第2話

「…ユウ!」

 呼ばれて視線をあげると、少しイラッとした表情の花梨が立っていた。

「佐藤、…終わったの?」


 小学校高学年くらいからだったかな?名前を呼ぶのが恥ずかしくなって、花梨のことを名字で呼ぶようになっていた。

 花梨は最初、頑として返事をしなかったけど、「花梨を名前で呼ぶと、男子からからかわれるんだ」と説明したら、不承不承納得してくれた。

 後で、ボクをからかった男子達を、真っ向から正当な理由をつけて吊し上げていたけど。


「さっきから呼んでるんだけど!」

 花梨は前の席に座り、ボクがさっきまで読んでいた本をとりあげた。

「こんなのばっか読んでるから、目が悪くなるんだよ!」

 最近の花梨は、いつもイライラしている。

 友達とはニコニコして話してるのに、ボクには語尾がきつい。

 いつもはお喋りな花梨が、たまにジーッとボクのことを見て、何か言いたげな時がある。そんな後は、特に機嫌が悪くなったりする。せっかく可愛いんだから、ニコニコしてたほうがいいのに。


 本を花梨から取り戻し鞄にしまうと、帰り支度を始めた。

「帰る?」

「ごめん。今日、梓たちとカラオケ行く約束しちゃった。ユウ、先帰ってて。」

「待っててって言われたから、待ってたんだけど…。」

「だから、ごめんって言ったじゃん。そういうことだから、じゃね。」

 ごめんって思っているようには見えない…けど、言ったら喧嘩になるから言わない。

 文化祭の用意で、放課後残らないといけないから待っててって言ったのは、花梨なんだけどね。

 花梨はじゃあね!と、自分のクラスへ戻っていった。

 ボクはため息をつきつつ、鞄を手にとり教室を後にした。


 中三になり、クラスがかわってからだろうか、花梨は妙に大人っぽくなった。

 ピンクのリボンをつけなくなり、うっすら化粧までして。もとから可愛い顔をしていたが、より目立つようになった。


 やっぱ、ただの腐れ縁ってのやつだよな…。


 花梨がボクと付き合ってるって噂を否定しないのは、ただたんに面倒だからっていうのと、男よけになるから…だと思う。

 暇つぶし、親分子分の関係(もちろんボクが子分だ)、荷物持ち。そんなところだろう。


 自分で言うのもなんだけど、見た目は普通、どちらかといえば童顔で女顔すぎるくらいだ。私服で歩いていると、ズボンをはいてTシャツを着ているにもかかわらず、女の子に間違われて声をかけられたりする。

 運動は…、得意ではなく、本を読むのが好きなインドア派だ。自己主張も得意なほうじゃない。

 そんなボクだから、今の花梨との関係でも満足だった。今のままがいい。今のままでいられる。まだまだ、花梨の横を歩いていられる…そう思っていた。


  ◆◇◆◇◆

「……、花梨ちゃんって彼氏いないの?」


 花梨?

 

 駅前のマックで本の続きを読んでいたボクは、花梨という単語が耳に飛び込んできて、なんとなく顔をあげた。

 そこには、花梨とその友達の楠木梓、新崎莉奈、それに高校生っぽい男子が三人いた。男の一人が妙に花梨に近い。

「花梨、彼氏いるよね。幼なじみなんだよね。」

「あーッ、ヘタレちゃんね。」

 

 ヘタレ…って、ボク?

 

 花梨は、やはり肯定も否定もしなかった。

「ヘタレはやばいっしょ。そんなんやめなよ!オレ、オレ超オススメ物件だよ。別れたばっかり、超ホヤホヤ。」

 男は、花梨の肩に手をまわした。ボクなんかとは違い、背も高くてかっこいい。花梨の横にいたら、美男美女って感じで、凄くしっくりくる。

 

 見たくない!

 

 思わず立ち上がってしまい、椅子が派手に音をたてる。その音で振り返った花梨と視線があった

「ユウ…。」

 ボクは、鞄をつかんで店を飛び出した。

「ちょっ…。」

 花梨が何か叫んでいたが、とにかく走った。


 誰かが花梨の横にいた。花梨に触れていた。それだけなのに、なんでこんなに嫌な気分になるんだ? 花梨がもてるのはいつものことで、いつかはボクじゃない奴が、花梨の横を歩くんだろうって思っていたはずなのに。

 

 当たり前みたいに花梨がいつも隣りにいるから、それはまだ先だろうって、ボクは勝手に思っていたんだ。ボクはまだ花梨を好きでいてもいいって…。

 

 走って、走って、走って…。


「ユウ!!!!!」

 花梨の悲鳴のような声。

 凄い衝撃があり、いきなり目の前が真っ白に…。

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