旅立ち(その二)
王座の間から自室に戻ったヒューゴは、出立の準備を終え待っていたリナと話す。
「リナもお疲れだったね。あとは、セレリアさんに挨拶したら戻れるよ」
身の回りのモノしか持たない二人の鞄はさほど大きくない。ベッドの脇に置かれた二つの鞄をヒューゴは肩に下げ、リナの手を取る。
「ヒューゴさんもお疲れ様でした。これでベネト村へ戻れるんですね?」
ニッコリと笑い、ヒューゴの横に座り身体を寄せる。その肩に手を回してヒューゴは抱き寄せた。
「うん、しばらくはね」
「しばらく?」
「アレシア陛下からの仕事を請け負ってしまった。でも、危ないことじゃないし、リナとも一緒に旅ができるよ」
「そうですか。ヒューゴさんが望んでいたことが……少しは実現するんですね?」
「まあね。でも、おかげでのんびりはできそうにない。それが残念だな」
ヒューゴの腰に腕を回したリナは、ヒューゴの胸に頭つけて言う。
「ベネト村は安全になったんですもの。安心して旅ができるじゃないですか」
「そうだね。……でも、リナとゆっくりしたかったな」
「旅をしながらでもできますよ」
「そうかな?」
「ええ、必ず」
ギュッと抱きしめて触れた身体から伝わる温かさにヒューゴは、「そうだね」とつぶやく。扉をノックする音が聞こえ、「どうぞ」とヒューゴは返事してリナから身体を離した。扉が開くと、セレリア、ギリアム、ルークの三名が入ってきた。
「皆さんお揃いですか?」
ベッドに座るヒューゴの前に三名が立ち、それぞれが握手を求めてきた。三名と握手を終えると、セレリアがフウゥとひと息吐いたあとに口を開く。
「……あなたに手伝って貰うようになって七年ね」
「そうですね。まだ七年なんですね」
「私の隊をサポートして貰えればと思っただけだったのにね」
「ええ、僕もセレリアさんと一緒にルビア王国を倒せればとしか……」
見つめ合ってお互いに苦笑する。セレリアはリナに目を移して頭を下げた。
「リナちゃん、ごめんね? ずっとヒューゴを借りっぱなしになって」
「ヒューゴさんが選んだことですから」
リナはヒューゴの膝の上に手を置いて微笑んだ。
「これからも少しは借りちゃうけれど……許してね?」
「いえ、今も話していたんですけれど、一緒に居ることにしました。どこへ行くのもできるだけ二人で」
「そう。必要なら馬車でも何でも用意するから、遠慮無く言ってね?」
コクリと頷き、リナはセレリアと握手した。
「そうだ。ルークさん、これを」
腰の剣を外してヒューゴはルークに渡す。驚いた表情でルークは両手で受け取る。
「これは……ヒュドラの……」
「そうです。僕が持っていても仕方ないですし、帝国軍を率いて各地を回るルークさんが持っていた方がいいですから」
「だが……、いや、有り難く貰うよ。この剣を見て、戒めることにするさ」
「そんな大げさな」
微笑むヒューゴに生真面目な視線をルークは向けた。
「大げさじゃないさ。セレリアから聞いたよ。龍族じゃなく人が責任をもって世界を治めていかなければならない……だったね。私達だけでなく、将来、この国を背負う者達は肝に銘じなければならない。この剣を受け継ぐ者に伝え続けるよ」
「あはは、お任せします」
もう一度握手して、ルークからギリアムに顔を向けた。
「ギリアム閣下。あなたとはいろいろありましたが、今後も宜しくお願いします。どうやら帝国との縁は切れないようですので」
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。……正直なところ、前皇帝に弓引いた私が、命を助けて貰ったばかりでなく、重要な役職を続けていて良いものだろうかとしばしば思う。だが……」
「ええ、現在、アレシア陛下を支え、帝国軍をまとめられるのはギリアム閣下だけでしょう。新たな体制は始まったばかり。いまだに不満を持つ者も多い」
「判っている。私ですらアレシア陛下に従っていると見せつけなければならないのだな」
頷いてギリアムは真っ直ぐな瞳をヒューゴに向ける。その表情は、内乱時に会った時とは違い、裏を感じさせるものではなかった。ヒューゴはこれならばと安心する。
「仰る通りです。もちろん、ギリアム閣下のお力を陛下が評価してのものですが、周囲が閣下に向ける視線はそうなるでしょうね」
「……この程度で私の罪が消えるとは思わぬ。せいぜい励むつもりだ。それに私を担ぎ上げて元の体制へ戻そうと目論む輩も出てくるかもしれぬ。……無駄なことと理解できずにな……」
「ですね。これまで三百年以上も続いた体制が変わるのです。新たな体制が当然のモノになるまではまだしばらくかかるでしょう」
「陛下の指示のもと、ルークや承認の貴族達とともに根付かせていく。それこそが私の責務と心に刻んだ」
「宜しくお願いします」
ギリアムもまたヒューゴに手を差し出した。その手を握り返したあと、ヒューゴはセレリアに声をかける。
「帝都でのお仕事を終えたら、セレリアさんはどうなさるのですか?」
「領主の座をルークに譲り、彼が公務で居ない間代理として領地を治めるつもりよ」
「パリスさんが遊びに行きたがるでしょうね」
「そう言えば、パリスちゃんはこれからどうするのかしら?」
「さぁ?」
今回の戦いで魔獣相手の戦闘には飽きたんじゃないだろうかとヒューゴは思っていた。かといって、大規模な戦争はなくなる。戦いに楽しみを見いだすパリスにとって平和はつまらないことだろう。だから、これから何を楽しんで生きていくつもりなのか、ヒューゴには見当もつかなかった。
「パリスちゃんは、ガルージャ王国王太子カスルーア様のところへ行くわよ……きっと……」
「え?リナ。どうしてそう思うんだい?」
「私と二人で居ると、カスルーア王太子のことばかり話しているもの。そんなパリスちゃんはこれまで見たことがない」
「そっかぁ、ミゴールさんのこと、やっと吹っ切れたのかな?」
「きっとそうよ」
お転婆なままでも構わないとパリスと婚約し、そして結婚前に戦いの中で命を落としたミゴールのことをパリスはずっと気持ちのどこかに置いていた。ヒューゴはもちろん、ベネト村でパリスと仲の良い仲間達はみんな彼女のことを心配していた。
それも終わるのかとヒューゴは気持ちが楽になるのを感じていた。
パリスがカスルーア王太子と良い仲と聞いたセレリアは感慨深げに言う。
「じゃあ、近いうちにガルージャ王国の王太子妃になるのかしらね」
「うーん、お妃のパリスさんかぁ……想像できない」
「きっと変わらない。ずっとあのままのパリスちゃんよ」
「カスルーア王太子も大変だなぁ」
三人が顔を見合わせてクスッと笑う。
笑い終えたヒューゴは立ち上がった。
「さぁ、レーブ達も待ってる。そろそろ行きます」
「近いうちに、ドラグニ山でまた会おう」
リナの手をとったヒューゴはセレリア達に一礼して部屋を出て行き、レーブ達の待つ皇宮前へ向かった。
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