第5話

 

 この世界にきてから一ヶ月がたった。


 ザイホップの農場の手伝いをしつつ、毎日の衣食住を世話してもらっていた。

 ボクのこと、人間のことを聞きに、毎日村人が数人やってきた。

 彼らは凄くフレンドリーで、ボクに好意的だ。すぐに友人になり、次にくるときは、どっさりお土産を持ってくる。食べ物はもちろん、衣服のお下がりや日用品など、本当に助かる。


 ボクは裏庭で家畜の水桶を洗いながら、空を流れる雲をポケッと見上げた。


「人間、適応するもんだ。」

 空も、太陽も、地面も、ボクがいた世界と、そんなに違わない。ただ、ボクの知っている世界よりもかなり不便だ。

 電気はないし、電車や車ももちろんない。電話もない。


「ユウ!まだ桶洗ってたの?ほら、成人の儀式が始まっちまうよ!早く、着替えなきゃ。」

 刺繍の入った綺麗な洋服を着たライカが、裏庭へ駆けてきた。

 いつもは質素な男物の服を着て、化粧っ気一つないライカであるが、今日ばかりはさすがにウッスラ化粧をしているようだ。


「ライカ、可愛いね。凄く似合ってるよ。」

「バッ…!変なこと言うもんじゃないさ!母ちゃんに無理やり…、だよ!!そんなんどうでもいいから、早く早く。みんなうちに集まってるよ。」

 ライカは真っ赤になって早口で叫ぶと、ボクを怪力で担ぎ上げた。

「ちょっと…。」

 ライカに担がれたまま部屋へ連れていかれた。そのまま、ベッドに放り投げられる。


 ここの獸人が力持ちなのか、ライカが特別なのか…。

 それにしても、女の子が男を担ぎ上げないほうがいいと思うけど。


「急いでね!応接間にみんな集まってるから。」

 ライカは部屋を出ていった。

「せっかく可愛いかっこうしてるのに…。」

 ライカのことを見ていると、花梨のことを思い出された。可愛いのにサバサバしていて、口は少し悪いけど、面倒見がいい姉御肌なとこ、なんか似てるんだよな。


 まあ、花梨はあんなに怪力じゃないし、実は凄い怖がりで、虫が大嫌いでお化けがダメで…。ああ、花梨、ボクが急に消えちゃって、凄く心配してるだろうな。

 

 ボクは、サイカが用意してくれた衣服に着替えながら、最後に聞いた花梨の悲鳴を思い出していた。


「花梨に会いたいな…。」

 つい、声にでる。

「誰に会いたいって?」


 いきなり後ろから声をかけられて、びっくりして振り返ると、刺繍の入った服を着たウルホフが立っていた。

 かなり身長が高く、整った顔をしている。狼のような尖って大きな耳を持ち、豊かな毛並みの長いしっぽは、今日はいつも以上にフッサリとしていた。

 

 成人の儀式を受ける一人で、ライカの幼なじみだ。ライカのことが好きで、剣の手合わせのときとか、さりげなくライカに華を持たせているのを、ボクは知ってる。

 たぶん、力も剣技も、ライカより上なんじゃないかな。物静かだけど、芯のしっかりしたやつだ。


「ウルホフ、ごめんよ。みんなを待たせてるよね。」

「大丈夫さ。オババのとこに行くにはまだ時間はあるよ。プーシャは飯食ってりゃ幸せなやつだから、サイカの作った菓子を端からたいらげてるし、ラビーはなるだけ成人の儀式をのばしたいもんだから、頭が痛いだのおなかが痛いだの言ってる。」

 

 プーシャは、見た目は可愛い女の子なんだけど、豚の耳としっぽがあり、とにかくよく食べる。細くて小さい体のどこに入るんだ?ってくらい、いつもなにか食べている。食べれる物、食べれない物の知識が豊かで、薬草についても詳しい。

 

 ラビーは、ここにきたときに最初に会ったアイビスの息子だ。体格はガッシリしていて、おじさんのようななりをしているが、優しく気が弱い。ウサギの耳としっぽがついていて、そのギャップに初めて会ったときは吹き出してしまった。


「ユウ、その帯は前じゃなく、横で縛るんだ。あと、上着はズボンの上に出す。」

 ウルホフはボクの着付けを直しながら、最後にボクの頭に鳥の羽飾りを飾った。

「おまえはオレらみたいな耳がないからな。」

 たぶん、ウルホフの手作りだ。シックな色使いで、まるで耳みたいに飾られていた。

「ありがとう。」

 ウルホフはうなづくと、下に行くようにボクをうながした。

 

