最終章 新たな時代へ

銀龍紋所持者の誕生

 今にも出産しそうなアイナを連れたライカッツは、他の村人達と共にイーグル・フラッグスの元本拠地まで避難する。飛竜が護衛していることと、宿泊や食事のための設備が揃っているので、辛そうなアイナを心配するカディナとサーラが「元本拠地で様子を見てはどうか」と意見を出し、集団を率いるライカッツが同意した。


 ライカッツが率いる村人達は、アイナとラウドそしてラウドの妻ナリサを含めて大人十名、カディナとサーラを含めた十五歳未満の子供十名の二十一名。大人達は、魔獣の襲来に備えて建物周辺の見回りと休憩の準備を行う。子供達はカディナとサーラの指示にしたがって、宿泊施設内で休めるよう準備を始めた。


 用意されたベッドに横になるアイナには、治癒・回復魔法を使えるナリサが付いていた。

 今にも出産が始まりそうなアイナは額に汗を流し、目を閉じてその時を待っている。


「ライカッツさん、もう一人女性を」


 ナリサの指示に従い、お産がいつ始まっても良いようにライカッツは動く。ラウドは施設周辺の警備を指揮していた。


「あなた、大丈夫よ。ナリサさんも居るから心配はないわ」


 アイナの気丈な声に頷き、ライカッツもまた施設周辺の守りに動く。


・・・・・

・・・


 施設内外の巡回体制を作り終え、正門前で周囲を見ていたライカッツのところへ、サーラが走ってきた。


「ライカッツさーん、産まれましたぁああ」


 サーラの笑顔を見て、ライカッツはホッとした表情を見せる。


「さぁ、アイナさんと赤ちゃんの顔を見てあげてください」

「ありがとう。じゃあ、行こう」


 近くに居る村人に様子を見てくると伝え、ライカッツはサーラと手を繋いでアイナのもとへ向かう。


 

 部屋に入ると、ベッド上のアイナが汗をかいてやや引きつった笑顔でライカッツを迎えた。


「よく頑張ってくれた」


 アイナの横に片膝をついて手を握る。毛布に包まれた赤子を大事そうに抱くカディナが近づいてきた。

 

「あなた、男の子よ。リブロに弟ができたわ」

「そうか、そうか、とにかく無事に産まれて良かった」


 両手で握るアイナの手にライカッツは口づけする。


「それでね? 産まれた子なんだけど……」

「どうかしたのか?」

「うん、それが……紋章クレストが……」


 言いづらそうなアイナの様子から、無紋ノン・クレストで産まれたのかもしれないと察し、


紋章クレストがあってもなくても関係ないぞ。俺の大切な子供だ」

「違う。紋章クレストはあるの。ただ……」


 紋章クレストがあるならば、何を言いづらそうにするのかライカッツには理由が判らない。


「ん? どうした。はっきり教えてくれ」

「どうやら、統龍紋なの」

「はぁああ!? 統龍紋?」


 大概のことには驚かないが、あまりに想定外のことにライカッツは驚き、そして固まった。

 アイナの頭側で治療魔法をかけているナリサが口を開く。


「産まれて、身体を拭いていたら背中から銀色の光がパァアと」


 状況に意識がついていかないライカッツはナリサにゆっくりと顔を向ける。


「不思議に感じて紋章クレストを確認したら、竜の爪形の紋章クレストが光っていたんです」


 現在、四種ある統龍紋のうち三種は所持者がいる。帝国の紅龍紋と蒼龍紋。ルビア王国の金龍紋。そして銀龍紋だけは所持者がいないことは大陸中の者が知っている。

 そもそも銀龍紋所持者はいたという事実は歴史上知られているが、ウル・シュタイン帝国建国以前の話でもはや伝説の話でしかない。

 銀龍の存在はグレートヌディア山脈北部で目撃されているから、銀龍紋所持者が再び誕生する可能性は誰も否定できないでいた。だが、他の統龍紋所持者が帝国や王国の貴族階級に誕生してきたことから、銀龍紋所持者もどこかの国の貴族階級に誕生するだろうと、明確な根拠もなく大陸中の人間が考えていた。


 その銀龍紋所持者が、盗賊首領を親を持つライカッツと、今でこそ二つ羽の紋章を持っているが、もともと無紋ノン・クレストとして嘲られていたアイナの息子として誕生するなど誰も想像できなかった。


 ライカッツもアイナも統龍紋所持者が自分達の子供として産まれてきたという事実がまだ信じられないでいる。アイナの表情が引きつっていたのも、ライカッツが固まっているのも無理のない話であった。


「名前をつけてあげてください」


 気持ちを整理できずにいるライカッツ夫婦を現実に戻そうとナリサが声をかける。


「あ、ああ、名前か、名前、名前……」


 男女どちらで産まれても良いように、ライカッツとアイナは事前に考えていた。だが、あまりの驚きにライカッツは思い出せないでいる。


「男の子だから、スペランツァよ」


 アイナがライカッツを見つて教える。


「そ、そうだ。スペランツァだ」


 カディナが、毛布に包まれた赤子をライカッツに渡す。ライカッツはまだ目も開かない赤子を大事そうに抱きかかえ、愛しい息子に目を落す。まだしわしわの顔。そしてキラッと光る産毛が銀色だ。このまま銀色の髪や睫毛になるのかもしれないとライカッツは考えていた。

 赤子が口をやや開いた。泣き出すのかとライカッツが身構えたところに、再び想定外のことが起きた。


「我が主の両親か?」


 赤子の声とは思えない低く重苦しい声が、小さく愛らしい口から響いた。


「な、なんだ? 主? あ、銀龍?」


 驚きつつもスペランツァをしっかりと抱くライカッツ。


「そうだ。我が主は産まれたばかり。我の力を発現させることもできぬ。もう少し成長するまでは、我が主のことを両親に頼むしかない。もちろん、主の周囲に危険が生じないよう、我の眷属と我もそばへ行く」


 声は聞こえるのにスペランツァは言葉を話しているようには見えない。不思議な状況だが、ライカッツ等その場に居る者達は事態を声を殺して見守っている。


「今、皇龍が目覚めようとしている。我は皇龍の命に従うと同時に主を守る。このことを覚えていていただきたい」


 スペランツァは静かに口を閉じる。何事もなかったかのように眠るスペランツァをライカッツは見つめ、そしてアイナに顔を向けた。


「どうやら、俺達の息子は本当に統龍紋所持者のようだ」

「ええ、でも、統龍紋所持者だろうと息子には違いありませんし、リブロの弟です」

「ああ、そうだな」


 ライカッツもアイナも、平凡な人生を送ってきたとは言いがたい。これからもいろんな事態と向き合うのだろうと二人とも覚悟はしている。嬉しいこともあれば苦しいこともあるだろうと考えている。だが、まさか統龍紋所持者の親になるとまでは思ってもいなかった。

 二人は静かに寝息をたてる愛息子まなむすこを見つめ、統龍紋所持者などという大変な役割を背負ったスペランツァの人生が少しでも幸せなものになるよう願った。



 ……スペランツァが産まれた時、二人と親しいヒューゴがドラグニ山の龍神の祠へ到着したところであった。

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