第6話

「ウルサクの息子ウルホフ、ラズールの息子ラビー、タイホップの娘ライカ、ピグルの娘プーシャ、そして人間の子青木ユウ、精霊王達の祝福の印を額に刻む。」

 

 村の中心にある広場に、華々しく飾り立てられた祭壇が作られていた。祭壇の上には、 金刺の入った衣装に、同じく金刺の入った高帽をかぶったイザーク村長が、左手に古く分厚い本を持ち、右手に金の剣を持って立っていた。

 ボク達五人は、その祭壇の前に並び、村人達はその後ろで静かに見守っている。ほとんど全ての村人が広場に集まっているようだが、誰一人喋ることなく、イザーク村長の声だけが響く。


「火の王…、水の王…、風の王…、土の王…、彼らに祝福を。」

 イザーク村長ははっきり喋っているのだが、精霊の名前が聞き取れない。不思議な言語のようだ。

 村長は剣を火にかざし、水の入った瓶にひたし、空気を切り、地面に字をなぞる。その剣を、ボク達の額にあてた。

「これをもって、この五人を成人として、ガオパオ村に迎えることにする。」

 イザーク村長の宣誓の声が響くと同時に、一斉に村人達の祝福の声があがる。

 

 ライカ達は恥ずかしそうに、でも誇らしげに、みんなからの祝福をうけていた。

「さあ、宴だ!今日は酔い潰れるまで飲み、腹がはちきれるまで食べてくれ!」

 イザーク村長の一言で、祭壇は片され、広場は宴会会場に早変わりした。音楽が流れ、大人も子供も、楽しげに踊り出す。

 

 こうなると、だれがだれだかわからない。

 知っている獸人も知らない獸人も、肩を叩き祝福してくれる。

「…ありがとう。ちょ…、ちょっと通して。」

 せっかくの衣装がよれよれになりながらも、なんとか祝福の輪から抜け出し、広場の端に避難することができた。

 

 ボクは、フゥッと息を吐いた。頭がクラクラする。

 向こうの世界でも、こんな沢山の人々の中心に立ったことはなかったし、話しかけられたこともなかった。どちらかというと話すのが苦手で、話しをするといえば花梨くらいだった。まあ、一方的に花梨が話すのを聞いているだけだったけれど。そんなボクだから、どうやら人に酔ってしまったようだ。


「あれ?」

 

 広場の中心にいるはずのライカとウルホフが、広場を出ていこうとしていた。ライカの表情は固く、ウルホフの腕をグイグイ引っ張っている。ウルホフは、困ったように、引っ張られるままついていっていた。

「どうしたんだろう…?」

 ボクは、なんとなく不安になり、二人の後について行った。


  ◆◇◆◇◆

 二人は村から出て、森の中に入っていった。しばらく薄暗い森を歩くと、ひらけた原っぱのような場所にでた。窪地のようになっていて、真ん中に大きな岩があった。

 その岩の前までくると、ライカはウルホフから手を離し、その手を大きく振りかぶった。

 

 パシーン!

 

 ウルホフは、ライカの手をよけることなく、打たれて赤くなった頬をかいた。

 ボクなら気絶ものだ。ボクは木陰に隠れて、二人の様子を見ていた。


「なんで…、なんで今まであたしのことだましてたんだよ!あたしに負けたふりして、あたしのこと笑ってたのかよ!」

「それは違う。わざと負けたことはない。」

「嘘だ!父ちゃんと同じオーラのやつが、あたしなんかに負けるわけないじゃないか!」

 ライカは、岩の裏から剣を二本とりだし、ウルホフに一本投げた。

「真剣にあたしと手合わせしろ!絶対に手を抜くなよ。」

 ウルホフはため息をつき、剣を鞘から抜いた。


 抜くのか?!

