第3話
視界が戻ったとき、ボクの周りには人だかりができていた。
さっきまで少し暗くなってきていたはずなのに、今は昼間みたいに明るくて、なんかボヤけて見える。
「大丈夫?」
茶色い髪、茶色い目、茶色いネコ耳、茶色いしっぽ…。
ハロウィンは来月だったよな。凄いクオリティだ。頭の上についた耳はピクピク動いてるし、しっぽもユラユラしている。
ボクのことを一番近くで見ていたネコ耳の少女が、手を引っ張って起こしてくれた。体は痛かったし、擦り傷は沢山あるけど、なんとか動ける。
「あんた、変なかっこしてるね。もしかして人間?」
仮装している人に、変なかっこうとか言われてしまった…。
人間…って言い方が気になったけど、ボクは自分の格好を改めて見て、頭を抱えたくなった。実際の怪我よりも、かなり派手に制服がビリビリになっていたから。
「ああ、まだあと数ヶ月使うんだけどな…。」
なんでこんなことに?
確か走ってて…、走ってて…、そうだ車にぶつかったんだ。花梨が、悲鳴のような声でボクを呼んでいたはず。
はずなのに…、ここはどこだ?!花梨は??
地面は、土がむきだしで舗装されていない。左側は土手になっていて、川幅のわりに流れている水はチョロチョロっとだけだ。右側は石造りだろうか?平屋の建物がパラパラと建っている。
ピントがあうみたいに、周りの風景がしっかりと見えてきた。
「ここは?」
「ガオパオ村だよ。ねぇねぇ、あんた人間でしょ?初めて見たよ。すごーい、本当にしっぽないんだね!ね、どうやって歩くの?」
「ちょっと、どこ触ってんだよ!」
ネコ耳の少女は、ボクのお尻を触ったり、頭をなでたり、触りたい放題触ると、不思議そうにボクの顔を見上げた。
「人間って、君はなんなんだよ?それ、仮装じゃないの?」
ネコ耳をつまむと、妙に暖かくビクンと震えた。
「ヤン!」
少女は耳を押さえてしゃがみこんだ。
「ゴメン!」
生きて、血が通っている、そんな生々しい感触。
人間じゃないのか?夢?夢だよね。
夢のわりには体が痛すぎた。
よく見ると、周りに集まっている人達、みんな動物の仮装をしているのか、動物の耳だのしっぽだのがついている。顔全体が動物の者までいる。
異世界の物語が頭をよぎる。最近流行りのあれだ。
「ダメよー、生娘の耳を気軽に触っちゃ。あんた、人間なんだろ?あたしも初めて見たけど、おばあちゃんから聞いた人間にそっくりだもの。」
ウサギ耳の豊満な体つきの女が、ネコ耳の少女を立ち上がらせながら、やはり興味津々な視線をボクにむけながら言った。
「あたしはアイビス、この子はライカ」
「青木ユウです。あ、あの、おばあちゃんから聞いたって?あなた達は人間じゃないんですか?人間はいないんですか?」
「あたし達は獸人族。ここはライオネル国の端っこにあるガオパオ村だよ。80年くらい前かな、おばあちゃんが子供のとき、この国のずっと北の浜辺に人間の死体が流れついたみたいね。」
「そうそう、生きた人間がきたって話しは聞いたことないよね。しかも、青木ユウみたいに、いきなり道のど真ん中に現れたってのもさ。ほら、カイルのおじさんなんて、びっくりして荷馬車で川に突っ込んじゃったくらいよ。川が干上がってて助かったよ。」
ライカの指差すほうを見ると、ライオンのタテガミのような髭をたくわえた獸人が、数人の男達と荷馬車を土手から引っ張りあげていた。
ボクは呆然としてその様子を見た。言葉は理解できる、意味もわかる。でも、上部を流れているようで心にひっかからない。
「山向こうのザイール国や、アインジャ国なら、生きた人間も流れてきたことはあるみたいだけど、ここ数年は聞いたことないね。ねえ、あんた、どうやって現れたんだい?」
それはボクも知りたい!
