世界で一人の血の繋がった他人へ

中田祐三

世界で一人の血の繋がった他人へ

やあ、○○ちゃん。 俺は生物学的に言えば君のパパにあたる人だ。


 君はもう四歳になったのかな? すでに言葉を話して元気に走り回っていることだろう……『パパ』もそんな子だったからね。


 君の『パパ』になることが出来なくて申し訳なく思う。


 だが残念ながら俺が君の『パパ』になることは永久にありえないだろう。 そのことをもう一度謝りたい。


 運命などという言葉を軽々しく使うべきでは無いのかもしれない、けれど不思議なくらいに『パパ』の人生は家族というものに絶望するように定められているんだ。


 俺の父……君から見ればおじいちゃんにあたるのだろうけれど、彼は最低のクソ野郎だ。


 いまあのクソッタレが病院のベッドの上で文字通り糞を垂れているだけの存在になっていることは君や君のママにとっては幸福なことだろう。


 もちろん『パパ』にとってもね……。


 彼は本物のイカレ野郎で、俺が今では唯一愛している存在である母を(君から見ればおばあちゃんだね……おばあちゃんは好きかい?) 毎日殴り倒し、痛めつけていた。


三歳の時にあのクソ野郎に山に埋められそうになったときに、自分のパパが他人とは違うということに気付くことが出来たんだよ。


 その後、クソ親父は長い懲役に行くことになり、それが『パパ』がまともに育つ最大の要因となったことは皮肉なことだね。


 だがそれらの経験から『パパ』は「父」というモノが良く分からなくなってしまったんだ。


 実は『パパ』には『お姉さん』も居るんだ。


 君はまだあったこともないだろが、彼女もやはりおじいちゃんと同じで頭がややおかしい。


 『パパ』は子供の頃から、君から見たら叔母さんに金を毟り取られていた。


 パパが小学生の時にコツコツと貯めていた貯金箱を彼女はシンナーを買うために盗んだ。


 その貯金を入れた入れ物はプラスチックの透明な丸缶で、その底をライターで炙り穴の開いたそれを無造作に窓から投げ捨てたんだ。


 それを発見したときのことを『パパ』は忘れられない。


 人の物を盗むような人間にはなっていけないと言っていたお婆ちゃんの娘が、弟にそんなことをしたんだ……そのときの『パパ』のショックが分かるかい?


その後、彼女は順調にクズになっていき、おじいちゃんと同じように覚せい剤中毒となって『パパ』に金をせびるようになっていくんだ。


 時には聞こえるはずの無い悪口を『パパ』が言ったといって二階から怒鳴り込んでくることだってあった。


 そういえば、妙にしおらしく、一緒に居ようと言っていたこともあった。


 まるで不思議の世界に入り込んだアリスのように戸惑いながらも『パパ』はそれを承諾する。


 でも実はそのときに彼女が「勘繰り」という妄想によって、寝ている『パパ』をナイフを持ち、見下ろしながら殺すかどうか真剣に悩んでいたんだそうだ。


 『パパ』は知らない間に命拾いしていたようでそのことを知ってゾッとしたよ。


 今は彼女も注射の回し射ちで感染した肝炎で死にかけているよ?