 

 ボクは慌てて二人の前に飛び出そうとした。

「ちょっと、待っ…、ウワッ!」


 暗転…。


 二人の目には、ボクがいきなり消えたように見えたかもしれない。二人の驚いた顔が、スローモーションのようにボクの脳裏に焼き付いた。

 ボクは、一歩踏み出した途端、落ち葉で隠れていた地面の割れ目に落ちてしまったのだ。動物が掘った巣穴だろうか?かなりな深さがある。


「ユウ?!ユウ!」

「大丈夫か!」

 頭の上のほうで、ライカとウルホフの声が聞こえる。

「い…痛っ。」

 斜めに滑り落ちたからか、声の聞こえるほうに光は見えない。が、土がうっすら光っているのか、目がなれるとなんとなく回りが見える。不思議な穴だ。

「ライカ、待て!」

 

 上からライカが降ってきた。

 

 続いてウルホフも。


「あ、悪い!」

「い…いから、どいて。」

 ライカは横に飛んでウルホフを避けていたが、ボクは次々に落ちてくる二人の下敷きになってしまった。

「もう、なんでウルホフまで落ちてくるのよ!」

「いや、ライカが飛び込んだからつい。」

「もし、獣の巣穴だったら?妖魔が住みついてたら?あんたまで来ちゃったら、誰が助けを呼ぶのさ!」

「そうなら、よけい二人いたほうがいいだろ。ライカはそんなのには負けないだろうけど、ユウを守りながらじゃきついだろうからさ。」

 ウルホフは、ライカの気分を損ねないように気を使いつつ喋る。

「もう!…あんたは昔から変わらないんだから。」

 

 ライカは何か思ったか、しばらく黙ってから、呟くように言った。

「さて、これ、登れるかな?」

 

 ライカは登ろうと斜面に手をかけたが、土が軟らかくボロボロと崩れてしまい、うまく登ることができなかった。

「上はダメだな。こっち、先に進めそうだ。ライカ、ここでユウと待ってて。見てくるから。」

「ダメ、みんなで行こう。もし迷路みたいになっていたら、バラバラになっちゃうかもじゃん。」

 ウルホフはしばらく考えたが、しょうがないなとうなずいた。

 

 穴は心配していたような複雑な作りではなく、一本道でしかも次第に広くなっていた。しかし、緩やかではあるが、確実に下っており、外に出れるとは思えなかった。

「ねぇ、なんか変な臭いがしない?」

 ライカが鼻を押さえながら、眉間に皺を寄せる。

「確かに…。」

 ウルホフも、端正な顔を歪ませ、鼻をハンカチで押さえる。

「臭う?ガスみたいなやつかな?ボクは全然わからないんだけど。」

 ライカもウルホフも、信じられないとボクを見た。

 

 そんなに臭いのだろうか?カビっぽい臭いがしないではないけど。

 

 まだ先に進むと、そんなボクにもわかるくらい臭いはきつくなった。二人は、臭いに堪えきれなくなったのか、ぐったりと座り込んでしまった。

「あれ?なんか水の流れる音がする。どこかにつながっているかも。見てくるね!」

「ユウ!ダメ!」

 ボクのせいで…って気持ちがあったからか、怖さよりも二人を早く表に出してあげなくちゃって思いが勝った。ボクは一人、小走りで先に進む

 

 先には、広場のような空間が広がっていた。その広場の中心天井から、滝のように水が降り注いでいて、水の真ん中に鋼の檻があった。その檻の中には、青くうっすら光る、手のひらほどの大きさの少女が、膝を抱えて座っていた。その儚げな背中がすごく寂しそうで、胸がギュッとなる。

 

 なにかしてあげたい!と心から思った。


「君、大丈夫?」

 少女は振り返ると、信じられない!というように目を見開き、檻に手をかけようとして、慌てて引っ込めた。

「それ、触れないの?」

 

 少女の声は、鈴がなっているような音で、何か言ってはいるけれど、理解はできなかった。

「ちょっと待ってて。」

 水の中に手を突っ込み、檻ごと少女を水から引き上げた。檻をみると、特に鍵とかはついていない。扉を開けると、中から少女が飛び出してきた。

 少女はクルクル飛び回り、目の前で止まると、ボクの額に唇をつけた。


「ウワッ!なに?」


『ありがとう。人間の子供』

 少女の言葉はわからないままだったが、意味が頭に流れ込んできた。副音声みたいな感じだ。

「君は?」

『私はウィンディ。水の精霊です。』

「ボクはユウ。青木ユウ。君はなんで檻なんかにいたんだい?」

『私は、この森の湖を住まいとしておりましたが、妖魔に捕まり、鋼の檻に閉じ込められてしまったのですわ。とても小さな、か弱い精霊のふりをして、私を檻に誘い込んだんです。妖魔は私を閉じ込めた後、この地に呪いをかけ、獸人達がここに近寄らないようにしてしまったんですの。』