ボクは唇を噛み、うつむくしかなかった。
「青木ユウ、傷は大丈夫?痛いとこはない?ね、おなかすいてない?ほら、ここにいてもどうにもならないよ。とりあえずうちにおいでよ。」
ライカはボクの腕をひっぱると、荷馬車の点検をしていたカイルのところまで連れて行った。
「カイルおじさん、青木ユウだって。うちに連れて行くから。」
「連れて行くっておまえ、そいつは人間じゃないのかい?まずは村長のとこに連れて行って、取り調べた上で国王様に…。」
「なんだい!傷だらけのやつをほっとけないじゃないか。そんなことしたら、母ちゃんに尻を蹴飛ばされるよ!ほら、ボーッとしてるんだって、おなかをすかしてるんだよ。」
「カイル、村長にはあたしから話しておくよ。とりあえず、青木ユウとやらの手あてをしないとじゃないかい?あとで村長連れて行くから。」
アイビスにも言われ、カイルは渋々うなづくと、軽い荷物をかつぐようにボクを持ち上げ、荷馬車の荷台にストンと下ろした。その横にライカが飛び乗る。
全く音がしないしなやかなその動作は、さすがネコ耳!ということなんだろうか?
カイルはアイビスに挨拶すると、それっと掛け声をかけて馬車を出発させた。
「青木ユウ、ちょっと手だして。」
ライカはボクの手をつかむと、なにやら聞き取れない言葉を囁いた。つかまれた手がホワッと暖かくなり、体全体に広がっていく。なんとも言えない心地よさだ。
「ごめんね、あたしまだ半人前だから、母ちゃんみたいに治せないんだ。でも、少しは元気になるだろ?」
確かに、体の痛みが少し減ったような…。
「超能力?君たちは超能力が使えるの?!」
「超能力?魔法のこと?うちの母ちゃんの家が、治癒能力魔法 に特化してる家系なんだ。父ちゃんは身体強化魔法を使うよ。国王の親衛隊の隊長なんだから。」
魔法!?
ここの人達は、獸の耳やしっぽがついているだけじゃなく、魔法を使えるのか?
ボクは、薄くなった傷をそっとさすった。
「タイホップ兄さんは、うちの一族の中でもとくに優秀だ。こんな田舎から親衛隊に入るのだって有り得ないのに、隊長まで登り詰めたんだから。サイカ義姉さんだって、以前は王妃様専属の治癒士だったしな。ライカ、お前の両親はうちらの、いやこの村の誇りさ。」
ライカは誇らしげにしっぽをフサフサふると、耳をピクピク動かした。
「ほら、あそこの丘、あの牧場がうちだよ。」
ライカはそう言うと、走っている馬車から飛び下り、門を開けると馬よりも早く坂をかけていった。
丘一面が柵でおおわれており、門から伸びる一本道は、牧場の中に建つ大きな屋敷に続いていた。
カイルは馬車からおり、門を閉めると再度馬車を走らせた。
「ここは、親父が開拓したんだよ。親父が若かったとき、ザイール国に出稼ぎに行ってて、そこで知り合った若松って人間に、家畜の飼い方、繁殖の仕方、いろんな事を習ったらしい。」
「親父さんは、人間に会ったことがあるんですか?!」
「ああ、そう言ってたな。」
「親父さんはどこにいます?会えますか?」
「屋敷にいるんじゃないか?出かけるって聞いてないから。」
屋敷について馬車から下りると、先に屋敷に戻っていたライカが、美しい女性の腕を引っ張ってでてきた。
地面まで伸びた金髪に青い目、ほっそりとした肢体。見た目は人間のようだったが、耳だけが尖って長かった。年齢は十代終わりか二十歳くらいだろうか?子供のときに読んだ童話の妖精のような、透明感のある女性だった。
「ほら、母ちゃん!青木ユウだよ 。傷だらけなんだ。治してやってくれよ。」
