パリス帰還

 沿岸に訪れる魔獣の数が激減しているとパリスは感じている。一昨日までは日に十体の水棲魔獣がやってきたが、昨日は三体、そして今日は無しだ。この分だと、王国軍だけで対処は可能だろう。

 ならば……と、パリスはマークスを陸に向ける。カスルーア王太子が待つテント前に降ろし、パリスは「少し待っていてね」とマークスに声をかけた。

 急いでテントに入り、カスルーアに状況を伝えて意見を求める。


「……ヒューゴを助けに行こうと思うの。飛竜を一頭置いていくし、王国軍でも対応可能な状況でしょ? ダメかしら?」


 パリスの真剣な表情を見るカスルーアは微笑んでいた。魔獣の襲来が減っているのは報告で知っていたから、パリスが言い出すのも判っていたようだ。


「ここはお任せ下さい。タヒル・シャリポフもおりますから、ご心配には及びません」


 今回の戦いの前と異なり、大人の表情をするようになったカスルーアにパリスは頷く。


「この戦争が終わったら、また会いましょう」


 手を差し出し握手をパリスは求める。その手を握るカスルーアは、「必ず」と力強く返事した。

 カスルーアは、ヒューゴと同じ黒髪、黒い瞳、薄い褐色の肌を持つ。パリスは同じ年頃の時のヒューゴの姿を重ねた。リナと婚約し大人にならなければと様々なことに一生懸命だったヒューゴも、仕事を任されると男の表情を見せていた。カスルーアの気持ちもヒューゴと同じで、一人前として扱われて誇らしいに違いないとパリスは感じていた。

 次に会うときには、今よりももっと自信ある瞳をしているだろう。それを見るのが楽しみだと、カスルーアに期待している点に軽い違和感を自覚したが、急いで行かなければという気持ちが強く、深く掘り下げることはなかった。


「じゃあ、行くわね」


 パリスをじっと見つめるカスルーアの黒い瞳に名残惜しさを感じた。だが、それを振り切るようにテントの入り口へ向いて歩き出す。

 マークスに乗って、上空を旋回する一頭の飛竜に目を向けた。


「あの飛竜のところまで行ってちょうだい」


 一頭を残して士龍のもとへ向かって貰うよう伝えるのだ。反応を返しては来ないだろうが、パリスの言葉は伝わる。それでいい。


 バサッと羽ばたきマークスは飛竜目がけて上昇していった。


・・・・・

・・・


 今更ヌディア回廊へ向かっても、戦いは終わっているかもしれない。だが、あのままガルージャ王国の沿岸で来ないかもしれない魔獣を待っているのは性に合わない。

 パリスはそう思いつつマークスを飛ばした。

 元本拠地に近づくと、人の姿が目に入った。低空で確認すると、ベネト村で見かけたことのある人を数人見かける。どうしたのかとマークスを降ろして村人に声をかけ、ヒューゴの提案で、ベネト村とウルム村の住民は避難したと教えられる。


「よう! パリス」


 会議室のある施設から出てきたラウドが声をかけてきた。


「ラウド、あなたも避難してきたのね」


 茶色の瞳に茶目っ気を浮かべる、昔と変わらないラウドを見つけパリスは安心する。


「ああ、そうさ。あのまま村に居たんじゃ、みんな参ってしまっただろうからなぁ」


 大多数の魔獣に包囲された件をラウドはパリスに話す。


「……ここに着いて二日経つけどさ。ヒューゴからの連絡はないから、まだ戦ってるんじゃないかな」


 パリスはレーブを送った日から計算すると、戦いが始まってから七日経つ。なのにまだ戦っているとしたら、ヒューゴ達の疲労はどれほどのものかと心配になった。

 飛竜やガルージャ王国軍が居たおかげでパリスはそこそこ休憩も睡眠もとれた。だが、ヒューゴ達は……。


「じゃあ、私、急がなきゃ」

「慌てるなよ。俺が知ってる状況くらい聞いてから行きな」


 ライカッツとアイナの子が、銀龍紋所持者として産まれてきたこと。銀龍と氷竜がヒュドラとの戦いに参加したこと。ライカッツがまだ赤子の統龍紋所持者の代わりとなって向かったこと。それらをラウドはパリスに説明した。


「え? 銀龍紋所持者が?」

「ああ、ライカッツもアイナさんも驚いたさ。もちろん俺達もだけどな」

「で、ヒューゴの状況は?」

「それは判らない。だけど、あいつのことだ。大丈夫に決まってる。急いで行くのはいいけど、ヒューゴを信じてやれよ」

「判ったわ。ラウド、ありがとう」


 青い瞳に少しだけ笑みを浮かべパリスはラウドに手を振る。そしてマークスが休んでいる施設の外まで駆けていった。


「……ヒューゴの保護者みたいなところは変わらないな」


 走り去ったパリスの背中にラウドは苦笑してつぶやく。


 ――まぁあれがパリスの良いところだけど、ヒューゴよりも自分の心配をして欲しいもんだぜ。おまえが落ち着かないと亡くなったミゴールもあの世で心配するだろうがよ。


 もう十年以上も前に亡くなった幼馴染で婚約者だったミゴールを引きずって、いまだに一人身のパリスがラウドは心配だった。


 ――ヒューゴの様子から察すると、この戦いが終わったら戦争はしばらく無くなるだろう。そしたらさ、パリス、おまえも落ち着いて自分のことを考えられるようになるぜ。


「チッ、俺が幼馴染の心配する柄かよ」


 ラウドは自嘲気味につぶやき、妻ナリサが待つ建物へ向かって歩いて行った。

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