第3話 謎の行動
興味と言うか疑問だった。今まで気にもしなかったのだが、チトセさんの行動は謎に満ちている。何がしたいのかさっぱりわからなかった。そして何となく見ていると、より謎が深まった。
その日も傘を教室に持ち込み、口をもごもごもごもご動かしていた。
授業中、消しゴムを忘れた生徒がいた。チトセさんは自身の消しゴムを二つに割ると、その生徒に、「そこに落ちてた。あなたのでしょ」と言って渡す。鼻をぐずらせている生徒がいると、気付かれないようにそっとポケットティッシュをその生徒の机の引き出しに忍び込ませたりしていた。
謎だった。
そんな事をされた相手は、誰がしてくれたのかわからない。または何かしてもらったと思っていない。だから見当違いの人に感謝の言葉をかけたり、そもそも何かされたと気付いていない人が大半だった。
そして今日も、授業中に飴をなめているチトセさんは、先生に怒られるのだ。吐き出して来いと言われても、首を振るばかりで、しまいには廊下に立たされていた。教室のみんなはチトセさんの事を笑っていた。
お昼になると、チトセさんは教室から姿を消す。何時も机に立て掛けられている傘も一緒にいなくなる。僕達の学校に給食はない。だからお弁当だ。食べたら教室や校庭で、みんな思い思いに遊んでいる。みんながどこかに遊びに行くのは、ご飯を食べてからだ。でもチトセさんはお昼の時間になった途端、どこかに行くのだ。
僕は、何時も一緒にお弁当を食べている仲間に、委員会の先生に呼ばれているので、ご飯は先に食べててと言って教室を出た。何をしているか突き止めてやろうと思った。
チトセさんが教室を出てから、すぐに後を追った訳ではないので、どこに行ったかわからない。屋上への階段を上ってみたが、施錠された、屋上へ続く扉の前には誰もいなかった。次に階段を下りて昇降口、そこから外を見回してみた。校庭みたいな広い場所では、いればすぐににわかるので、いないだろうと思ったけれど、やっぱりいない、そう思った時、校庭の端にある、飼育小屋の中にチトセさんを見付けた。チトセさんは動物委員なんだろうか。
僕は駆け出して、飼育小屋に向かった。近くに行くと、どうやらウサギの飲み水を換えて、飼育小屋の中を掃除しているようだった。
何となく足音を忍ばせ飼育小屋に近付くと、チトセさんは僕に気付いた。
「なに?」
不愛想な声。
「ご飯、食べないの」
するとチトセさんは、
「食欲ない。それにこれがあるから」
そう言って口をもごもごさせて見せた。それから僕を無視するように掃除を始めた。
僕は肩を
放課後、飼育小屋の前を通ると、動物委員会の人達が先生に褒められていた。
「本当にみなさんはよくやってくれますね。何時も掃除も水替えもちゃんとしてくれて、とっても助かっています」
動物委員会の人達はえへへと曖昧な笑みを浮かべている。その中にチトセさんの姿はない。
僕は思った。あぁ、それをやってるのは、本当はチトセさんなんだよと。でもなぜだか言葉に出すのをためらわれた。
ある日、宿題のプリントを学校に忘れた。すごく厳しい先生の授業のだ。忘れたら叩かれる。僕は翌日、早目に家を出た。
学校にに着くと思った通り誰もいない。校庭を横切り昇降口に向かう途中、しおれた花の咲く花壇に水をあげているチトセさんがいた。傘を脇に抱えて口をもごもご、髪の毛は寝ぐせでもじゃもじゃだ。
「おはよう」
僕がそう言うと、チトセさんは慌てて手に持ったじょうろを背に隠すようにして「お、おはよう」と返してくれた。
「どうしたの、こんな朝から、植物委員だっけ?」
そう聞くと、「動物委員」と言った。
僕は花壇を覗いてみる。誰かが踏んだのだろうか、花の茎は折れていた。
「こんな花に水をあげても枯れちゃうよ」
そう言うと、チトセさんは視線を落とすと、わたしのせいだからと言う。
「踏んじゃったの?」
僕の言葉にチトセさんは首を振ると「わたしは踏んでない」と言った。
「ならなんで?」
そう聞くと、凄く言い辛そうにかすれるような声でこう言った。
「わたしが見てたから踏まれた。だからわたしが悪いんだ」
そう言ってから顔を上げて、
「だからわたしと関わったらだめだから」
そう真っ直ぐに見詰められて言われた。僕はなんと答えるべきかとっさに思い付かず、う、うん、と答えてしまっていた。
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