バードゲット砂漠を越えて

超獣大陸

『サンドウィッチ』 4,510

 

 今回の集会には四人のメンバーが集まった。

 原住民の幸太郎、リーダーのケイン、勤勉家のジャック、そして紅一点のジャニーだ。

 その日、まず話を切り出したのはジャニーだった。


「ねぇ聞いて! この近くに天然資源を食べられるお店があるんですって!」


 唐突な発言に、幸太郎たちは一様に顔を見合わせた。

 言っていることのあまりのデタラメさについていけなかったのだ。まず反論したのはジャックだ。


「それは違法じゃないか。そんなお店はありえないよ」


「そうよ。だって、大人たちの秘密のお店ですもの」


 ジャニーは興奮した様子で、大きな声を張り上げた。


「それだけじゃないわ。そのお店ではどんな時代の、どんな料理もあるの。やさいだってあるのだわ!」


 夢見心地でジャニーは語る。対照的に、三人の表情は冷めたものになっていった。


「それにね。お客さんが望んだモノをかならず出してくれるんですって。みんなが幸せになれるお店なのよ」


「なんだよ、それ。ユートピア思想かよ」


 ついにジャックがため息を漏らした。

 ジャニーは由緒ある教会の子だ。だからだろうか、彼女は時々そういった夢想を語りだす。合理的に説明できる物事をついつい脚色してしまう悪癖があるのだ。

 ジャニーが語る宗教的神秘体験を得るにはどうすればいいのか。他のメンバーが各々で思案を始める。


「脳に作用するクスリのことか?」


「ブドウ酒ってヤツじゃないの? 本土の方で密売されてるヤツ」


 ジャックとケインが好き放題いうので、ジャニーは頬を膨らませてしまう。


「もぅ! みんな夢がないのね。きっと魔法のお店なのよ。ねぇ幸太郎は信じてくれるでしょう?」


 突然話をふられて、幸太郎はドギマギしてしまった。

 幸太郎は原住民なので、他の仲間たちのようにうまく話すことができない。できれば、黙って話を聞いていたかった。

 だが、ジャニーの大きな瞳からは逃げられず、なんとか振り絞って尋ねた。

その店はどこにあるの、と。


「きっとゲートの向こう側よ。砂嵐を越えた先、人工太陽の正反対。そういう風に言っていたのが聞こえたの」


 そういって、ジャニーは秘密基地の外を指さした。

 窓の向こう側には、町の北側を遮る巨大な鉄のゲートが見える。その更に向こう側には広大なバードゲット砂漠が広がっているのだ。

 砂漠の風景を想像して、ジャックは女の子みたいな悲鳴をあげた。


「それは嘘だ! 大人だって砂漠にはめったにいかない! バードゲットには怪物が出るんだぞ!」


 ―――怪物。

 その言葉がでた途端、幸太郎は砂食い芋虫の口のトゲトゲを想像して、ブルブルと震えた。

 やめだやめだ、とケインが手を雑に振り、その話題はお流れになった。

 そうして、いつも通り。本校の派遣教師陣の傲慢をいかに糾弾すべきかに議題は戻っていった。

 だけど幸太郎は、ジェニーがずっと不機嫌そうな顔をしていることに気付いていた。


 ケインもジャックも―――そして言いだしっぺのジャニーも、そのお店のことはすぐに忘れてしまっていた。

 

 次の日も、その次の日も。

 幸太郎だけはソワソワしていた。学校でも、集合邸宅でも人の話が耳に入らなかった。

 バードゲット砂漠にある秘密のお店。

 そこに行ければ、みんな褒めてくれるだろうか?

