第4話

「…、…ユウ、…がきたから起きて。」

 

 肩を揺さぶられ、泥沼の中にいるみたいに重く感じられた体が、徐々に軽くなっていく。指の先がピクリと動き、瞼もゆっくりとだけど開けることができた。

「…母さん、変な夢を見たよ。今何時なの?」

「あんたの母さんじゃないよ。ほら、起きて!あんた、椅子に座って寝ちゃってたんだから。カイルおじさんがベッドに運んだんだよ。昼ご飯も食べないで、もう夕ご飯の時間になっちまったじゃないの。」

 

 ボクはいきなり現実に引き戻された。これが現実であるのならだけど。

「ほら、村長があんたに会いにきたんだよ。下で待ってるよ。」

「今…、今行くよ。ごめん、ベッド借りちゃって。」

「ミイルは気にしない奴だから大丈夫。ほら、起き上がれる?水飲む?」

「ありがとう。」


 喉はカラカラだった。

 

 ライカがくれた水は、体の隅々まで浸透し、ボンヤリした頭をスッキリさせてくれた。

 ベッドから起き上がり、ライカについて一階へ向かう。

 重いドアを開けて応接間に入ると、中では老人が二人談笑していた。カイルとサイカも、二人が座っている椅子の後ろに立っていた。


「青木ユウだな?こっちにきてお座り。わしが村長のイザークだ。君は、人間で間違いないね?年は十五と聞いたが、…本当かね?」

 ボクは指差された席に座り、村長の言うことにうなずいた。村長は小柄な老人で、ネズミのような耳としっぽをピクピク動かし、信じられないと呟いた。

「わしらの世界では十五は成人だが、こやつらの世界では子供なんだそうだ。わしはザイホップ、この家の主だ。青木ユウ…、ユウでよいのだよな?人間には、名字と名前とやらがあるんだったかな?」

 

 ザイホップと名乗った老人は、カイルと同じくライオンのタテガミのような立派な髭をたくわえ、鋭い眼光をしていた。刻まれたシワは、気難しさを隠せない。


「名字と名前ってなに?」

「ライカ、口を挟むんじゃないよ。名字とは家族全体の総称、名前は個人の呼び名だ。」

 ザイホップは、ライカをたしなめながらも説明してやっていた。

「めんどくさいんだね。」

「ライカ。」

 ライカは舌をペロッとだすと、静かにしているよと部屋の隅においてあった椅子に座り、足をブラブラさせた。


「さて、ユウ、君の世界での職業はなんだ?人間は、我々と比べると身体能力は劣るが、素晴らしい知恵を持つと聞く。」

 ザイホップは、机の上で両手を組み、鋭い視線をボクに向けた。まじで怖い!彼の視線はライオンのようだ。ボクは、カラカラの声で答える。

「ボ…ボクは、そんなたいそうな知恵なんてありません。ただの中学生です。勉強だってそんな得意じゃないし。」

「フム、なるほど。中学生とはどんなことをするのだね?」

「学校へ行って勉強します。ボクは来年高校で、そのあと三年学んだら大学へ行って、うまくいけば四年で卒業して、就職はそのあとです。」

「なんと、人間的とやらはそんなに学ぶのか!?我々の考えも及ばない知識をもつわけだ。」

 

 イザーク村長は、ウウムとうなって腕を組んだ。

「若松は確か六十近かった。人間の職業は獣医?とかなんとか言っておった。若松も、それだけ学んだということか。」

 

 ボクは恐怖も忘れ、前のめり気味に体を乗り出した。

「その若松さんは、今は?人間の世界に帰りましたか?」

「さて、わしが十七のときにすでにその年齢で、わしが生まれるよりも前にこっちにきたと言っておったな。わしがガオパオ村に帰ってから、しばらくして亡くなったと噂で聞いたが。」

「帰れた人はいるんでしょうか?」

 

 ザイホップとイザーク村長は顔を見合せ、ゆっくりと首を振った。

「わからん。なにせ、ライオネル国に生きた人間が流れてくる事態、初めてと言ってもいい。少なくとも、わしは知らん。ライオネル国の書庫になら、古い文献があるやもしれんがな。」

「そうだな、もしくはザイール国やアインジャ国ならば、そんな話しも聞けるかもしれん。」

 ザイホップは、希望は捨てるなと頷きつつ、ボクの肩をポンポンと叩いた。


「どうやってもとの世界に戻るかってことも大事だけど、まずはこの世界で生きることも考えないといけないわ。」

 サイカが控えめに口を挟んだ。 「そうじゃな。ユウの年齢なら、こちらでは大人とみなされる。まずは戸籍をとり、職につかんといかん。」  

 イザーク村長はウムウムと頷くと、二通の手紙を懐からだした。

「そこでだ。一ヶ月後、成人の儀式を行う。ほれ、なくすでないぞ。この手紙がないと戸籍がとれないからな。これはライカの…。」

 

 ライカは、まだ喋っているイザーク村長から手紙を奪い取ると、やった!と叫んでピョンピョン飛び跳ねた。サイカが、こら!とたしなめる。

「こっちは、ユウの分じゃ。おぬしの現れた状況、名前、年齢が書いてある。それと、わしとザイホップが後見となり、戸籍をとれるようにとも。おぬしも成人の儀式を受けるとよい。ライカ達、今年はうちの村からは四名、ユウも入れると五名が、成人として王都にあがる。そこで適性検査があり、職業を振り分けられる。」

「そう、職について初めて、わしらは成人と認められ、戸籍が貰えるんじゃよ。戸籍があれば、仕事もできるし、国から報酬を受け取れる。まあ、税金も支払わなくてはいかんがな。」

 ザイホップは渋い顔をして顔を横に向けた。

「結婚もできるようになりますわ。」

 サイカがライカのもとに歩み寄ると、愛しそうにライカの髪を撫でた。ライカはくすぐったそうに首をすくめ、プクッと頬を膨らませた。

「結婚なんてしないよ。あたし、父さんみたいな騎士になるんだ。できたら親衛隊に入りたいけど、ダメなら警備兵になって、妖魔討伐するんだからね。」

「そんなの危ないわ。」

 サイカは表情を曇らせる。

「母ちゃんは心配性なんだよ。あたし、この村では一番強いんだから。あたしは、あたしより強いやつじゃないと、結婚なんてしないんだ!」

 

 ザイホップは、困ったやつだと呟くと、話しを元に戻した。

「結婚はとりあえずおいておいてじゃ、ユウも成人と認められないと、王に謁見もかなわん。王の許しがなければ、王宮の文献は見れないじゃろう。また、他国へ行くにも同様じゃ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 本当にありがたかった。さっきまで、何をすればいいかわからず、不安でいっぱいだった。進むべき方向が示されたようで、それだけでも足が地面についたような気持ちになれた。

 心底ありがとうと思うと、自然と頭が下がるものなんだな。ボクはしばらく頭を下げた後、イザーク村長から手紙を受け取った。


「さて、イザーク、今日はうちで飯を食っていってくれ。たいしたもんはないがな。ユウ、腹が減ったじゃろ?」

 答えるより先に、ボクのおなかがグゥッとなった。ボクは、真っ赤になりうつむいた。

「ハッハッハ、元気だから腹も減る。よいことじゃ。わしもご馳走になろう。人間について、色々聞きたいしな。この世界についても、聞きたいこともあろう。」「あちらに、支度してあります。食堂へどうぞ。」

 サイカにうながされて、ボクらはゾロゾロと食堂へ向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る