「呪いって?」

『彼らの嗅覚に働きかけ、意識を奪うんです。彼らは動くこともできず、しばらくすると死んでしまいます。あなたは人間だったから平気だったんですね。』

 ボクは青ざめた。

「大変だ!ボクの友達が、この先にいるんだよ。二人とも獸人なんだ。」

『大丈夫。すぐに浄化いたしましょう。それくらいの力なら残っておりますから。』

 

 ウィンディは、胸の前で手を組むと、美しい声で歌いだした。その澄んだ歌声は、回りの空気も澄んだものに変えていく。

『まだ、意識が戻らないようですが、すぐに気がつくでしょう。』

 

 ボクは、慌ててもと来た道を戻った。ウィンディも、ボクの肩に乗ってついてくる。

 ウィンディの言ったように、二人はさっき座り込んだ場所に倒れていた。ウルホフはライカを抱きかかえるようにし、少しでも臭いから遠ざけようとしたようだった。

 二人の口元に手をやり、呼吸の有無を確認する。二人には息があった。ボクは、ホッとしてしゃがみこむ。

「ありがとう。ウィンディ、君のおかげだ。」

『私こそ、どんなにお礼を申し上げてもたりませんわ。』

「なんで?たかが檻を開けただけだよ。鍵もかかっていなかったし…。」

 ウィンディは首を振る。

『精霊は、鋼に触ることができないのです。私には、あの檻を開けることすらできません。私を閉じ込めた妖魔は、最近退治されたようですが、私がここにいることは、誰も知らないはず。ユウ様がいらっしゃらなければ、どれだけ長い年月あそこにいなければならなかったことでしょう。いえ、もしかしたら…。』

 ウィンディの表情が曇る。

「もしかしたら?」

『最近、黒いローブの者がここを覗いたんです。ユウ様がいらっしゃる数日前だと思いますが。けれど、その者はなにもせず立ち去りました。私を助けてくれる気はないようでしたから、とても失望いたしましたわ。』

「黒いローブの者?獸人かい?」

『さあ、わかりかねます。男か女かもわかりませんでした。ただ、禍々しい気配があったような…。あの檻にいる限り、私は力を使えませんでしたから、次にあれがきたら…と思ったら、怖くて怖くて…。』


 小さなウィンディが、見てわかるほど小刻みに震える。よほど怖かったんだろう。

 「そうか、そいつがくる前にこれて良かった。…じゃあ、ボクがこの世界に来た意味は、少しはあったんだね。君を助けることができたんだから。」

 ウィンディは、肩から降りてボクの瞳をじっと覗き込んだ。

『ユウ様、あなたのオーラはとても心地よいですね。…私、決めましたわ!』

「決めたってなにを?」

 ウィンディはニッコリ微笑む。

『あなた様の一生は、私には一瞬のまばたきより短こうございます。そんな短い間なれど、私をあなたのおそばにおいていただけますでしょうか?』

「え…っと、どういうこと?」


 戸惑ってオロオロしていると、ウィンディはニッコリ笑った。

『許す!と言えばいいだけですわ。私、ユウ様がとても気に入ってしまったんですの。お友達になってくださいと申してるんです。』

「許す?そんな、友達許すもなにも…。うん、友達になろう。」

 ウィンディは、涼やかな笑い声をあげると、ラビーがくれた緑の石のペンダントに吸い込まれるように消えていった。

『私、しばらくこちらを住まいにさせていただきますね。困ったことがあったらお呼びくださいませ。』

 頭の中だけに声が響いた。

「エッ…エェー?!」

 ボクは、ペンダントを引っくり返したり、擦ってみたりと色々してみたが、ウィンディが出てくることはなかった。

 

 そんなボクの声に、ライカがウーンとうなりながら目を開けた。

「ライカ、良かった!気がついたんだね。」

「いったい…?」

 ライカは、ウルホフの腕を押し退けながら、ボクとウルホフを交互に見た。

 

 ボクは、今までのことを全て説明した。

 