 ウルホフと応接間へ向かうと、大勢が談笑していた。

「やっときた!」

「ユウ、最初に見たときより、だいぶ見違えたじゃないの。素敵よ。ほら、ラビー!いつまで仮病のふりしてんだい!みんな揃ったし、いい加減諦めなさい。大きななりして、いつまでも子供で困っちまう。」

 アイビスはラビーの背中をバチンと叩いた。

「母さん、痛いや。」

「うるさいよ、しっかりおし!」

「では、みなでオババのとこに行き、占ってもらうとしよう。夕方から、村の中央広場で、成人の儀式と宴があるからな。」

 カイルが言うと、みなゾロゾロと応接間から出ていく。


「ユウ、似合うじゃない。これはあたしから。ほら、腰に巻いてみて。」

 ライカがボクの横に並び、しっぽのような飾りを差し出した。ウルホフの頭飾りと同色で、手触りがとても良かった。

「私からはこれ。うちに伝わる丸薬よ。なんでも治るんだから。」

 プーシャは、腰飾りに丸薬の入った巾着を結びつけた。

「ぼくはこれ。この石は、危険が近づくと赤く光るからね。」

 ラビーは、綺麗な緑色の石のついたペンダントをとりだすと、ボクの首にかけた。


「みんな…。ありがとう。ボクは、なにもあげれる物なんてないのに。」

「なにもいらないさ。」

「そうそう。」

 プーシャとラビーは、ニッコリ笑うと、玄関の前にとめてあった荷馬車の荷台に飛び乗った。

「ほら、乗せてやるよ。」

 荷馬車によじ登ろうと、ジタバタしていると、ウルホフがボクの後ろに回って、ひょいと持ち上げてくれた。


「それ、ライカと一緒に作ったんだ。」

 ウルホフはボソッと、ボクだけに聞こえるように言うと、嬉しそうに微笑んだ。


 荷馬車二台で、村外れにあるオババの家に向かう。前の馬車はウルホフが手綱を握り、横にはライカが乗り込み、荷台にはラビー、プーシャ、ボクが乗った。後ろの馬車は、カイルが手綱を持ち、横にはサイカ、荷台にはアイビス、ウルホフの母親のマリン、プーシャの母親のプーミャが乗っていた。

 女性が多いせいか、目的の場所につくまでは騒がしく、荷台にはピクニックに行くかのように、食べ物と飲み物がギッシリつまったバスケットが人数分つまれていた。

 

 ボク達は、沢山しゃべり、お菓子を食べながら荷馬車にゆられていたが、オババの家が見えてくると、誰彼となく喋るのをやめ、プーシャのモリモリ食べる音だけが響いた。

「さあついた。」

 カイルは荷馬車を止め、手近な木に馬をつなぐと、オババの家の呼び鈴を鳴らした。

「タートルーズさん、今年成人する五人を連れてきました。」


 ゆっくりと扉が開き、中から小さな老婆がでてきた。首が長く、シワシワな顔、丸まった背中には甲羅をしょっている。

 

 亀…だな。

 

 こっちの獸人達は、みんな動物の特徴を色濃く体現していて、その性質も似通っていた。

 別に言葉を喋らない動物もいるが、それは家畜であったり、ペットであったり、野生のものもいて、全く別の生物として認識されているようだった。


「子供達だけ、お入り。」

 ボク達五人は、恐々中に入る。家の中は昼間なのに薄暗く、雑然と色んな物が積み上がっていた。

 ゲジゲジのような虫が大量に入った小瓶、ネズミの干からびたしっぽ、色んな種類の草花…、なにやらわからない物が大量にある。

 

 誰も閉めていないのに、バタンと扉が閉まった。


「ヒッ…!」

 ラビーは、ほぼ半泣きだ。

 ライカは興味津々辺りを見回し、プーシャは草花の匂いをかいだ。「これ、色々触るでないよ。さて、まずはラビー、ここにおいで!」

 ラビーは声にならない声をだし、オズオズとオババの前に立った。


 子供達は悪さをすると、

「村外れのオババのとこに連れて行くよ!」

 と言われて育つらしい。たまに見かけるオババは、まるで魔女のようで、子供達が畏怖する存在だった。

 成人の儀式の前には必ずオババに占ってもらうのだが、そのイメージが抜けず、失神する者もいるとかいないとか…。


「全く、でかい図体して、メソメソするでないよ!あんたの親父もじいさんも、そのまたじいさんも、みんなもっとシャンとしとったぞ。…いや、そのまたまたじいさんはメソメソしとったかの?」

 オババはブツブツ言いながら、ラビーの顔を覗き込んだ。後ろから見てもわかるほど、ラビーはガタガタ震えている。

「フウム、おまえの色はずいぶん薄いな。淡いクリーム色だ。動物との相性がいいね。芯に濃い茶色があるの。ずいぶん小さいが、固さも硬い。その臆病な性格さえなんとかすれば、もしかすると化けるかもしれないよ。」

