レーデスフィアナ夫人

 突然屋敷に現れたわたしを見て、みんなが大騒ぎになったわ。ううん、急に帰されたからじゃないの。原因は、わたしの頭の上に透き通って浮かんでいたもの。星をまとったちっちゃな冠のせい。

「なななななな、何これ何これ何これぇぇぇぇっ!」

 わたしはお別れの悲しみも吹っ飛んで、叫んじゃった。これって、これって、王さまの頭の上に乗るものじゃないの!? え、いえ、もっとちっちゃいけど、もっと女の子っぽくてかわいい形をしてるけど! 純白の君ったら、純白の君ミュリエルさまったら、

「は、ハイランシアに、祝福されちゃった……?」

 うそん……。


                    *


 それからは、とってもえらい大臣とか、学者さんとか、果ては国王さままでやってきて、大変だった。

 調査と言ってわたしの頬をつねった学者の足を、こっそりふんづけてあげたりなんてこともあったけど、まあとにかく、暫くするうちにわかったことは、この冠が王への祝福とは別物だってこと。

 結論が出るまで、ドッキドキしたわよ。夜も眠れなくて、また隈ができちゃったわ。どうしてくれるのよ。って、誰に怒っていいのかわからないのだけど。

 だって、下手したら国王交代よ? ううん、今の国王さまはちゃんと祝福を受けて統治してらっしゃる方なわけだから、正しくは次の王さま、今の王太子さまが交代になっちゃうのね。しがない下級貴族の娘には、王太子の位なんてそんなの荷が重いわ。

 でも、母さまに言わせると、これでもわたしは全然のんきだってことらしい。

 同じころ、父さまや兄さまは、もっと別のことを心配されてたんですって。反逆罪がどうとかこうとか、陰謀がどうとか、色々相談されてたらしいんだけど、よくわからない。けどそれって、いらない心配だと思うの。だって、ちょっと考えればわかるじゃない? わたしがそんなことできるわけないって。ねえ?

 えっと、それで、とにかく調査の結果、わたしの小冠は王位に関わるものじゃないってことがわかったのね。で、今度持ち上がったのは、わたしを王太子妃にっていうお話だった。

 わたし、素敵って、目が輝いちゃったわ。王さまになるのは嫌だけど、王さまのお妃さまになるのは、憧れるじゃない? 少なくとも、貴族として生まれた女の子にとっては、一度くらいは夢見ることよ。想像するだけで、舞い上がっちゃう。

 でも、これも結局取りやめになった。理由は、えっと、やっぱり、王太子さまの前で、キリーをひっくり返したのが悪かったのかしら……。あう。

 そうこうしているうちに、わたしはとうとう十五歳になっちゃったんだけど。

 心配しないで? 悪いようにはなっていないから。ここでこうして馬車に揺られながら、お喋りしてるのがその証拠。だって、わたしは純白のハイランシアの祝福を受けた女の子なのよ? 幸せにならないはずがないじゃない。

 王太子妃には、デーナさまがおなりになった。ほら、あの、くるくる巻き毛が三割増しの女の子よ。で、第二太子夫人がグロリアさま。このお二方は、なるべくしてなったって感じよね。お家柄と実力がすごいんだもん。最初からきっと、祝福も、お手紙にしのばされたちいさな幸運も、必要なかったんだわ。

 わたしはといえば、王宮に上がり、ちょっと特別な地位をいただいた。小冠のウェルウィンは、国王さまからレーデスフィアナ夫人の称号とささやかながらご領地をいただいたの。純白のハイランシアの不思議な冠のおかげで、いるだけで幸運をもたらすかもしれないから、とりあえずこの国にいなさい、王さまたちの近くを、気をつけてうろちょろしてなさい、って言われちゃったのよね。ただし、結婚はしないように、だって。どこかのお家と結びついちゃうと、まずいことがあるかもしれないからって。独身でいなくちゃいけないのは、ちょっぴり残念だったけど、すぐにまあいいか、って思った。恋愛自体は自由だってことだったから。

 だから、二十年たった今、わたしは二児の母親でいる。それぞれ黒い髪と茶色い髪の男の子よ。どちらも愛した方にそっくりなの。ええ、二人とも今日は乳母やに預けてきたわ。流石につれてきちゃダメだって言われちゃったもの。

 そうね、お年を召した前の国王さまが、新しい国王さまに王座をお譲りになることを決められたのが、もう半月も前のことなのね。それからずっとバタバタしてたけど、今日でバタバタも終わりになるのだわ。この行列がリーブシエールに着いて、新王さまが祝福を受けられたら。

 わたし、またあそこへお邪魔できるのが嬉しいの。リーブシエールが懐かしいのよ。野茨の館は変わっていないのかしら。野茨の白い花は、咲いているのかしら。永遠の初夏の庭を甘く濡らしていた銀の雨は、また降り出したんだろうか。純白のミュリエルさまのお心は、癒されたの?

 あ、ほら、見えてきたわ。たくさんの小さなバラを意匠化した門。あれをくぐれば、もう仙境なの。もうすぐよ、本当にもうすぐ着くわ。

 どうか純白の君のお心が、少しでも癒されていますように。青銀の君とリュノーさまが、結ばれてしまった因果から解き放たれて、お幸せになられていますように。わたし、ずっと祈ってるわ。祈ってるの。


 ああ、本当に、ドキドキするわ。お会いしたら、純白の君ミュリエルさまは、あの頃のように、わたしにやさしく微笑んでくださるかしら?

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リーブシエール〜レーデスフィアナの小冠〜 若生竜夜 @kusfune

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