「母ちゃん!?…お母さん?エッ?」
母親の年齢にも見えなかったし、なにより母ちゃんって、彼女の容姿に合わない。
「母ちゃんのサイカだよ。すっごいベッピンだろ。」
サイカは、まるで体重を感じさせない動きでボクの前までくると、細く白い手をボクの額にかざした。すると、痛みという痛みが一瞬で消えた。
「あれ!?あ、傷口もない!」
サイカは、なんとも美しい声で笑った。
「フフ…、さあ、うちにお入りなさい。傷は治せても、空腹はどうにもなりませんからね。ライカ、あなたの洋服を貸してあげなさい。お父様やカイルのだと大きいでしょうから。体を流して、着替えたらご飯にしますからね。」
「あ、あの、ボク、カイルさんのお父さんに会いたいんです!」
サイカは、美しい微笑みを浮かべてうなづいた。
「それなら、やはり綺麗にしてからじゃないとね。お義父様は、身なりにうるさいですから。お昼ご飯のときに会えますよ。」
ぼくはライカに引っ張られるように屋敷を通り抜け、裏庭へと連れていかれた。裏庭には井戸と大きなタライがおいてあった。
「ほら、脱いで脱いで!これ、どうなってるの?」
ライカは、ボクの学ランに手をかけると、無理やり引っ張って脱がせようとした。
「ちょっ、ちょっと、自分でできるから!」
破れかけていた学ランが大きく裂け、シャツも一緒にビリビリっと剥ぎ取られた。
なんて怪力だ!
「待った!本当に自分でやる!できるから!」
ボクは、ズボンだけはなんとか死守し、しゃがみこんだ。
「フン、あんたみたいな子供の裸なんか見たって、なんとも思いやしないよ。」
「子供って、君こそ子供だろ?ボクより下じゃないのかい?」
「なわけないじゃん!あたしは十三だよ。もうすぐ成人の儀式を受けて、職が決まるんだから。」
「じゃあやっぱり年下じゃないか。ボクは十五才だ。」
「十五…。」
ライカは最初きょとんとボクを見ていたが、理解したのか、顔をボッと赤くして回れ右した。
「な、な、な…、なんだよ!そんな子供みたいな面して!そ、そこの井戸から水くんで、タライに入れんだよ。で、横に石鹸があるだろ。洗ったらタライの水で流すんだ。衣服はそこにおいてあるやつ着て。」
ライカは慌て喋ると、屋敷の中に走って行ってしまった。
水浴びは初めての経験だ。周りには目隠しになるような物はなく、全部脱ぐのは抵抗がある。とりあえず水をくみ、破れたシャツを濡らして体をふいた。
おいてある衣服は、シンプルな作りで、スーパー銭湯などで着る洋服のようだった。ゴムとかはないみたいで、ズボンは落ちないように紐で縛った。
洋服を着替え終わると、カイルがやってきた。
「終わったな。ほら、もうすぐ昼飯だ。とりあえず、ミイルの部屋で休んでな。ミイルってのは、俺の息子な。今は都に行ってていないから、好きに使っていい。隣りがライカの部屋だ。昼飯ができたら呼びに来るから。」
カイルはボクを屋敷の二階の部屋に案内した。
部屋は六畳くらいだろうか?窓際にベッドが置いてあり、部屋の真ん中には小さなテーブルと椅子、壁際には小さな箪笥がおいてあった。テーブルには、飲み物とコップがあった。
ボクは、椅子に座ると机に突っ伏した。
ここはどこで、どうやってやってきたのか?どうすれば帰れるのか?帰れないとすれば、どうやって生きていけばいいのか?
考えても考えてもわからなかった。
そうしている間に、いつしかボクは眠りこけてしまった。
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