目覚め前
ヒューゴが意識を失い、祠の前で仰向けで目を閉じてからしばらくすると、皇龍が告げていたように魔獣の群れが襲ってきた。
イルハムはゴーレムを召喚し、ヒューゴを中心に高い土壁を展開する。高く厚い土壁は、イルハム達を包囲するように展開され魔獣の侵入を防いだ。イルハムの背はオレンジ色に強く輝き、壁の中を照らしている。
リナは、イルハムの体力が少しでも回復するように回復魔法を使った。魔法を使っているイルハムの体力消費に回復量が追いつかないのはリナも知っている。しかし、他からの助けが来るまでは、ヒューゴが目覚めるまではと、できることをやるだけと迷わずに魔法を使う。リナの背も強く黄色く輝いている。
「必ずや、ヒューゴ様を守ってみせます」
イルハムはリナに強く言う。だが、リナは気付いていた。ヌディア回廊出口でも魔獣の侵攻を防ぐために魔法を相当使用していたのだから、さすがのイルハムでも長くは保たないはず。
ロンドが空中で飛行型の魔獣を潰しているから、空からの侵入は当分はない。だが、ロンド一羽では、やはり長くは保たない。
「はい」とイルハムに答えたリナは内心どうしたら良いのかと焦っていた。
・・・・・
・・・
・
ヒューゴが意識を失って丸二日が経とうとしている。皇龍は一日と言っていたが、ヒューゴの身体を順応させるには一日では足りなかったようだ。
疲労で青い顔をしているイルハムは、まだゴーレムを召喚し続けていた。リナの目から見ても、イルハムの限界はとうに過ぎていた。
――でも、そろそろのはず。ヒューゴさんさえ目覚めたら……。
根拠のない期待を消さぬように気持ちを奮い立たせ、リナも不眠不休でイルハムへ魔法をかけている。
しかし、イルハムとリナの背中の輝きは薄く、二人がいつ魔法を使えなくなってもおかしくない状態なのは、二人とも理解していた。
「グァアアアアア!」
叫び声をあげて巨大な影が上空を横切った。
――飛竜? いえ、今のは飛んでいたというより、飛び越えた動き……。
「ロンド! 来て!」
いつもはベネト村上空を周回し、村周辺を監視してくれているリナの大切なドラグニイーグルを呼ぶ。
ラダールそっくりの黒い身体が下降してきてリナの前に降りた。
「イルハムさん! すぐ戻ります」
地面に体勢を低くしているロンドの背に、リナは手綱を使って慣れた様子で乗る。
「状況を知りたいの。お願い」
首をトンッと叩くと、ロンドは羽を羽ばたかせて上昇した。
上昇するロンドから土壁周辺をリナは見る。
ヒューゴを囲む壁の四方に竜が居て、近づく魔獣を尾で払っている。
「見たことは無いから、あの竜が何なのか判らないわ」
だが、ヒューゴを守ろうとしているのは判った。
壁の四方には、六頭の竜が居る。山頂方面に二頭、山道側に二頭、そして左右に一頭ずつ。
ある竜は尾で魔獣を跳ね飛ばし、ある竜はブレスで魔獣を凍らせている。
さらに、山頂方面から数頭の竜が駆けてくる様子も見えた。
「これなら、接近する魔獣はもうじき居なくなる。イルハムさんに伝えなきゃ」
ヒューゴが目覚めていないのだから、安心はまだできない。だが、しばらく休む時間はもてそうだ。今のリナ達なら、少しでも休めるのであればどれほど助かることだろう。
その思いを胸に、リナはロンドをイルハムのもとへ下降させる。
「イルハムさん! 竜です。竜が壁の外で魔獣を倒してくれています!」
上空から聞こえるリナの声に、限界を超えていたイルハムは安心したのかドサッと倒れた。ロンドから降りたリナはイルハムのもとへ駆け寄る。そして「ありがとうございます。お疲れ様です」とつぶやいて回復魔法を再び発した。
黄色い光に包まれた手をイルハムの胸に当て、周囲を見回す。
竜が近づく魔獣は尾ではね除け、固まっている箇所へはブレスを吐いて倒している様子が目に入る。
リナを降ろしたあとすぐに飛び立ったのか、上空のロンドはゆっくりと周回を続けている。日頃から監視役を務めているせいか、リナが指示しなくてもこの場面でも周囲を偵察していた。
この分ならヒューゴを襲える魔獣は居ないだろうと、ヒューゴに目を移す。
静かに横になっているヒューゴにまだ動きは無い。
「ヒューゴさん。みなさんが頑張ってますよ。早く目を覚まして下さい」
聞こえるはずもないのは判っている。だが、リナもそろそろ倒れそうだ。気力で耐えているけれど、気を抜くと目を閉じてしまいそうになっている。竜が守ってくれているけれど、ヒューゴが目を覚ましてくれることを願っている。皇龍がどうとかそういうことは今のリナには判らないし、さほど関心はない。とにかくヒューゴが目覚め、これまでと同じように頑張っている姿を見たい。
どうやらヒューゴは特別な存在らしいが、それもどうでもいい。
不器用で、傷つきやすくて、仲間思いのヒューゴがリナのそばで笑ってくれさえすればいい。
ヒューゴの戦いの先に、彼の笑顔があるとリナは信じている。
だから自分は支えるのだ。気力を振り絞って頑張れるのだ。
「……ヒューゴさん……」
リナが最愛の夫の名を再びつぶやいたとき、ヒューゴの身体から紫色の光が放たれ始めた。
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