集結

 マークスに乗ったパリスがフルホト荒野へ到着したとき、眼下では三頭の龍が、たくさんの鎌首を振り回す巨大な魔獣を相手に戦っている様子がまず目に入った。そして小型や中型の魔獣と帝国軍が戦っている様子も映った。


 パリスは連れてきた飛竜に、苦戦している帝国軍の支援を指示する。そして帝国軍の知人……セレリアかルーク、統龍紋所持者の姿を探した。

 低空で飛ぶマークスの上から、帝国軍の最後尾で指示する煌びやかな鎧姿のルークを見つける。


「ルークさん!」


 マークスから飛び降りて、ルークのところへパリスは駆け寄る。


「パリスさん! 飛竜を連れてきてくれたのは貴女でしたか。助かります」


 パリスに一声かけたあと、机の上に広げた地図をもとにルークは伝令に新たな指示を出す。邪魔せぬように、ルークから少し離れた場所にパリスは立って待った。帝国軍の予定が判らないまま前線へ入っていっては、作戦の邪魔になるかもしれない。そう考えて、一刻も早く戦いの場へ向かいたい気持ちを抑えてパリスは待つ。


 指示を終えたルークが椅子から立ち上がり、パリスのもとへ歩く。


「助かりました。数が多くて……私は知らない竜が北側から援護してくれているのですが、回廊と南側からの魔獣をフルホト荒野から出さないよう対応するのに苦労していたんです」


 動きが素早い魔獣が多そうだとは上空から見てパリスも理解していた。油断していると帝国軍の部隊が包囲されてしまいそうであった。こちらの数が少ない以上、包囲されてしまえば圧倒的に不利になる。ルークの指示は刻々と変わる戦況に応じて、戦力をどこに集中するかであった。

 

 パリスの手を両手で握り、ルークは疲労を見せながらも精気を失わずに微笑む。


 ――さすがにセレリアさんの婚約者だけはあるわ。


 ガルージャ王国では休みをほとんど取らずに戦っていたパリスだが、ここへ到着するまでの間にマークスの上で十分休めた。戦いが始まってから、多分、ほとんど休まずに指揮してきただろうルークをパリスは感心していた。


「私も加わりたいのですが、どちらへ向かえば宜しいでしょう?」

「え? パリスさんが?」

「はい。魔獣相手ならばガルージャ王国でも散々戦ってきました。マークスは休ませておこうと思いますが、馬を一頭貸していただければ戦果はあげてみせます」

「お一人で?」

「はい。問題はありません」


 ルークは机に戻り、地図を睨む。パリスはその横に立ち、ルークからの指示を待つ。


「……では、南側のここ……ドラグニ山方面から北上してくる一団に対して、一撃離脱を繰り返していただけますか?」


 戦力としてのパリスについては、セレリアから聞かされていた。集団を指揮しても、単独で戦っても天才と言うセレリアの言葉を信じ、北上してくる魔獣の攪乱を依頼した。本来ならば、一団を貸して一人で戦うことは避けさせたいところだが、今はその余力がない。その点に胸が痛む。だが、今は何としても魔獣の殲滅に力を注がねばならない。知人だから生じる感情を殺して、ルークは指揮官としての任務遂行に気持ちを切り替えていた。


「一撃離脱ということは、敵の進撃を遅らせろということですね?」

「その通りです。そうすれば回廊から出てきた魔獣を先に殲滅することに注力できます」

「判りました。南側の敵が一頭も回廊出口に向かえないようにしてみせましょう」


 ここまで休まずにパリスを乗せて飛行したマークスは休ませようと決めていた。マークスがいれば楽に戦えるが、最近無理をさせすぎたとパリスは考えている。いざとなれば、飛竜の一頭に乗って戦うことも可能だ。

 それに……空中からの魔法よりも、近接戦闘の方がパリスは得意。


 ルークから馬を一頭借りてパリスは乗る。風にたなびき顔にかかる金髪の間から不敵な笑みを浮かべていた。


 「では!」とルークに挨拶し、鞭をあてて駆けさせる。先ほどとは違い、全身から押しつぶされるような気配を漂わせていることに気付く。

 見送るルークの目には、ヒューゴとは別の種類の悪魔がにえを前に舌なめずりして駆けていくように見えた。


「ご無事で」


 そうつぶやいたルークだが、漂っていたプレッシャーを思い出しパリスなら大丈夫だろうと考えている自分に気付く。


・・・・・

・・・


 ――さすがに多いわね。でも……。


 北上してきた魔獣の群れの先頭に、ここ最近使い慣れた雷系魔法をパリスは一つ放つ。落下した地点から広がる魔法で十数頭の魔獣が跳ね飛んだ。後続の魔獣が勢いを弱めたのを確認すると、ハッと馬の尻に鞭をあてて突入していった。


 ドラグニ山で見かけたことのある魔獣も居れば、未知の魔獣も居る。飛行する魔獣は居ないから、足の速そうな獣型の魔獣から倒すと当たりをつけて剣を振るう。仲間のことを気遣わずに、己のことだけを考えて目の前の敵を屠る。

 こうして戦っていると、一人で戦う方が性に合っているとパリスは感じる。特に、一撃離脱という戦法は気が楽だとも感じていた。

 

 ――私には鼓舞があるから、集団で敵を蹂躙するのも嫌いじゃない。でも、一人で戦う方が気が楽だわ。


 もともと才能があり、戦いの経験を数多く積んだパリスには、目の前の魔獣など敵としては物足りない。数が多いから慎重にならざるをえない。だが、一頭一頭は動きも読めるし、どこを攻撃すれば有効かも判る。休養を十分とったパリスには、魔獣程度は容易い敵だった。


 敵の先頭集団がパリスに集中し始めると、馬を翻してその場から駆け去り距離を置く。

 追いかけてくる敵を倒しつつ、敵集団の動きを見守る。パリスの役目は敵の攪乱だから、数を多く倒すよりも、敵集団を回廊方面へ移動させないことが重要。

 

 ――そうそう。私を警戒しなさい。油断している命を落すわよ。


 当たるモノ全てを切り刻んでやろうかしらと、不穏な光を瞳に浮かべてニヤリと笑う。それはルークが想像した悪魔の姿だった。


「パリスちゃぁん!」


 背後上空から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、飛竜に乗ったレーブと、イーグル・フラッグスの面々がパリスの目に映る。頼りになる仲間が二十数名は居る。 


「レーブ……みんな……」


 魔獣達の動きをチラッと確認する。


 ――みんなが居るなら……、そうね、攪乱じゃなく殲滅に変更してもいいわよね。


 降下してくる飛竜に向けて、


「みんな手伝ってね!」


 そう声をかけて魔獣の群れへ馬を走らせた。

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