第9話

『ユウ様、雨がきます。』

 

 頭の中に、ウィンディの声が響く。

 村をでて、三日目のことだった。山道は、道というよりも獣道のようになっており、ボク一人なら、確実に遭難していただろう。獸人だからなのか、いやボクの体力がないだけなのか、みな歩く速度が異常に速い。

 かなり早い段階から、ボクの荷物はラビーが持ってくれているが、それでも追い付くのに必死だ。


「みんな、雨が降るみたいだよ。」

「雨?さっきまで、あんなにいい天気だったのに?」

 プーシャは空を見上げた。上は木々がうっそうと生い茂っており、所々木漏れ日が差していた。

「うん、でも確かに水の匂いが強くなってるよ。」

 ライカが鼻をヒクヒクさせた。

「ウィンディ情報だろ?なら、本当に雨になるんだろう。少し急がないとだな。ラビー、荷物よこせ。」

「了解。」

 ラビーは、荷物を二つウルホフに向かって放り投げると、いきなりボクを肩に担ぎ上げた。

「ウワッ!自分で歩ける、歩けるよ!」

「時間短縮さ。ほら、しっかり掴まらないと、頭から落ちるよ。」

 ボクは、ラビーの頭にしがみついた。


 腹話術の人形じゃあるまいし、まさか人の肩に乗ることになるとは!


「この先に、洞窟があるはずだ。」

 雨がパラパラ降ってきたなと思った瞬間、スコールのような凄い雨になった。生い茂った木々も、なんの雨避けにもならず、ただただずぶ濡れになる。

「すっごい雨だね。ウィンディも、自然の雨はどうにもできないの?」

 洞窟に一番乗りしたライカは、マントを脱ぐと、おもいっきり絞った。水が大量に落ちる。

 ボクも、ラビーに地面に下ろしてもらうと、水を吸って重くなったマントを脱いだ。


『雨くらい、どうにでもできますわ。でも、この雨はこの森には必要な雨。』


「そうなの?凄いね、ウィンディは雨を操れるみたいだよ。でも、この森には必要な雨なんだって。」

「そうね、森の動物にも植物にも、水はなくてはならないわ。でも、もう少しお手柔らかにお願いしたいな。」

 プーシャは、荷物の中の食料が濡れていないかチェックしながら、食べれなくなった食料を恨めしそうに眺めていた。

 

 それにしても、プーシャの荷物は一番大きかったが、そのほとんどが食べ物だった。歩いている最中も食べていたから、かなり減ったはずなのに、まだまだ入っているみたいだ。食べ物が、じゃんじゃかでてくる。

 

 四次元ポケットみたいなリュックだ。


『濡れてない状態に戻せますよ。みなさんも。』


「まじで?!ウィンディ、凄すぎだね。お願いしていい?」


『勿論です。』


「みんな、ウィンディが乾かしてくれるって。」

 ウィンディの歌が、ボクらの周りを包むと、濡れていた髪の毛も洋服も荷物も、一瞬にして乾いてしまう。

「驚いたな。」

 ウルホフが、自分の髪の毛をかきあげながら、濡れていないのを確認した。

「もしかして、ユウって最強なんじゃない?」

 プーシャは、食べ物が全部もとに戻ったおかげか、ご機嫌になりながらつぶやいた。

「確かに、水の精霊の力を自由に使えるんだもんね。あたしの治癒能力も、ウルホフの氷の剣みたいな攻撃能力も使えるってこと?」

「そうなの?」


『もちろんですわ。それ以上のことも。ユウ様が望めばですが。』


 なにか不穏な雰囲気を感じる。

「できるらしいよ。…ウィンディ、えーと、それ以上って?」


『生き物は、かなりの割合が水分からできておりますので。一瞬で…。』


「あ、わかった。うん、言わなくていいよ。ボクは、そんなこと全然望まないから、大丈夫!」

「なに、なに?!」

 ライカがくいついてくるが、ボクはたいしたことじゃないと笑ってごまかした。

 ここにいるみんなが、ウィンディを悪用することはないだろうけど、もしなにげない会話から他人に知られたら、悪用する奴もでてくるかもしれない。ウィンディは生物兵器にすらなりえるってことだ。


