユウだよ!早く早く。」

「ベアル、おまえも夕飯だ。遊びはおしまいにしろ。」

「…はい。」

 ベアルは、何か言いたげにボクを見たが、再度ベアスタに促されて、すごすごと食卓へ向かった。

 少し見えた食卓は、ライカの家で食べていた物よりかなり質素だった。わずかの野菜が入ったスープに、黒パンだけのようだ。

「ほら、夕飯に行くんだから、短剣は置いていったほうがいいだろう?」

「ああ、そうですよね。」

 ボクは、ハリーからもらった短剣を荷物にしまい、ベアスタについて村長の家に向かった。

 

 村長の家は、村の真ん中にあり、ベアスタの家よりは少し大きめだったため、ライカとプーシャの二人がお世話になっていた。

 ボクがついたときには、すでにみんな揃っていて、大きな食卓を囲んでいた。

「やあ、みな揃ったね。では、食事にしようか。」

 ボクは、ウルホフの隣りに座った。

 食前酒が配られ、村長がまず祈りを捧げた。


『ユウ様、飲んではいけません。』

 

 ウィンディの声が頭に響く。


(なんで?)

 

 ボクは声に出さずに聞いた。


『眠り薬が入ってます。』


(眠り薬って、なんでさ?)


『わかりかねますわ。でも、飲んだふりをして、飲まないでくださいませ。』

 

 頭の中に?マークがいっぱいになりつつ、ボクは食前酒を見つめた。

「精霊達の御加護が、君達にありますように。乾杯!」

 村長がグラスを傾け、皆が乾杯と言ってグラスに口をつける。

 ボクは慌てて飲んだふりをしつつ、ウルホフの太ももをつねった。ウルホフは、飲みかけていたが、途中で止めてボクを見る。


(飲まないで!)

 

 声を出さずに口だけ動かす。

 ウルホフは、怪訝そうにしていたが、ボクが飲むふりをしつつ、ナプキンに食前酒をしみこませているのを見て、なんとか理解したようだった。それ以上飲むことはせず、同じようにして飲んだふりをしてくれた。

 食事が運ばれてきたが、ベアスタの家の物と大差なく、とても質素な物だった。


(スープも飲んじゃ駄目?)

 

 ボクは、心の中でウィンディに語りかける。


『駄目ですわ。』

 

 ボクはウルホフに目配せして、スープのお皿を少し横にずらすと、パンだけを頬張る。黒パンはパサパサしており、水分を取らずに飲み込むのは至難の技だった。

 しばらくすると、ラビーがうつらうつらし始め、続いてライカ、プーシャが机に突っ伏し寝てしまった。


『ユウ様、ユウ様も寝たふりをして下さいませ!』

 

 ボクは、大あくびをして、わざとスープを床に落としながら寝るふりをする。ウルホフもそれにならった。バターナイフを衣服の袖に隠しながら。


 ボクらが眠るのを確認すると、村長は大きなため息をつき、手元にあった鈴を鳴らした。すると、ベアスタを始め、数人の獸人が出てきた。

「村長、本当にやらないと駄目ですか?」

「しょうがあるまい…。あの炎がおさまらない限り、この村では農作物はとれないし、わしらは餓死してしまう。火を恐れて、獣達もこの辺りからいなくなってしまった。」


(…炎?)


「しかし…。」

「それでは、予定通りおぬしのとこのベアルや他の子供達を生け贄として捧げるのか!」

「それは!…堪忍してください。年とってからできた、大切な子供なんだ!」

「珍しい妖精族の子もおるし、なにより人間など、それだけで100人の価値があろうて。とにかく、起きてしまっても逃げられないよう、縛っておくんだ。」

 ベアスタ達は、ボクらの手を後ろにして縛ると、村長の家の裏手にあった荷馬車に運ぶ。ボクを担いだベアスタの手が、微かに震えていた。

 

 しばらく馬車に揺られていたが、途中で馬車から下ろされた。その後、ボクらは担がれて、山道を登って行っているようだった。たまに薄目を開けてみるが、代わり映えしない木々が見えるだけで、どこに向かっているのかわからない。山の中腹辺りだろうか、ボク達は下ろされると、木に縛りつけられた。

 

 しばらくして、ベアスタ達の足音が遠ざかり、ボクは目を開けて周りを見た。目の前には洞窟があり、なにやら熱気のようなものが溢れてきていた。

「ウルホフ、起きてる?」

「ああ、待ってろ。今、縄切ってやるから。」

 ウルホフは、器用に手首の縄をほどくと、隠し持っていたバターナイフで、木に縛っていた縄を切った。続いて、ボクの縄、みんなの縄も切った。

「凄いね!手首の縄、どうやって外したの?」

「簡単さ。縛られるときにコツがあるんだ。手首のとこに隙間を作って縛られればいいだけ。」

 簡単だろうか?縄のことといい、バターナイフを仕込んでくることといい、ウルホフの機転には感心してしまう。

「あー、しんどかった。鼻はムズムズするし、無性に笑いたくなるし、寝たふりも楽じゃないわね。」

 プーシャが片手で鼻をかきながら、うーんと伸びをした。

「プーシャも気づいてたの?」

「もちろんじゃない。あれは、微かに苦味があるからね。薬草のことで私を騙そうなんて、百万年早いわ。まあ、あれくらいなら、私なら飲んでもなんてことないけどね。ウフフ、ある程度なら耐性ができてるの。毒だったとしてもね。」

 

