彼方はエイリアン
ゆきの
第1話 巧言令色鮮なし仁
季節は冬。けれど寒さなど関係ないくらい暖かい暖房の効いた部屋で、いつものように本を読んでいる。
学校の図書館には俺と、もう一人の美…少女?
彼女の名前は確か、白乃木と言ったような気がするし、そうじゃ無かった気もする。いつも向こうから「ねぇ」と話しかけて来るから、彼女の名前なんて呼んだことがない。同学年だけれど、クラスは違うから名字なんて知らん。名前は尚更知らん。向こうも俺を認知しているが、俺と同じように名前は空覚えかもしれない。そうじゃないかもしれないが、多分、そんなことはないと思う。
ページをぺらり、またぺらりとめくって、こくり、またこくりと時間が進み、ちりちりと備え付けられているガスヒーターがたまに鳴るばかりだった。
今日は今月入ったばかりの本をなんとなーく手に取った。なんかすごいらしい賞を受賞した本だということが、まだ残ったままの帯にデカデカと鬱陶しいくらいに書いてあった。どうせなら、ゴゴゴ…とかのほうがいいんじゃないか?
賞を取ったからと言って面白いわけではない。現に俺は最初の数ページを読んで面白さが分からず、ページを飛ばし飛ばし読んだ。けれど、やっぱわからん。
やはり、本は開けてみるまでわからん。
賞というのは選考する先生様方がいらっしゃるわけだが、こういう文学賞というのは、きっと多くの人が読んで面白いと思えるものを選んでいるわけではないのだろう。きっと何かが美しく、絵画にみる芸術性を感じているのかもしれない。文字なんだがな。
ぱたりと閉じで、惚けるように頬杖をつく。
「ねぇ」
「なに?」
「それ面白かった?」
「小難しい言葉が淡々とスーパーの棚みたいに陳列してある。ストーリーはあるけどよく分からん。女が出てきたと思ったらいつの間にか消えてるしな」
「そう。面白く無かったのね」
「どうだろうな。俺は小説家じゃないし、自称評論家でもないからな。だが、お前が読めば面白いと思うかもしれんぞ」
所詮、俺個人の感想だからなーんの参考にもサンプルにもならない。
俺は用済みのその本を渡した。受け取った彼女はじっと見つめた。そして言う。
「別に、その本が世間にウケそうだとか、内容がどうだとかどうでもよくて、君がどう思ったか聞きたかっただけだから」
なんじゃそりゃ。新手のツンデレか何かか?「べ、別に本に興味なんてないんだからね! あなたの感想が聞きたかっただけなんだからね!」ってコトかー。ん?俺のコトが気になってるって、それじゃツンデレにならねーじゃねーか。
彼女はじっとこちらを見つめている。その視線は、仲間になりたそうにしているスライムモンスターのような生優しいものでもなければ、バトルを待ち望んでいる短パン小僧のような純粋なものでもない。
まっすぐ俺を見ている。
「…、面白く無かった……」
「そう」
俺はあまりの気まずさに窓に視線を移した。
「そんなに俺の感想が必要だったのか?」
「そう」
彼女の口調はいつも通り淡々としている。
「そーかい」
いつも通り意味からんし、いつも通りの会話である。
「だって、」
「だって?」
会話はいつも通りではないらしい。
「君のことが知りたかったから」
・・・、は?
彼女は一体何を言っている?
君のことが知りたかったから。
君のことが、知りたかったから?
君のことが知りたかった、から?
I Love y、
ちょっと待て。待て待て。
動揺で少し仰け反った俺は、冷や汗が止まらなかった。
世の中の男子は、ちょっとした事で勘違いしてしまう生き物である。女子の何気ない、深い意味のない言動に、「あ、こいつ俺のこと好きだな」と早く現実と鏡を見ろと言いたくなる妄想を、願望を拗らせてしまう。けれど、唐突に、真っ直ぐこちらを覗く眼、淡々とした濁りの見えない声音、そんな風に君を知りたいだなんて言われたら、俺だって勘違いしてしまう。勘違いしたくなってしまう。
彼女の心理は分からない。しかし、彼女の言葉はまるで…、そう、まるで、
「告白みたいじゃねーか…」
うっかり、しかし、この二人きりの空間ではしっかりと彼女に聞こえてしまう声で、ボソリと言ってしまった。
彼女は首を傾げるように、悩んでいた。
「告白…? これは告白なのかしら?」
その彼女の言葉を聞いて、安堵と羞恥と残念が一度に訪れるようだった。
「…じゃあ、どういう意味で言ったんだよ」
「言葉通りよ。本当にあなたのことが知りたかったの」
悩むことなく直ぐに彼女はそう言った。
なるほど、意味がわからん。
「理解できん…」
彼女は腕を組んで何か考えるような素振りを見せた。
「なら、」
「なら?」
なら、何だと言うのだ?
「付き合いましょう」
・・・、は?
こいつは一体何を言っているんだ?
唖然とは、俺がこのようにゴルフボールをホールインワンしたくなるような程よく空いた口に、思考が止まって冷や汗が垂れ、時間が止まっていたかのような錯覚を覚える、そんな状態を言うのだと思う。いや、今この意味不明な状況が発生しているのだから、本当に時間は止まっていたのかもしれない。
空いた口を閉じて、無い唾を呑んだ。
「い、いや待て待て! どうしてそうなる?! どう悩めばそんな答えに辿り着くんだ?!」
「私はあなたのことをもっと知りたい、そして、あなたは私のことを分からない。なら付き合えばお互いのことを知れるのではないかと思ったの」
俺は知りたくないが?
「だが、ほら俺にだって付き合っている相手がいるかもしれないだろ…?」
そ、ソダゾー! 俺にだってな、かのj、
「無い袖は振れないの」
「・・・」
「なら逆に聞くけれど、彼女いるの?」
「・・・」
今日は夕日がきれいだなー。
「ほぼ毎日、放課後すぐに図書室に来ている時点で友達もいるか疑わしいのだけれど」
「・・・」
今日の晩ごはんは金曜日だし、カレーかなー?
「どうなの?」
深呼吸は腹式呼吸で吸って、深く吐く。
「………イマセン」
帰りたい…!!
「そう」
「はい…」
「なら、付き合いましょう?」
「・・・」
「付き合いましょう」
「………ハイ…」
こうして、今の今まで割りと他人だった図書室の美少女と、めでたくなく付き合うことになった。
うん、意味がわからん。
彼方はエイリアン ゆきの @yukitaka0424
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