懸念
もうじきフルホト荒野に到着するところで、紅龍に乗るパトリツィアとダヴィデは同時に声をあげた。
「皇龍!」
二人は各々の統龍から伝わってきた情報を同時に受け取り、皇龍がヒューゴと一体になったことを知った。
「やはり皇龍には成らなかったのね」
「まともな神経していりゃ、皇龍に成りかわろうとは思わんさ」
「ヒューゴは後悔しないかしら?」
「しないだろうな。ギリアムやディオシスなら進んで皇龍に成りかわったかもしれんし、その機会を失ったと知れば後悔するかもしれないが」
統龍紋所持者として生きてきて、統龍という存在を抱えていることに二人は何度も重荷に感じた。ましてや皇龍になるなどという状態は断りたい。
人は過ちを犯す。だが、その力に限界があるからこそ、過ち程度の認識でいられる。
皇龍になってしまえば、たがが外れる。過ちとして処理することなどできないほどの変化を起こせる。影響も与え放題だ。だからこそ力を恐れるならば、人は過大な力を手にしてはいけない。
二人ともその点は同じ考えを持っていた。
だからヒューゴがもし、世界に絶望するか世界を手に入れようとしたなら恐ろしいと考えていたし、今も考えている。ここまでのところ、ヒューゴは人であることに拘りを持っている。それ故に皇龍にはならないだろうと考えていた。それは予想通りの結果となった。
だが、これからのことを考えると、軽々しく力を使わないよう世界や社会の様々な面を知らせる必要がある。
パトリツィアもダヴィデも、この戦いを終えたらヒューゴと語り合う時間を作ろうと、自分が知っている様々なことを教えようと思っている。これまでも時間が空いている時には伝えてきたつもりだが、これからは主目的にしようと考えていた。
「それで、クラーケンはどうなったの?」
皇龍が出現する以上、ヒュドラの命運は決まった。あとはクラーケンの討伐さえうまくいけば、水棲魔獣の掃討を水竜が積極的に行うだろう。蒼龍紋所持者のダヴィデが痛い目に遭わせると決めたのだ。それは必ず行われる。
「真っ最中だ。ま、もうじき終わるだろうがな」
「……そう」
「クラーケンはヒュドラのように再生能力を持たないからな。蒼龍にしてみりゃ物足りない相手だろうよ」
今回、水棲魔獣を利用してヒュドラは魔獣を大陸沿岸へ送ってきた。それが可能になったのは、沿岸部に危険が生じない限り水棲魔獣を掃討してこなかったためだ。陸上では見かけ次第倒してきたが、海では行ってこなかった。陸上にしろ、日頃から積極的に捜索してはこなかった。グレートヌディア山脈に住む者達には魔獣も食料であり生活で必要だから、狩りの範囲を超えての討伐は好ましくはない。だが、平野部では事情が違う。もう少し数を減らしておくことも必要かもしれない。
パトリツィアは今回の戦いを思い起こして、そう考えていた。
「あのね? 私達は力の行使を自重してきたけれど、大陸とその周辺の魔獣退治くらいは積極的に動いても良かったんじゃないかしら」
ダヴィデもパトリツィアが言わんとしていることは考えていた。
「……そうかもしれないな。俺達は帝国皇帝の命にさえ従っていれば良かった。だが、それが良かったかは判らない。ま、これからはヒューゴがどう考えるか次第だ」
「そうね」
ヒューゴが決めることだとしても、経験を積んできたからこその意見は伝えておこうと二人は考える。
「それより、士龍の存在を知り、皇龍が出現する可能性を判っていたヒュドラの奴が、このまま滅ぼされると考えているのは間違いかもしれないぜ」
「ヒューゴを倒せなかったくらいで諦めないってこと?」
ダヴィデの指摘にはパトリツィアにも思うところがある。ヒュドラの足止めには成功したからヒューゴは無事だ。だが、その結果どうなるかはヒュドラにも判っているはずだ。統龍を相手にしてヒューゴを襲いにいけるかも、魔獣だけではヒューゴを倒せない可能性も計算しているはずだ。
だが、目立った動きはしていない。
ならば何か策があるのかもしれないと用心しておく必要がある。
「判らん。だが、まだ何かあるかもしれない。用心しておこうぜってことさ」
「判ったわ。火竜達にも油断しないよう指示しておく」
二人が会話を止めて、各々が思考の深みに入りかけていたとき、林を抜けた紅龍の前にフルホト荒野が広がる。帝国軍は手前に陣取り、右側の魔獣の侵攻を壁のように抑えていた。その背後には氷竜が迫り、魔獣達を尾で蹴散らしている。
「間に合ったようね」
「ああ、俺は左側の支援に向かう。あの分だと右側は問題ないようだからな」
「私はルークのところへいき、紅龍にヒュドラの相手をさせる。士龍と金龍を休ませてあげなきゃね」
帝国軍に突っ込んでいかないよう、部隊の居ない左側へ紅龍は移動する。
そのまま駆けて、遠くに見えていた司令部の陣に近づくと紅龍は止まり、パトリツィアとダヴィデを下ろした。二人が離れると、紅龍はその巨体を赤く輝かせてヒュドラ目がけて突進していった。
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