旅立ち(その一)

 反アレシア側の貴族の整理が終わり、新たな体制に移る障害はなくなっていた。

 その状況に皇龍としての、そしてセレリアの軍師としての仕事を終えたと感じ、リナやレーブ、ルイムントと共に帝都を去ろうとヒューゴは準備していた。


 ――あとはアレシア陛下等に任せよう。本来は部外者の僕は細かいところまで口出ししちゃいけない。何より、異論があっても僕が皇龍だからと遠慮してしまうだろうしな。


 龍族の力で制御しなくてはならないところはあっても、やはり人の力で人の社会は作らなければならない。ヒューゴはその気持ちが強まりこそすれ弱まることはなかった。

 紋章クレストの有無、階級の上下、そんなものに囚われること無く、みんなが協力しあえるように努力してこその人の世界ではないか。

 皇龍は世界に責任を持っていると言った。

 だが、そうではないとヒューゴは考えている。


 確かに、人の力は限られている。おかしな方向へ進んでしまうことも多い。おかげで、無紋ノン・クレストや貧しい者などの弱者を生み続けている。体制ができあがってしまえば、それを在るべき形に正していくのは難しい。だから皇龍のような存在が生まれ必要とされることもあるだろう。


 だが、必要とされ続けていてはいけない。

 どうしても必要な一時いっときに、軍師のような形で手を差し伸べる存在でいい。


 クリスティアンが生きた時代では、力づくでまとめる存在が必要だったのだろう。そしてこれからもそういう時代は来るのかもしれない。でも、それは例外でなければいけない。

 皇龍の記憶を探り、手に入れた知識をもとにヒューゴなりに考えた結論は、人の世界に責任を持つのは人でなければならないだった。その当たり前のことを皇龍も統龍紋所持者も意識していなくてはいけない。そして統治する者は、領地であれ国家であれ、更に意識して努力しなくてはいけない。


 その努力はほんのちょっとしたことだ。

 目に見える範囲でいいから、みんなが安心して暮らせるように努めるだけのこと。

 クリスティアンも、その他の過去の皇龍を宿した者達もきっとヒューゴと同じことを望んでいたに違いないと確信している。


 ――そろそろ行くか。


 帝都から去る許可を得るため、アレシアのもとへ向かう。そこには、ギリアムへ宰相位を譲ろうと考えているセレリアも居るはず。


 陽の光が優しく照らす皇宮内の廊下を歩きながら、二人がどういう反応をするか考えている。

 引き留めることはもうないだろう。だが、何かしら言ってくるようには感じていた。


 王座の間へ入ると、煌びやかな椅子に座るアレシア、その横にセレリア、ギリアム、ルークが待っていた。

 

 アレシアの前でうやうやしく一礼したあと跪き、ヒューゴは顔をあげる。


「陛下。帝国で僕がすべきことは終えました。お約束通りベネト村へ戻ります」


 皇宮で執務を行う者達へ刻まれる新たな紋章の手続きについては、既にアレシアとセレリアが制度として作った。今はまだアレシアの手の甲にのみ刻まれている。改めて任命される宰相や将軍、承認の貴族達は、帝国の体制が決まり次第ドラグニ山の祠へ赴き、権威の継承の儀として刻印されることとなっている。

 祠へは、ドラグニ山麓のバスケットで飛竜に乗り向かえるようにする。

 龍神の祠へ到着し、祠に触れれば手の甲に刻印される。

 

 ヒューゴはこのような縛りが今はまだ必要だが、いつか必要のない時代が来ると良いと考えていた。そして次の皇龍が生まれたとき、この仕組みを廃止してくれると良いとも思っている。


 「顔を上げよ」とアレシアの声が聞こえる。


「ヒューゴ。亡き夫……シルベスト前皇帝との約定に従い、力を貸してくれたこと感謝している。我もまたそなたとの約を守ることを誓おう」


「はい」


「帝国は新たな体制に移ったばかり。そなたの力をまだ借りたいところだが致し方ない。ヒューゴの意思は固いようだからな」


 ヒューゴの瞳に映るアレシアは穏やかな表情だった。

 

「申し訳ありません」

「だが、これだけは譲れん。そなたに授けた名誉帝国民の地位は返上させぬ。皇龍であるのは事実。クリスティアン陛下によって建国された帝国がその権威を認めぬ訳にはいかんのでな」

「……仕方ありません」

「……ヒューゴ。伝えておくことがある」


 優しいだけでなく毅然とした微笑みをアレシアは浮かべている。


「はっ、何で御座いましょう?」

「お前が作る、無紋ノン・クレストを集めて教育する計画だがな」

「はい」

「帝国とガルージャ王国でも行うぞ」

「え?」


 ヒューゴが驚いている様子を楽しむようにアレシアは言葉を続けた。


「そなたは龍族の力を借りるのは最低限にすべきと言った」

「はい、人の世界は人が責任を持つべきだと」

「うむ。であれば、帝国民のことは帝国が責任を持つべきだからな。サマド・アル=アリーフ国王も同意してくれた。……そこでだ。帝国、ガルージャ王国、そしてベネト村に、それぞれ性格の異なる施設を作るのはどうか?」

