到着
イルハムとリナをロンドに乗せてルークの陣に近づいたとき、ラダールがヒューゴの隣に並ぶように寄ってきた。「クゥウー」と鳴くラダールの目はヒューゴを心配してるように感じられた。
「大丈夫だよ。頑張ってくれたんだね、ありがとう。お前も疲れているだろう? ついておいで」
顔に当たる風が少し冷たく感じる中、ラダールがそばに居るということがヒューゴの気持ちを温める。イルハムとリナを落さないために揺れぬように飛ぶロンドも、親のラダールに添われてどこか安心しているような、そんな気配も感じていた。
ゆるやかに降下していく眼下では、帝国軍が氷竜や飛竜と共に魔獣と戦っている。身体能力は魔獣の方が優れているから、通常は一頭の魔獣に対して複数の兵で当たる。しかし、今回出現した魔獣の数は帝国軍の倍以上。本来ならば圧倒的に不利な状況のはずだが、竜族の支援とルークの用兵で、魔獣を小集団に分けて一つ一つを集中的に攻撃することで、互角以上の戦況を作り出していた。
――見事だな。ルークさんの用兵はたいしたものだ。
普通に戦えば劣勢でもおかしくない戦力で互角以上の戦いをしている。戦略面はともかく、戦術面でのルークの技量にヒューゴは素直に感心した。
ここに到着するまでの間に、イーグル・フラッグスの戦いも見た。パリスとレーブに率いられているイーグル・フラッグスは、動きの素早い敵をパリスが狙って倒し、レーブが隊員を率いてその他の敵集団を攪乱しつつその数を減らしていた。
さすがに魔獣相手は慣れていると思わせる動きで、パリスとレーブに任せておけば、ドラグニ山側からの魔獣がヌディア回廊出口まで到達することはなさそうだと感じている。
――油断さえしなければ、問題なさそうだ。
ヒュドラさえ倒せば、魔獣はばらけるだろう。そうなればこの戦いは終わりだ。
――急がなければ。
司令部らしきテントそばにロンドを降ろし、まだ意識を取り戻していないイルハム達とヒューゴを繋げているロープを外す。先に降りて二人を地面に下ろして寝かせ、どこか休める場所はないかと見回した。
ヒューゴの降下を見ていた兵が近寄ってきた。
「すみません。二人を休ませたいんですけど、どこか良い場所はありませんか?」
「では、こちらへ」と、深い眠りで目を覚まさないイルハムを抱えてヒューゴを促す。リナを抱き上げ、その後に続いた。
傷病兵が並んで治療を受けている広場の向こうに、屋根だけのテントがあり、薄い布で覆われた板が並んでいる。そこの一つにイルハムを横にさせ、その隣に「どうぞ」と兵は言いどこかへ去って行った。
リナを横にして、ヒューゴはルークが居るはずのテントへ向かう。
テントに入ろうとしたところ。中からパトリツィアが出てきた。
「あ、ヒューゴくん」
「お久しぶりです。パトリツィア閣下」
「この状況だから挨拶はこれくらいにして、……ヒューゴくん、どうするの?」
パトリツィアの表情からは、ヒュドラを倒せるかについての不安は感じない。あくまでも具体的にどうするのかを知りたいようだとヒューゴは感じた。
「皇龍が僕の中に居るのは判っているみたいですね」
「ええ、統龍が教えてくれたの」
澄んだ青い瞳を持つ統龍紋所持者の返事に、なるほどというようにヒューゴは頷く。
「僕は、これからヒュドラのところへ行きます。あとは皇龍が何とかしてくれるみたいです」
「え? 皇龍が何をするのか知らないの?」
「ヒュドラの回復能力を無効化するらしいです。詳しくは判りません」
皇龍のとてつもない力は紅龍から大雑把には聞いていたから、何が起きるか判らない点をパトリツィアは心配していた。
「大丈夫なの? ……その……皇龍に任せて」
「ヒュドラを倒す力は貸してくれますが、それ以外のことは僕と皇龍とで相談しながらというこことになっています。ですので、ヒュドラ討伐に関してしか、皇龍は力を使わないでしょう」
「ほんと?」
統龍紋所持者として数多くの戦いを経験してきたパトリツィアでも、相手が皇龍となると、これほど不安そうになるのかとヒューゴは改めて皇龍という存在の大きさを感じる。
――まぁ神みたいなもんだからな。力を使うにしても自重して貰いたくなるのも判る。
ヒューゴはヒュドラさえ倒せる力があれば皇龍の他の力は要らない。あとは人が努力と工夫で成し遂げるべきだと考えている。皇龍の力でも龍族の力でも、最低限の利用にすべきだという考えは今も変わっていない。ただ、戦争では仲間のためになり振り構わない姿勢も必要だと今は判っている。
だから、仲間に危害が及びそうにない現状では、統龍どころか皇龍の力は極力使わずに済ませようとヒューゴは考えている。だが、皇龍の力の大きさを思うとパトリツィアの心配も理解できた。
「信じていいと思います。わざわざ
パトリツィアとヒューゴの声が聞こえたのか、ルークもテントの外へ出てきた。
「ヒューゴくん、身体はもう良いようだね」
顔色の良いパトリツィアと異なり、ルークの顔には疲労の色が濃い。間断なく攻めてくる魔獣を相手に連日指揮してきた疲れだろう。早めに終わらせないとルークの身体が心配だとヒューゴは感じる。
――ここでルークさんが倒れでもしたら、セレリアさんが悲しむな。
「ありがとうございます。それで、僕はこれからヒュドラのところへ行きます。何が起きるかまでは判らないので、帝国軍を近づけないようにしていただこうと思いまして」
「あ、ああ、判ったよ。まぁ、どのみち統龍達に近づかないように指示しているから大丈夫だろう」
「そうですか。後ろのテントに、うちのイルハムと妻のリナを寝かせています。過労で寝ているだけですが、宜しくお願いします。……では行ってきます」
パトリツィアとルークに一礼し、ロンドの隣で休んでいるラダールのもとへ向かった。
「おまえも疲れているだろうけれど、あと一踏ん張りだ。僕を士龍のところへ連れて行っておくれ」
ヒューゴの言葉をジッと聞いていたラダールは、「クゥウ」と一声鳴いて身体を沈める。
「ありがとうな」
黒い羽で覆われた身体をポンッと叩き、ヒューゴは乗り慣れたその背に飛び乗った。
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