『まあ、そうですわね。生物達は、私達ができることを全て知る必要はありませんわね。…ところで、どなたかやってきます。』


「誰かやってくるって。」

 ボクが伝えると、ウルホフは大剣に手をかけ、ライカはボクの前に立った。プーシャは慌てて荷物をしまい、ラビーは槍をかまえながら、ガタガタ震えて後ろに下がる。

 ボクは、みんなの反応をキョトンと眺めた。誰かくるだけなのに、なんでみんなこんなに戦闘的になるんだろう?

「ユウ、下がってて。」

「うん…。」

 

 ガサガサと音がして、大人の獸人が二人と子供の獸人が一人現れた。三人ともびしょ濡れで、最初は緊張して剣を構えていたが、ボクらを見ると、少しホッとした表情を浮かべて剣を下ろした。剣の柄に手はかけたままではあるが。

「あんたらは、戸籍をとりにいく途中かい?」

 探るような口調で聞いてくる。

「ガオパオ村からきました。あなた達は?」

「俺らはマンゴー村だ。」

「王都まで行く道の途中にある村だ。」

 ラビーは、ホッとして槍を下ろす。みなの緊張がとけた。お互いに、武器から手を離した。

「そうか、この辺は山賊がでるし、狼や熊もいるからな。…妖魔も。もし、この洞窟で野宿を考えていたなら、やめたほうがいいだろう。俺らは、狩人だ。狩りの途中で、この雨に降られてな。あんたらは濡れてないようだな。」

「雨が降ると同時に、ここに避難できたから…。」

 さっきの会話のこともあってか、なんとなくウィンディの存在は公にしないほうがいい気がして、とっさに狩人達に嘘をついてしまった。ライカは何か言おうとしたが、ウルホフに無言で制された。


「そうか、それはラッキーだったな。通り雨だろうから、すぐにやむだろうがね。雨がやんだら、うちの村へきたらいい。貧しい村だが、ここで寝るよりはいいだろう。」

「ありがとうございます。」

 みんなで頭を下げる。

「じゃあ、案内してやるよ。ところで、そっちの兄ちゃん…姉ちゃんか?」

 狩人の一人が、ボクを見て言った。

「アハハ、ユウは男だよ。ちゃんと成人の儀式もすんでる。」

 ライカが余計なことを付け加える。


 確かに女顔だし、童顔だけどさ!


「そりゃ悪かった!あんた、もしかして…。」

「ユウは人間だよ。」

 またもやライカが答える。

「やっぱりか。妖精族にしては耳が短いし、ドワーフ族にしてはひょろっとしているから、もしやと思ったんだが。まあ、妖精族もドワーフ族も、お目にかかったことはないがな。彼らも少数民族だからな。」

 

 妖精族にドワーフ族…?

 

 ボクは、ライカをじっと見た。ライカは、少しすねたようにそっぽをむく。

「ああ、うん、そうだよ。あたしは、獸人族と妖精族のハーフだよ。父ちゃんの属性が強くでたから、獸人にしか見えないけどね。母ちゃんみたいに繊細じゃなくて悪かったな。」

 サイカは獸人ではないと思っていたが、妖精族という種族だったのか。ガオパオ村でも、彼女みたいな容姿の者は他にいなかった。

「ほう、姉ちゃんは妖精族の娘の!」

 に何か含みがあるような…。

 狩人達は、目配せしたように見えたが、すぐに笑顔になり、話しをかえた。ライカは、そんな態度になれているのか、特に気にした様子もなかった。

 しばらくすると雨があがり、ボクらはマンゴー村へ向かった。


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