河童の花

安良巻祐介

 

 筑紫の国の河童は九州でも指折りの乱暴者、つわものぞろいで有名であるが、中にはこういう話もある。

 うららかな小春日和のある日、河童どもの群れなす筑後川のほとりで、一匹の河童の頭に、花が咲いた。

 この河童、体色薄く、皿の窪み浅く、嘴は不格好に曲がっている上に相撲も弱いと来て、平素より集落の他の河童からは馬鹿にされていたが、それをよしとしてか否か、駒引にも行かず川べりに座ってぼんやりと水面を見つめてばかりいた。

 そんな河童の頭の皿の上に、冗談のように唐突に、大輪の花が咲いたのである。

 いつもの如く岸に座ったまま、皿の上に毒々しい花びらをゆらゆらさせる彼の姿を見て、仲間の一人が慌てて連れてきた医者(かの大河童・九千坊の死に水をとったことで有名な老河童である)は見立てをこう述べた。

 これは世にも珍しい吸血の花である。人馬の肉に根を張って、その命を花びらの朱として吸い育ち瑞々しく咲き誇るが、その美しさの代わりに種を残すこともない。花というよりむしろ病に近い、奇花だ。……

 河童たちは戦き恐れた。

 食い、交わり、遊び、眠るという幸せをのんびりと繰り返す彼らにとって、それら全てを否定するようなその花は不気味この上もなかった。

 そしてこの哀れな仲間を救おうと、老河童に花下しの薬を頼んだ。

 ところが――当の河童が、それを断ったのである。

 河童はどんよりと青白く濁った目玉を蠢かして、己が頭に生えた花を見やりながら、今まで見せた事のないような顔で、言った。

 このような美しい花が、自分のような醜いものにでも咲くのか。日々を無為に過ごし、だらだらと生きゆくだけだった、こんな自分の身にも。……

 そして、口々に説得を試みる仲間を尻目に、水辺へ一人座り込んだ。

 それからの彼の姿は、花に全てを捧げるかのようだった。花の為にものを喰らい、花の為に泳ぎ、花の為に日を浴びる。仲間たちは憑かれたのだ、河童がものに憑かれるとはとんだあべこべだと或いは恐ろしがり、或いは嘲り、或いは哀れんだが、物狂おしい河童の姿の中には、不思議に生き生きとした輝きがあった。

 病は深刻であった。日が経つにつれ、腹には肋が浮き、水掻きはささくれ、嘴は腐り落ち、誰の眼にも醜い河童はさらに醜く痩せ衰えて行った。そして、大輪の花は少しずつ、しかし確実に、その美しさを増していった。

 冬が山向こうに歩み去り、春の息吹が筑紫の緑に弾け出した弥生のある朝、河童は死んだ。

 何かを抱きしめるような格好でうずくまった骸の頭の皿の上に、花はこれ以上ないほどの、美しい、深紅の花弁を広げていた。

 花の事を気味悪がっていた河童たちも、川のせせらぎのそばに命そのものの色を零したかのようなその姿にしばし言葉を失い、見惚れた。

 河童が死んで数日すると、花はあっけなく枯れてしまった。

 種どころか枯れ葉の一片も残さずに、川面に吹き過ぎる霞のように、花は消え失せた。

 やがて、時と共に、かの河童の事は忘れ去られたが、彼の宿した花の美しさばかりは、不思議なまぼろしのように、筑紫の河童たちの間に語りつがれたという話である。

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河童の花 安良巻祐介 @aramaki88

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