 聞き終わると、ライカはボクのペンダントをマジマジと見ながら、ツンツンと触った。

「だからか、最近雨も降らないし、水が不足してたのは…。ねぇ、水の精霊と友達になったって、契約したってこと?うちらは、精霊力を借りて魔法を使うんだけど、それは精霊力のほんの一部なんだ。精霊そのものと契約するなんて、聞いたことないよ。あたしの使う治癒魔法、あれも水の精霊力の一部だし、ウルホフの氷の剣も同じ水系統だ。」

 ウルホフの氷の剣、一度見たことがあるが、凄まじかった。氷の剣が数十本と現れ、自由自在に飛び交うのだ。

「あれ、綺麗だよね。子供の頃なんだけど、あたしとウルホフ、この森で迷子になったことがあってさ。獣に襲われたんだ。ウルホフ、あたしのこと庇ってさ、背中にひどい傷をおったんだ。そのとき、初めてウルホフは氷の剣を使ったんだよ。獣はみんな逃げ出したさ。」

 ライカは、まだ目覚めないウルホフの背中をつついた。

「こいつ、背中ばっくり割れてんのに、あたしの転んだ小さな擦り傷の心配するんだ。そう、そういう奴なんだよな。」

 ライカの瞳は、優しくウルホフを見ていた。

 

 これなら大丈夫だ。

 

 ボクは、心の中で安堵した。さっき、剣をウルホフに投げつけたライカは、もうどこにもいなかった。

「ウルホフ、たぶんライカより強いのかもしれない。でもさ、わざと負けていたわけじゃないと思うよ。ライカの小さな擦り傷だって心配するような優しい奴だから、ライカが怪我するような手合わせは、どうしても出来なかったんじゃないかな?」

「だな。…、おい、こら、そろそろ起きやがれ!」

 ライカが乱暴にウルホフの髪を引っ張る。

「ちょっと…!」

 ボクは止めようとしたが、ライカはさらにウルホフの頬をつねる。

「いてて…、おい、もう少し優しく起こしてくれよ。」


 起き上がったウルホフに、再度ライカに話したのと同じ話しをする。


「そっか、ユウはライカと俺の恩人だな。俺の剣にかけて、ユウに何かあったときは、命にかえても必ず助けに行くから。約束するよ。」

「大袈裟だよ。第一、ボクが穴になんか落ちたから、二人を危険な目に合わせちゃったんだし。」

「あたしも!あたしも約束する。」

 ライカがピシッと手を上げた。

「もう、止めてよ。そんなことより、ここを出ないとだよ。」

 たいしたことしてないのに…と思うと、二人の申し出が心底恥ずかしく、そして嬉しかった。


『さきほど、私が閉じ込められていた場所にお行きなさいませ。』


 頭の中で、ウィンディの声だけが響く。

「ウィンディ?」


『あそこの水は、外界とつながっています。』


「わかった。ありがとう!行ってみるよ。」

 二人にはウィンディの声が聞こえず、ボクを怪訝そうに見る。ボクは今、聞こえたことを二人に話した。

「わかった。行こう!」

 

 ライカを先頭に、ボク、ウルホフの順に先に進んだ。

 

 広場につくと、やはり滝のように真ん中に水が落ちており、それを受けている水溜まりくらいの池は、なぜか溢れることなく水を呑み込んでいた。なぜさっき不思議に思わなかったのか、なにも考えずに手を突っ込めたのか…。

「水ってこれだよね?これが上に繋がっているようには見えないけど…。」


『飛び込んでごらんなさい。』

 

 またウィンディの声だけ聞こえる。

「飛び込めって。」

 ボクは、困惑しつつ二人に伝える。

「わかった。じゃ、お先に。」

 ライカは、全く疑うことなく、水溜まりにジャンプする。深さがあるようには見えないのに、ライカの頭までスッポリ入ってしまい、影すら見えなくなった。

「ライカ!」

 呼んでも、ライカは戻ってこない。

「なるほど…。ほら、ユウも飛び込んで。」

「いや…、ボク…、泳げないし…。」

 尻込みしていると、ウルホフがボクを持ち上げ、水溜まりの上に放り投げた。

「ウワッ!」


 水溜まりに吸い込まれるように沈み、さらにさらに深く体が落ちて行く。底のほうがユラユラと明るくなり、その光りに向かってグイグイ引っ張られる。

 

 息が…、息が苦しい!

 ヤバい、意識が朦朧と…。



 

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