所持者達のこれから

 貴族は自領の運営に勤しみ、中央の政治は皇帝が選んだ者達で行う。

 各領地間の調整は承認の貴族達を中心とし、必要となるその他の役職は貴族に限らず広く人材を求める。

 他の領地への軍事的な動きは龍族が阻止し、領地運営上の問題は中央政府から派遣された監察官と帝国軍によって解決を図る。

 従う者の領地は現在を保証する。

 領民の他領地への移動は政府の支援の下に保証する。


 貴族の領地内への封じ込めと言えるこの政策を、アレシアは承認の貴族達と共に宣言する。

 この宣言は貴族達には既定のものであり、納得している者もしていない者も平然と受け取ったが、帝国民には驚きをもって迎えられた。


 ヒューゴはアレシアのそばにセレリアとリナ、そしてルイムント等を護衛として置き、自らはレーブとその隊員十数名を率いて飛竜に乗って反アレシア側貴族のもとを一箇所ずつ訪れる。

 大軍を相手に戦いを重ねてきたヒューゴとレーブ等にとって、せいぜい千名規模の軍事制圧など帝国軍の力を借りるほどのものではなかった。大概の敵は、二十名にも満たないヒューゴ等を甘く見て数で押しつぶそうとしてくる。

 だが、士龍化しなくても、身体強化の力だけでヒューゴは数百名の敵を敵対不能の状態に陥らせ、レーブとその配下はヒューゴによってズタズタにされた敵を各個に潰していった。

 人間よりも素早く力も強く防御力にも優れた魔獣を倒すために工夫された武具や組織だった戦術。

 魔法や物理防御の魔法が備わっている防具と鍛えられた肉体。

 苛酷な前線で戦い続けてきたヒューゴ等にとって、比較的平穏な地域で警備を主任務にしてきた兵を無力化するのは難しいことではなかった。


 ヒューゴは、軍事力の高い貴族から潰す方針をとる。

 討伐を終えた領地は近隣の領地へ分割併合させ、領主の貴族から爵位を剥奪した。

 数箇所の討伐を終えた三月みつき後には、せめて現在の地位と領地だけでもと考えた貴族が増え、続々とアレシアへの恭順を誓い自領の武装を解く。


 ヒューゴはゲリラ的な戦術を採る貴族がいれば面倒なことになると考えていた。しかし、結果はそうならずに済み安堵していた。


「あとはギリアム将軍とルーク将軍に任せても大丈夫でしょう」


 帝都へ戻ったヒューゴはアレシアへ報告する。反アレシア側貴族がほとんど居なくなった時点で、ヒューゴの目は大陸西側に向いていた。


 帝国はアレシアという核が居る。だが、西側には居ない。

 この点を如何にすべきかとパトリツィアとダヴィデに相談すると、


「今ならば、帝国に併呑し同様の体制を採らせることも容易い。クリスティアン陛下の遺志を受け継ぐならば、共同体としての体制が整っていない地域は取り込んでいくべきでしょう」


 と二人揃って言い、更にパトリツィアが付け加える。


「私がメリナと協力して平定してきます。旧ズルム連合王国領はゼナリオとアスダンの国王がガルージャ王国におります故、両名を帝国の代理として送るのも良いかと」

「判りました。では、お願いします。但し、旧ルビア王国の住民に被害が出ないように頼みます」


 西側はロマーク家を失い統一の旗頭がない。また、ヒュドラの出現によって混乱している。頼れるのはメリナだけだろう。ならば、彼女がパトリツィアと協力して平定するのは難しくない。必要ならヒューゴが後押しに出向いてもいい。