 だれがプーシャを毒殺するんだろう?それは必要だからつけた耐性なのか、ただの食いしん坊だからついてしまった耐性なのか…。

 ボクは、圧倒的に後者だなと思った。


「薬で眠り込んでる二人、起きそうにないね。なんか、さっきの村長達の会話からすると、あまりここに長居しないほうがよさそうだけど、荷物はマンゴー村に置きっぱなしだし、どうしようか?」 「ライカは運べても、ラビーはきついわね。」

 プーシャがラビーの腕を引っ張ってみたが、びくとも動かない。

 

 なるほど、獸人が全て馬鹿力ってわけじゃないんだな。


『私が二人を起こしましょうか?』


 ウィンディの声が頭に響く。

「できる?」


『体内の水分から、眠り薬の成分を分離して分解すればいいだけなので。』

 

 ウィンディがなにか呟くと、二人の瞼がピクッと動き、ゆっくりと目を開けた。

「ここ…どこ?」

 

 ボクは二人に経緯を説明した。

 

 ボクの話しを黙って聞いていたライカは、唇を噛み、ゆっくりとうなづいた。

「…ということは、ここから逃げるわけにはいかないってことね。」

「エッ!?」

 ボクとラビーは、思わずはもってしまう。プーシャは空を仰ぎ、ウルホフはわずかに唇の端を上げて微笑む。ウルホフとプーシャは、ライカの反応を予測していたみたいだ。

「当たり前じゃん。うちらが逃げたら、子供達が代わりに食べられちゃうんでしょ?駄目じゃんか。」

 

 なるほど…。

 確かにそうだ。ボクは、なんとか荷物を取り返して逃げなきゃってことばかり考えていたけど、その後のことは考えてなかった。

 ベアルが、他の子供達が、なんだかわからない物に、最悪食べられてしまうんだ。


「で…でも、ぼく達は丸腰なんだよ。」

 ラビーは、洞窟から視線を外すことができずに、ガタガタ震えながら言った。

 すると、いきなり後ろの茂みがガサガサと音をたてた。

「ヒッ…!」

 ラビーは腰を抜かし、座り込んでしまう。


 茂みから顔をだしたのは、ベアルだった。

「ベアル?!」

「ユウ、ごめんよ、父ちゃん達が…。オイラ…、助けにきたんだけど、自力で縄ほどいたんだね。」

「一人できたの?危ないじゃないか。」

「へっちゃらさ。オイラ、いつも父ちゃんと狩りにでてるんだから。それより、ほら、ユウの荷物。これ持って逃げて!他の人達のは持ってこれなかったんだ。ごめんよ。」

 ベアルが持つには、荷物は大きく重かったはずだ。荷物の底に土がついていたから、引きずってきたのかもしれない。ボクは、ベアルから荷物を受け取った。

「ありがとう、ベアル。でも、ボク達が逃げたら、君が…。」

「しょうがないさ。」

 ベアルは、鼻をこすりながら笑った。その手は少し震えているように見えた。


「しょうがなくない!しょうがないなんてことはないんだ!」

 ベアルとのやり取りを見ていたラビーが、唐突に叫んだ。

「そんな大声ださないでよ!」

 プーシャが飛び上がって、ラビーの口を塞ぐ。

 ラビーは、ワタワタ慌てながら、シーッシーッと人差し指を口にあて、洞窟のほうを伺った。

「大丈夫だよ。あいつは、真夜中にならないと起きてこないから。あと、三時間くらいは熟睡のはずさ。」

「あいつって?君、この村におきてることを説明してくれないか?」


 ウルホフに促され、ベアルはポツポツと話し出した。

「三ヶ月前に、黒づくめの旅人が村に訪れたんだ。そいつが村の御神体である炎の杖を盗んだんだよ。その後にさ、火の精霊を閉じ込めた炎の杖を持った妖魔が現れたんだ。そいつは、杖の力で地熱を上げて、農作物を枯らたり、動物達を炎で嚇かしたりしてさ、食べ物が村からなくなっちゃったんだ。で、食べ物が欲しかったら、代わりに子供を寄越せって。」

「じゃあ、この洞窟にいるのは妖魔?!しかも、火の精霊の力を使う…。」

 ウルホフの問いに、ベアルはこっくりうなづいた。

「ということは、俺とライカ、ユウ(ウィンディ)は有効だな。相手が火の属性なら。」

「でも、火の精霊そのものだよ?!」

 ベアルは、なんてこと言うんだと、呆れ顔でウルホフを見た。

 ウルホフは、何か問いたげにボクを見る。


『火の精霊になんて負けませんことよ。』


 ウィンディは、ツンとして言う。「えーと、負けない…みたいな?」

 ベアルは、よりびっくりしてボクをマジマジと見る。


 いや、ボクの言葉じゃないんだけどね。ボク単体なら、戦力外…というか、邪魔にしかならないから。


「なら、問題ないな。」

「な・に・も・な・し!」

 ウルホフとライカはやる気だ。

「あと、三時間くらいあるんだよね?ベアル、武器の調達はできるかな?できれば、俺とライカ自身のがいいんだけど、無理ならなにか別のでも。」

「たぶん、ウルホフさんのは持ってこれるかも。ウルホフさんが泊まってるの、オイラの友達の家だから。でも、村長の家はどうだろう?」

「頼めるか?」

 ウルホフが言うと、ベアルはまかせとけ!と走り出した。

「ラビー、プーシャ、ベアルについていって!」

 ライカに言われて、二人はベアルを追って走り出した。

 

 ボクは、荷物の中から短剣を出して腰にさした。ないよりはマシだろう。たぶん…。


 妖魔って…、はっきり言って想像できなかった。もし、見た目がグロかったらどうしよう?見ただけで気絶とか、情けなさすぎるよな。

 

 ボクは、ドキドキしながら、とにかく三人が戻るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る