 まったくめでたいことだね。


 おかげで『パパ』は『姉弟』という関係の無価値さを知ることが出来たんだよ。


残念ながら君のおばあちゃんに対しても『パパ』は絶望しかけていた。


 もっとも今では諦めているというのが正しいのかもしれないな。


 『パパ』のママは良くも悪くも情がある人なんだ。


 だが、それゆえに愚かな人でもある。


 『パパ』のパパに何度裏切られても、殺されかけても、子供達が始末されかけてもあのクソ垂れジジイから離れようとしない。


 まるでそれが使命かのように嬉々としてクソっタレ野郎のクソの世話をしていて、それが『パパ』には信じられない。


 そして問いかける『パパ』の言葉に『家族』だからと言う言葉で片付けてしまう。


 それは『パパ』が十八歳のときだ。


 そのときには『パパ』の家は崩壊していて、襲撃に備えてパパは普段着を着て、靴を履いて寝る生活をしていた。


 そして自身の命を守るために二階にある部屋の鍵をかけ、屋根伝いに逃げるための逃走経路を確保して過ごしていたんだ。


 おかげで高校も危うく中退することになりそうだったが、それは周りの人たちの助けで何とか卒業することが出来たよ。


 その代わり『パパ』は進学も就職も出来ずに無職という称号を得ることになってしまった。


 そんな息子に『パパ』のママはそう答えたんだ。


 なんとも愚かで悲しい話だろう?


 ○○ちゃんにはまだ早いかな?


でもそんな『パパ』もまだ完全には『家族』というものには絶望していなかった。


 そう、○○ちゃんのママという存在がいたからだ。


 きっとママは○○ちゃんのことを可愛がって愛してくれてることだろう。


 ママは『パパ』が出会った人間の中で一番善良で、最も愛した人だ。


 だけど残念ながら、『パパ』の愛もママとの絆も『色々な運命』と他人の無関心、悪意によって終わりを迎えることになってしまった。


 今更どちらが悪いなんて言う気は無いんだ。


 ただ『パパ』は○○ちゃんが生まれたときには、お仕事の急激な変化によって忙しくなってしまった。


 それは不思議なことに今迄の二倍働いても入ってくるお金は前よりもちょっとだけ少なくなってしまうという悪い魔法のような出来事なんだ。


 そしてそんな状態でも他の人たちは知らん振りをしている。


 『パパ』に命令する人達は『パパ』の倍のお金をもらっているのにその半分の仕事もしないというのにね……。


 そんな生活の中で『パパの愛』も磨り減っていき、ママとの絆も削られていってしまった。


 そしてある夏の日にママは○○ちゃんを連れてどこかへと消えてしまった。


 もうあなたのことなんかどうでもいいのよ


 そう言い残してね……。


 勘違いしないでほしいのは別に『パパ』はママを恨んではいない。


 むしろ今となっては感謝しているくらいなんだ。


 『パパ』を『家族』というものに絶望させてくれたおかげで、『パパ』は色々なものから解放されることが出来た。


 ある白人の青年が8Mile(マイル)の街角でmicを持って立ち上がることが出来たように、パパは薄暗いこの荒れ果てた8room(ルーム)の中でPCを立ち上げてこうやって小説を書き続けることが出来ている。


 もう『パパ』はかつて熱烈に欲していた代物に魅力を感じなくなった。


 そう、愛する人も子供も幸せな生活も今はもういらない。


 今はただこの頭の中で紡がれる物語を書き写す以外にしたいことなんてないんだ。


 たとえ明日死んだとしても(もちろん死にたくはないけれどね)その刹那の直前までも一字でも多く脳髄から湧き出るこのお話を残していきたい。


 それだけが『パパ』が○○ちゃんの『パパ』になることを拒否するたった一つの理由だ。


ここまで書いてくれば分かってくれるかな? 仮にわかってもらえなかったとしてもかまわないさ。


 『パパ』はこのクソみたいな人生の中ではじめて本当にやりたいことを見つける事が出来たんだ。


 そして残念な結果ではあるが、その運命を受け入れてくれて○○ちゃんが幸せな人生を送ることを『パパ』は心の底から願っている。


 そして最後に『パパ』は○○ちゃんに一つだけアドバイスをしたい。


 世間はあまりにも本当のことを教えてくれない……だからあえて君に書き残そう。


 クズな人間とは決して付き合ってはいけないし、かかわってはいけないよ? もし判断に悩むのならそいつが今までにどんなことをしてきたか見ればいい。



 それだけが『最愛の娘』になっていたかもしれない、たった一人の血のつながった『他人』に言いたいことなんだ。


 それじゃ『あの世』というものがあったらいつか会おう。


 2013年 4月18日 自室にて


 ろくでなしの『パパになってたかもしれない男』より

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