 そう考えて、大陸西側についてはパトリツィアに任せることとした。


「ヒューゴ、報告することがもう一つあるんだ」

「何ですか?」


 改まった物言いのダヴィデにヒューゴはやや緊張した。


「この大陸の他にも多くの魔獣が済む大地がある」

「それで……?」


 予想していなかったダヴィデの報告だが、ヒューゴはさほど違和感を持たなかった。

 世界は広い。

 この大陸の者が知らない場所があってもおかしくはない。

 ヒューゴは自然にそう思えていた。


「人間は住んでいないらしいんでこちらから赴く必要はない。だが、クラーケンを倒した際に手に入れた情報では、向こうがこちらに渡ってくる可能性があるらしいんだ」

「……ダヴィデさんには考えがあるんでしょう?」


 ヒューゴに話すダヴィデの表情にいつもの軽さが感じられず、ヒューゴはその表情させる理由があると感じた。


「俺もな。貴族達と同じだったと気付いた。命じられたことだけをやっているだけで、先のことを考えて動いていなかったなと」

「……」

「水竜を増やす」

「どのくらいまでですか?」

「最低でも三倍には」

「海の護りを強化するべきと」

「ああ、そうだ。この大陸周辺の近海は常時安全にしておきたい。だから皇龍としての許可を貰いたい」

「その必要はありませんよ。統龍紋所持者として必要と考えたならお任せします」


 統龍紋所持者が決意を持って行おうとしていること。そしてこの大陸を守ろうとしているならば、ヒューゴがどうこういう話ではない。

 二人の会話が終えたと感じたパトリツィアはヒューゴに不安そうに訊く。


「ねぇ? ヒューゴ……は……これからどうするの?」

「以前お話しした通りですよ? ある程度落ち着いたのでベネト村へ戻ります。多分……あと十日ほどででしょうね」

「大陸中の無紋ノン・クレストを集めて生きるためのすべを教えるって話?」

「ええ、そうです」

「それはあなたがしなくてはいけないことなの?」


 アレシアやセレリア同様の質問がパトリツィアからも出たことにヒューゴは苦笑する。

 統龍紋所持者であっても、強い力を持つ者が身近な場所から離れるのを不安に思うのだなと感じた。パトリツィア自身が紅龍の力を使う強力な立場だというのにと。

 表情を穏やかにしてヒューゴはパトリツィアに語りかけた。 


「……皇龍の定めってあるでしょう?」

「ええ、皇龍そのものになるか、それとも今のあなたのように皇龍を身に宿すかの選択をすることで、世界に責任を持つかどうかなんじゃないの?」

「僕も最初はそう思っていました。ですが、皇龍が僕に馴染んできて、普通の人間には判らないいろんなことが判るようになりました。その一つに、世界中の人々の感情が伝わってくるというものがあります。一人一人のというんじゃなく、大きな一つの塊のように伝わってくるんです」

「それがどうかしたの?」

「辛い思いをしている人が多ければ多いほど、僕に伝わる感情も重く感じられるようになってきたんです。少しでも楽にしてあげなくちゃいけないと居ても立っても居られない、そんな感じになるんです。人々の思いを背負う……これが本当の皇龍の定めだと判りました」


 この大陸のどれほどの人間が住んでいるのかパトリツィアにはわからない。しかし、数十万、数百万の人間が住んでいるのは確かだ。それらの人々が感じる喜びや悲しみなどが一つの塊となって、ヒューゴ一人に伝わってくる。それはどのような感覚なのか想像もできない。

 しかし、自分以外の感情を突きつけられるというのは……それが辛いものであるなら、どれほど心理的負担が大きいものなのかと重苦しい思いを抱く。


「……キツいわね」

「ええ、現在より荒れ果てていた世界で奮闘していたクリスティアン陛下は、この感覚をもっと強く感じられていたのだろうと思うんです。きっと僕なら耐えられなかったでしょう」

「だから他の人が始めるのを待ってなどいられないのね」

「そうです。この感覚にもそのうち慣れると僕の中の皇龍が教えてくれます。辛さが軽くなるのは嬉しいのですが、同時に、今感じている焦りを失うのも嫌なんです」


 複雑な感情を抱いているのが顔に出ているヒューゴは、どこか悲しそうなパトリツィアを見つめた。


「パトリツィアさんとダヴィデさん、そしてメリナさんには、この大陸の平和を守り維持する役目を担ってもらうことになります。成長したらスペランツァにもね。そして僕は、次の皇龍が誕生したときには、今よりも少しでも楽な気持ちでいられるように動くつもりです」

「ねぇ? 士龍はどうするの? あなたが居なくなったあと……将来あなたが寿命を終えたあと……士龍が居なくなったら……」

「飛竜の仕事は継続させます。士龍が居ないから決められたこと以外はできなくなりますが、それでも空から監視できる竜が居ないと困るでしょうからね。それより、お二人の跡継ぎはどうお考えに……」

「私とダヴィデは、今のゴタゴタが落ち着いたら結婚するわ。役目を引き継いで行きたいもの。それはこの時代の統龍紋所持者としての矜持ね」


 「そうですか」とそれ以上は問わずにヒューゴは次の言葉を伝える。


「皇龍として、僕がお二人に伝えるべきことはもうないでしょう。……パトリツィアさん、ダヴィデさん、ご自身の幸せも大切にしてくださいね」

「あなたもね」

「おまえもな」


 二人に微笑みを返して「では」とヒューゴは立ち上がる。パトリツィア達も立ち上がり、それぞれの顔を見合わせたあと、皇宮内に与えられているヒューゴの部屋を出た。

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