 幸太郎の頭の中はゲートの向こう側でいっぱいだった。

 

 そしてついに一週間後、こらえきれなくなった幸太郎はゲートの前まで来てしまった。

 防護服を着用し、昨年廃棄所で拾った200ccのサンドモービルを引いてゆく。

 念のための数日分の液体食料と水を用意しておいた。

 このことは他の誰にも話していない。―――どうせ、自分の未成熟な発声器官では話しても伝わらないことを幸太郎はもう知っていた。

 砂漠への入口。敷き詰められた鉄壁の一部が、トンネル状に切り抜かれて、向こう側の景色がみえた。

 トンネルの前を二人の米兵が警備していた。

 と言っても、彼らは西欧列強や米ソからの移住民の味方であり、原住民は保護の対象には入れていない。

 自分から汚染地帯にとびこんでいく原住民には、目もくれていないようだった。

 幸太郎は軽く会釈をして、二人の間を通っていった。

 

 そこは辺り一面の砂漠。砂と風だけの世界。

 生き物とか、水気とか。そういうものは皆無だ。

 多少なりとも人工植物が植えられていた住宅街とはまったく異質の光景だった。

 

 ふあぁあぁぁぁぁぁ。


 まず、幸太郎は気の抜けた声を漏らした。

 こうして一人でバードゲット砂漠にくるのは初めてのことだったのだ。前にきたのは、本当に小さかった頃の話で、記憶には残っていない。

 ずっと砂を眺めているわけにもいかないので、幸太郎はモービルに跨り、地平線へと走りだした。

 

 オオハサミサボテンやタンポポアリジゴク。町の中でみられるものよりも、あまりにスケールが異なったそれらを横目に見ていると、だんだんと距離感がわからなくなっていった。どんなに目を凝らしても周りには砂しかない。 

だんだんと幸太郎は心細くなってきた。

 そっと振り返ると、はるか遠くにモヤのようになったゲートがあった。その上には、いまだサンサンと輝き続ける人工太陽がある。


 ―――まだ、帰れる。だから、大丈夫だ。


 幸太郎はいつしか、自分にそう言い聞かせていた。

 ちょうど小高い砂丘のようなものがあった。

 周りよりも数メートルも土が盛り上がっていて、辺りを見渡すのにちょうどよい場所だった。幸太郎はそこにモービルを走らせる。

 丘の上からよく目を凝らしてみると、地平線の彼方に小さな看板がみえた。それは一定間隔で置かれているようで、視界の遥か先―――ずっと遠くまで続いている。

 まるで旅人たちへの道しるべ。

 幸太郎はゴーグルの解像度をあげて、その看板に書かれた文字を読んだ。

 

 

『料理店 サンドウィッチ この先↓ 30キロ』

 

  

 あっさりと秘密のお店は見つかった。

 サンドモービルを全速力で飛ばせば、30キロなんてすぐの距離だった。

 幸太郎はモービルの上で、嬉しさのあまり小躍りした。

 その時、グラグラと大地が揺れた。

 小高い丘が―――いや、そこに寝そべっていた怪物が、身体を揺らした。

 次の瞬間には、幸太郎は宙に投げ飛ばされていた。そして、ソレを見たのだ。

 砂食い芋虫が身体中の鱗を震わせて砂を払い、その頭の先にある花弁のような口を開くのを。

 その内側の大小さまざまの牙が、ザワザワと波打つ様を。

 起こしてしまった。

 安眠妨害だったのだ。

 生暖かい風―――砂食い芋虫の『あくび』が、強い砂嵐となって幸太郎を襲った。

 死んだ肉と砂のまじったヘドロにまみれながら、幸太郎の身体は軽々と飛ばされてしまった。

 

 

 …………どれくらい時間が経ったのか。

 