「と、申しますと?」


 ヒューゴは、ベネト村に集めた子供達が一人でも生きていけるよう、必要なことを全て教えようと考えていた。それを様々な施設でとなるとどのようにと疑問を感じた。


「確かに、無紋ノン・クレストへの偏見は簡単に消えない。それと、不運にも恵まれない環境で生まれる子もこれからも居るだろう」

「……残念ながら」

無紋ノン・クレストだけでなくそういった子等を保護し、各施設で勉学、武術、技術を身につけさせようと思う。もちろん将来的には、そのような施設が必要とされない世界にしたい。だが当面は必要だろう」

「……はい」

「そこで、そなたには各施設を見回って欲しいのだ。地域ごとに必要とされる技術は異なるだろう? だから、それぞれの施設は伝える内容に差が出るだろうし、教え方も異なってしまう。それらが妥当なものか確認して欲しい」

「僕がですか?」

「うむ。……判らぬか? そなたを楽にさせてやらんということだ。いずれ大陸中に作られる施設を見回り、ヒューゴの持つ知識や技術を教えてくれ。そなたの後継も育てて貰いたい」


 巡回するのはラダールが居ることだしそう大変なことではない。しかし、皇龍である自分が特別目をかけるということは別の問題を起こすのではないだろうかとヒューゴは懸念する。

 眉をひそめてアレシアに疑問を表した。


「ですが、それでは……」

「うむ。そなたは嫌うだろうが、皇龍の権威を利用させてもらうことになる。セレリアとも相談したが、やはり当面は権威が必要と言う点で一致した」

「特権的に受け取られてしまうのではないでしょうか?」

「そうだろうな。そのような権威が必要なのだ。我ら人に愚かしいところがあるのは認めねばならん」

「……そうですね」


 自分自身を思っても、逡巡しその場で必要とされる判断できていたかと言えば疑問だ。その逡巡を生み出したのは不安であったり、拘りであったり、怒りであったりした。それら全てを愚かしいとは思わないが、愚かしさが無かったかと問うと「あった」と言わないわけにはいかない。

 不要な不安を消すために、何かしらの権威が必要とされる可能性は大きいことをヒューゴは認める。 


「そこでだ。ヒューゴのイーグル・フラッグスの面々には、大陸中を巡回し、無紋ノン・クレストや恵まれない子を捜索する役目を担って貰いたいんだが、どうであろうか?」

「各領主に任せられないと?」

「ああ、まだ無理だろう。不幸な子を都合良く使い倒そうとする者が必ず居る。……ヒューゴよ。我は思うのだがな……」


 口調を改めたアレシアにヒューゴは背を伸ばす。


「はい、何で御座いましょう」

「皇龍は世界の不満が生み出すと言ったな?」

「ええ、皇龍はそう言いました」

「皇龍が生まれない世界が必要なのだ」

「僕もそう思います」


 皇龍という特異な存在を必要とする世界は不自然だ。

 ヒューゴは、できることなら龍族も不要な世界が望ましいと考えている。しかし、今はそうではないのだろうから皇龍が生まれる。そして、皇龍という存在に世界の変化を求める。

 それは人間が自分達の世界を正せない証拠だろう。

 この状況が将来もずっと続くのは望ましくない。


 ヒューゴはアレシアの言葉に強く頷いた。


「だから、まずは不運な子供達が居なくなることを目指す」

「その次は?」

「少なくとも、誰もが大きな不満を抱えない世界を目指す」

「難しいですよね」

「うむ、だが、目指さねばならない。次の皇龍が生まれない世界を目指さねば、人間はいつまでも龍族の力を必要とすることになる。それでは情け無いではないか」


 アレシアはヒューゴと同じことを感じていると理解した。


「……陛下のお考えに協力することをお約束いたしましょう」

「詳しい仕組みは、サマド・アル=アリーフ国王と相談してから伝える。それと旧ズルム連合王国地域が落ち着いたら、そちらともな」

「ああ、ジェルソン国王がまとめている最中……でしたね」

「ああそうだ。帝国に併合することになるか、それとも再び元の体制になるかはまだ判らんが、メリナに協力して貰って、環境整備しているようだ」

「……判りました」


 跪いたままヒューゴは一礼する。


「我からはこれだけだ。下がってセレリアとも別れを済ますが良い」


 ヒューゴは立ち上がり、セレリアを見る。

 コクリと頷いたのを見て、ヒューゴは王座の間をあとにした。

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