金龍紋所持者と士龍

 金龍紋所持者メリナ・ニアルコスが金龍と共にヌディア回廊出口に近づいた時、その目に映ったのはルビア王国の兵達だった。その先には巨大な鷲に乗った兵に魔法で攻撃されている魔獣の群れ。更にその先には、複数の鎌首を持つ統龍ほどの大きさの魔獣が士龍と戦っていた。


 ――あれがヒュドラだな。


 ヒュドラの姿を確認したメリナは、ヒュドラと士龍の戦いに巻き込まれぬよう待機し、回廊出口に侵入できずにいる王国軍の兵達のところへ馬を進めた。


「聞け!! 王国兵よ!」


 金龍の接近に気付いていた兵達は、風で揺らめく金髪のメリナの声に反応する。ルビア王国軍の兵ならば金龍を伴って戦場へ来る者を知らないはずがない。王国最強の護り手であり、王国の大地を潤す統龍の主。深い森のように濃い緑の瞳を持つ金龍紋所持者メリナ・ニアルコスしかいない。


 メリナの声に振り向いた者達は、ヒュドラ達の戦いから距離を置き、静かにつつく言葉を待った。


「王国兵はいつから魔獣に従う兵となったのだ! 誇りを失ったのか? それとも恐ろしさに従ったのか? 自分の胸に問うてみろ!」


 メリナに叱責に恥じた王国兵達の武器を持つ手は弱々しく下げられ、そして項垂れる。

 王国軍兵の中へ馬を進めたメリナは、周囲を見渡し、更に声をあげた。


「よいか! 帝国とは確かに争っている。しかし! それは人と人との戦いではなかったのか? 人の敵である魔獣の指揮に従って戦った先、お前達は矜持をもってルビア王国兵であることを人に伝えられるのか!」


 ひと息置いてメリナは諭すように語りかける。


「判っている。ヒュドラはディオシスの姿でお前達に命令したのであろう。王弟の命令にお前達は従うしか無かった。だが、今やその正体を現わした。ならば従う必要などない。従ってはならぬのだ! ……故国へ戻るのだ。そして故国の安全を守るために戦え。金龍と私が、ヒュドラを必ず倒してみせる。信じろ! そして誇りを取り戻せ!」


 徐々に顔を上げる者が増え、そして穏やかな瞳で王国兵を見つめるメリナに一礼し、ルビア王国方面へ徐々に動き出した。


「胸を張れ! 堂々と帰国するがいい。メリナ・ニアルコスの名において、お前達の名誉は守ってやる」


 メリナに寄ってきた金龍の足下を王国兵は進んでいく。少しずつだが、足取りに力を取り戻していく王国兵の姿をメリナは見送った。

 金龍は兵達を踏まぬようにメリナを追い越していく。王国兵達が全て過ぎるのを待って、メリナは金龍へ指示を出した。


「さぁ、私とお前が望んだ戦いがそこにある。金龍よ! 士龍を助けてやれ!」


 グゥオオオオオオ! と、歓喜に似た咆哮をあげ、太く強靱な身体から金色のオーラを輝かせ、金龍はヒュドラへ突進していった。

 


◇ ◇ ◇


 カマイタチを生じさせるブレスでヒュドラを切っても、すぐに回復してしまう。だが、士龍は知っている。士龍が攻撃を止めてしまうと、ヒュドラはその力を回復ではなく攻撃に回してくる。ヒュドラもブレスを吐く。火系と毒系のブレスをその十三本の鎌首から放ってくる。

 統龍ならば軽い傷で済む程度だが、士龍の背後で魔獣と戦う人間には致命傷となる。

 ヒュドラにダメージを与えられなくても、攻撃を止めてはいけない。


 ――ヒューゴが皇龍との対話を終えた。……どうやら……皇龍様はまた新たな皇龍に責任を代わって貰うことはできなかったようだな。さぞ残念なことだろう。


 顎を開き牙を剥きだして迫る鎌首の攻撃を避ける。そして体勢を整えてブレスを放つ。


 ――しかし、予想されたことだ。覚悟もされておられただろう。皇龍になるとしても、世界に責任を持てというのは人には重いのだ。重すぎるのだ。


 ブレスで一本の鎌首を切り落とされたヒュドラは、一瞬動きを止める。そして急激に生えてきた鎌首が整うと、また士龍に向けて鎌首を降る。

 ヒュドラは、ルビア王国から連れて来た無数の魔獣、グレートヌディア山脈に住む魔獣達をヒューゴのもとへ送った。士龍もヒュドラの足止めをしているが、ヒュドラも士龍がヒューゴを助けに行けぬようにと持久戦を仕掛けてきている。士龍はそれは理解していた。


 だから、金龍の到着を待っている。士龍同様にヒュドラを足止めできる統龍達の到着を待っていた。


 ――!? こ、これは……銀龍? このタイミングで銀龍紋所持者が産まれた!


 銀龍がその意識を現わしたのを士龍は感じた。統龍紋所持者が居なければ、統龍は意識を消してその命を保つだけだ。だが、「我も加勢する」という銀龍の意識が伝わってきた。つまり銀龍紋所持者が誕生した証拠。


 冷気を操る統龍である銀龍の加勢は戦況を大きく動かす。ドラグニ山のどこかで過ごしている氷竜が、今まさに皇龍と一体化しようとしているヒューゴを守るために動くだろう。士龍が行かなくてもヒューゴは安全だ。

 士龍は確信し、目を細め、牙が顔を出す口を歪めて笑みを浮かべた。


 ――勝った!


 ヒュドラの背後に迫る金龍を視野に入れた士龍は、近づく銀龍と紅龍の気配も感じている。統龍三頭と士龍がいれば、ヒュドラの足止めなど容易い。その間にヒューゴが皇龍を内に連れてくるならば……。


 数日に及ぶ戦いで溜まった疲労など忘れて士龍は雄々しく翼を広げ、宙から再びブレスを放った。

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