 

 オババがパチンと指をならすと、空中に紙とペンが現れ、スラスラと文章を書き始めた。書き終わると、紙は四つ折りになり、封筒の中にストンとおさまった。オババは封筒にロウをたらすと、左手の中指につけていた指輪を押し当てた。


「次はプーシャ。」

 ラビーはオババから封筒を受けとると、急いで戻ってきた。入れ替わりにプーシャが前に出る。

「あんたは、これまた対称的にはっきりしとるな。緑以外のなにものでもない。草花との相性が抜群だ。うん、この村に戻ってくるようなら、あんたはあたしのとこにくるといい。なかなか単色のやつは珍しい。」

 オババは同じように手紙に封をすると、プーシャに渡した。


「ほい、次、次。もう、面倒だね。三人おいで!」

 ライカ、ウルホフ、ボクの順に並び、オババの前に立った。

「ライカは、きれいに親父さんとおふくろさんがまじっとるな。表面は赤く、芯は蒼色じゃな。若干、蒼のが大きいか。よい魔法剣士になれるだろう。ウルホフは…、フム…、ホウ!なんと!タイホップと似通っとるな!」


 ライカはエッ!?と、驚いたようにウルホフを見る。ウルホフは、困ったように視線を反らす。

「そんなわけない!ウルホフはあたしに勝てたことないんだ!父ちゃんと同じなわけない!」

「そうは言っても、オーラは嘘をつかないさ。あんたと同じ真紅の正円、こんな歪みのない円も珍しい上に、タイホップにあった金の輪もかかっている。芯だけ違うな。タイホップはより輝く赤い炎だったが、こいつは静かな炎…、青い炎だ。」


 そんなわけない…と、放心しているライカを放置し、オババはボクの前にやってきて、グイっと顔を近づける。思わず一歩下がってしまう。

「人間か!久しいの。三百年ほど前に会ったっきりじゃ。」

「オバ…、タートルーズ?さん?」

「オババでよろしい。」

 オババは、カッカッカッと笑い声をあげた。

「オババさんは、人間に会ったことがあるんですか?」

「そりゃあるわな。あたしくらい長生きしてると、色んな不思議に出会うさ。」

「もとの世界に戻った人間はいますか?そんな話しを聞いたことはないですか?」

 オババは、顎に手をやり、しばらく目を閉じて考えていたが、カッと目を見開いた。後ろでラビーがヒッ!と叫んだ。


「ない!!」


 ボクは、ガックリと肩をおとした。

「が、不思議なことはある。五人の勇者じゃ。」

「この国を救ったって伝説の?」

 ライカがショックから立ち直り、話しに入ってくる。

「そう。本当は七人であったはずなんじゃ。あたしが子供のときのことだから、記憶は定かじゃないんだが、いつしか五人で語られるようになり、誰もが二人の勇者を覚えておらんようになった。それが、もしかしたら人間であったのではないかと…。顔が思い出されるのは五人なんじゃが、オーラの色や形を思い出すと七つあるんじゃよ。」

「オババ、そんな昔から生きているのか…。」

 ウルホフ達は、オババの長寿に驚いていた。

「乙女に年齢は聞くなよ。」

 オババは、バチンとウィンクした。

「あたしも、これ以上はなにもわからん。この国の歴史だから、王に聞くのがよいだろうな。さて、人間の子供よ、おまえさんのオーラだが、…、これまた不思議な!」


「なになに??」

 ライカはオババが怖くないのか、オババの袖を引っ張りながら聞いた。


「無色じゃ。こやつにはなんの力も宿っていない。」


「無色って、それは人間だからじゃないんですか?」

 ウルホフが聞いた。確かに、人間は獸人みたいに魔法は使えないんだから、力ってのが魔力みたいなものなら、なくても不思議じゃない。

「いや、人間もこちらではオーラを持つし、それに合った力も使えるはずじゃ。ふむ、面白い。無色ということは、なんにでも染まるということ。遥か昔のあれもそうであったような?まあよい、いずれわかるだろう。」

 

 オババは最後は自分に言い聞かせるように喋ると、手紙を三枚まとめて書き、ロウで封をした。

「さあ、用事は終わりだよ。帰った、帰った!」

 ボク達は、オババに頭を下げ家を出た。外では親達が宴会していた。


「終わったね!その手紙は村長の手紙と一緒にしてなくさないようにね。」

 アイビスは赤い顔をして、手をヒラヒラ振る。もう、けっこうできあがっている。

 

 ボク達は、来たときと同じように、二台の荷馬車に分乗して帰った。

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