第2話 掃除当番

 ある日の事、僕はチトセさんとミカちゃんを含む数人と掃除当番になった。放課後にみんなで教室の掃除をするのだ。

 僕達男子は遊び回り、ミカちゃんと数人の女子はお喋りをしていた。この時、普段は気にしていなかったのだが、ふとチトセさんを見ると、誰もが遊んでいる中、一人でまじめに掃除をしている。

 そこに、見張りの生徒が駆け込んで来た。

「先生がくるぞ」

 みんなが我先にと、掃除に取り掛かる。

 そんな中で、持っていた雑巾をミカちゃんに取り上げられたチトセさんは壁際に歩いて行くと、寄りかかって僕達の掃除を眺め始めた。

 先生が来るのに何やってるんだと思った時、先生がやって来て、案の定、チトセさんが怒られた。

「みんな一生懸命やってるのに、何で一人だけ何もやってないのかしら」

 するとチトセさんは澄まし顔で手を広げて見せる。

「みんな一生懸命やっているので、わたしは必要ないかなって」

 先生はチトセさんを睨みつけた。

「チトセさん以外、みんな帰っていいわよ。チトセさんは罰です。一人で掃除をやりなさい」

 チトセさんは首をすくめて見せたので、先生は、「何ですかその態度は! 返事はどうしたのですか!?」そう怒鳴った。

 チトセさんは目を細めて、はぁ~いと、いかにもやる気なさそうに返事をした。


「あいつバカだよな、わざわざ先生に怒られにいってやんの」

 帰り際、そんな友人の言葉を耳にしながら、僕はどうにも納得出来ないでいた。それに罪悪感もあった。

「あ、ごめん。筆箱教室に忘れちゃった。ちょっと走って行って来る」

「待っててやんよ」

「遅くなるからいいよ。帰ったらすぐ電話するから、先に帰ってて」

「おう、りょうかぁ~い」

 僕は走って教室に戻ると中を覗いた。一人でチトセさんは真面目に掃除をしていた。

 その様子を見て、ますますわからなくなる。何でわざわざ人に怒られるような態度を取るんだろうと。僕の中では、チトセさんはずっと、よくわからない、頭のおかしな性格の悪い人だった。だがそれに疑問符がつく。何だろうという、よくわからない思い。髪の毛がもじゃもじゃで、梳かしもせず、体が臭く、人に反抗的なのだが、何か、そうする事に意味でもあるかのような気がした。だが、その意味とは何か、考えてもどうしてもわからなかった。

 僕がそっと教室に入ると、チトセさんが僕を見る。

「なに?」

 僕は首をすくめて言った。

「忘れ物」

 そう言ってから、掃除用具入れのロッカーを開くと、箒を取り出した。チトセさんは黙って僕を見ていたが、僕も黙って掃除を始めた。その後も、僕もチトセさんも一言も喋らなかった。

 しばらくしてから先生がやって来た。僕がいたことに驚いていたが、「すいません。僕もさぼってたんです」そう言って僕は先生に謝った。先生からは特に長いお小言もなく、次回からはちゃんとするように、と言うと、僕達に帰るように言って、教室から出て行った。

 先生が出て行った後、チトセさんはポツリと言った。

「変わり者」

「チトセさんには言われたくないよ」

 僕は首をすくめる。それから聞いてみた。

「ねぇ、何でホントのこと言わないの?」

 僕の質問の意味をチトセさんはわからないようだった。訝しむ顔で首をかしげるだけだった。

「今日のこと。サボッてたのは僕達だ。チトセさんだけちゃんとやってたよ」

 するとチトセさんは首を振った。

「アマガサくんだってやってた。今」

 チトセさんが僕の苗字を憶えていた事に驚きつつ、「そう言う話じゃないよ。元々、やってた人は誰かって話し」と言うと、「わたしは手抜きでやってたから、あんなの、ちゃんとやってるなんて言わない。それよりわたしなんかに関わらない方がいいよ」そう冷たい声で言ったのだ。


 確かに、チトセさんと関わると、変な噂をたてられそうに思った。それは嫌だなと思ったが、その言葉を聞いて思った。この子。自分が置かれている立場を理解しながら、こんな態度を取っているんだと。だとしたら何でこんな事するんだろう。どう考えても変じゃないか。僕は妙な好奇心を覚えた。どうにかして、理由を知ってやろうとも思った。

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