 幸太郎が助けだされた時、太陽はすでに休眠状態であり、空は暗く静まり返っていた。

 幸太郎を砂の中からすくいあげたのは、全身から真っ白な毛を飛び出させた老人だった。

 驚くべきことに、老人は防護服を着ていなかった。


「おや少年。こんなところで何をしているのかな」


 老人は『砂漠の行者』と名乗り、ボロボロになった幸太郎とモービルを自分のキャンプまで運んでくれた。

 夜の砂漠は昼とは対象的にひどく寒い。防護服が故障しているのか、体温管理もうまくいかなかった。

 行者の用意してくれた焚き火にあたりながら、幸太郎はなんとか自分の状況を伝えた。


「なんだ迷子か。それじゃあ私と同じだな。私ももう五十年近くこの砂漠で迷子なのだ」


 行者は楽しそうに笑っていた。幸太郎は、こんな恥ずかしいことを堂々と言う大人を知らなかった。

 分けてもらった液体食料を吸引しながら、幸太郎は思った。もしかしたらこの老人も秘密のお店を目指しているんじゃないのかと。

 そう訊ねると行者は笑いながら首を横に振った。


「あのお店にはたしかに求めるものがある。だが、私は求めない。探していたいのだ」


 その探し物はなんだろう、と幸太郎は疑問に思った。


「探し物はこの砂漠のどこかにあるはずなのだ。それをずっと探している。十年も、三十年も、五十年も、これからもずっと。町の中では決して見つけられないからね」


 その細くつぶれた瞳は、どこか遠くを見つめていた。

 もしかすると老人は、見つからないことをわかっているのかもしれなかった。

 

 一晩の間に、幸太郎は色々なことを行者に教えてもらった。たった一日ではあったがその道のプロフェッショナルに弟子入りして、砂漠を歩く術を学んだのだ。

 

 次の日の朝。

 幸太郎は砂漠の行者に見送られて出発した。モービルはもう使い物にならないので、そこからは徒歩だった。


 この先23キロメートル。

 もう一度見つけた看板を頼りに、幸太郎は砂漠を進んだ。

 

 襲ってきた砂食い芋虫は生肉囮(ミートボールデコイ)でやり過ごした。飢えと渇きはオオハサミサボテンの蜜でなんとかしのぎ、タンポポアリジゴクを大きく迂回して進んだ。

 人工太陽の位置を頼りに方角と時間を確かめた。

 

 そして再び太陽が寝静まった時、ついに幸太郎は『あと1キロメートル』の看板にまで辿りついたのだ。

 しかし、幸太郎の体力も限界だった。

 防護服には穴が空いていた。供給される酸素量もあいまいになってきた。

 お腹が吸いた。のどが乾いた。

 もうずっと歩きっぱなしで、そういった生理的なものが枯渇していた。

 疲れ果てた幸太郎の脳裏に浮かんだのは、ジャニーの明るい笑顔だろうか。砂漠の行者の助言だろうか。

 今、幸太郎が求めてやまないもの、それは。

 

 ―――ガチャリ。

 

 意識が急にはっきりした。

 幸太郎は自分がいつ店を見つけたのか、どうやってドアを開けたのか、何一つ覚えていなかった。

 ―――それでも、たしかにそこはお店の玄関だった。


「いらっしゃいませ」


 奥の方から、男性の声が聞こえた。

 大人たちの秘密のお店は意外にもこじんまりとしていて、前時代的な雰囲気に満ちていた。

 入口からすぐのところ。

 壁の額縁に入った紙に、墨で文字が書かれていた。

 

 今月の標語 『求めよ、さらば与えられん』

 

 それは先史宗教学でならった聖書と呼ばれる古文書の言葉だ。ジャニーに教えてもらった言葉でもあった。

 幸太郎は思い出す。

 ここでは望んだモノがでてくるらしい。

 だけど―――もうなんでもよかった。

 それが麻薬と呼ばれていたクスリでも、ワインと呼ばれる違法飲料でもいい。

 今はただ、枯渇した成分を早く摂取したかった。

 幸太郎はフラつく足で、店の奥へと進んでいった。

 カウンター席の向こうに、サングラスをかけた背の低い男性が立っていた。


「これはまた、珍しいお客さんですね」


 店主と思われるその男性は、ボロボロの幸太郎に驚いた様子もなく、笑顔で幸太郎を迎えてくれた。


「お疲れでしょう。どうぞ」


 カウンターにおかれたのは、コップにそそがれた無色透明の液体。

 幸太郎はコップを掴み、無我夢中で飲み干した。

 

 全身に水分が行き渡り、幸太郎はそれこそ生き返ったような心地がした。

 

「―――あ」

 

 思わず声が出ていた。

 求めていたモノはたしかに、言わずとも出てきたのだ。

 

 カウンターの向こう側で、店主が笑っていた。

 とても含みのあるような―――あるいは逆に、まったく何も考えていなかのような。そんな笑顔だった。

 

「ようこそ、サンドウィッチへ。ご注文は何になさいますか?」

 

 幸太郎はひどく疲れてしまった。

 

 バードゲット砂漠を越えて、少年は大人たちの秘密を知ったのだ。

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