手にする力

 皇龍からの声が止まり、光に満たされた空間には沈黙だけがあった。

 社殿を真っ直ぐに見つめるヒューゴ、そのヒューゴの背後でイルハムとリナが事態の推移を固唾を呑んで見守っている。

 鳥や虫の鳴声も、風の音すらも聞こえない。

 世界が皇龍の言葉を静寂で待っているかのようであった。


『……本当に残念だ。今回もまた、我に代わる皇龍は生まれなかった。三千年以上も世界への責任を抱えさせられ、これからもか……』


 辛そうに答える皇龍の静かな声が、ヒューゴ達の胸に染み入るように響いた。

 前の皇龍はウル・シュタイン帝国初代皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアのはずだ。彼が亡くなってから七百年は経っていない。まして三千年など……。


「あなたはクリスティアン・マキシム・フォン・ロードリア……ではないのですか?」


『違う。クリスティアンは、その記憶と感情こそ我の中にあるが……』


「クリスティアンは皇龍ではなかった?」


『正確にはな。だが、皇龍であるとも言える』


「どういうことでしょうか?」


『皇龍とは人間にとって神のような存在だ。だが、クリスティアンはお前と同じように皇龍になることを望まなかった。皇龍の力の一部を使える人間となっただけだ。全ての力を自由に使えない存在だったが、この世界でと呼ばれても間違いではないな』


 ということは、皇龍の力の一部を借りられる可能性があるとヒューゴは気付く。


「お願いします。僕に、ヒュドラを倒す力を貸して下さい!」


『ヒュドラの再生能力はな、我を目指して手に入れた力なのだ。魔獣達の生命力を吸って再生させている』


「……」


『ヒュドラは、皇龍に憧れ、皇龍の高みへ至れなかった魔獣』


 ヒューゴは皇龍のつぶやきに似た独白をじっと聞いている。


『アレを倒すために必要なのは、魔獣から届く生命力を遮断する力。我の持つがあれば、簡単なこと」


「是非、その力をお貸し下さい!」


『貸すということは、お前にその力を授けることになる』


「ヒュドラを倒した後は失われてもいいのです」


『それは我でも難しい……いや、難しくはないが……。我の力をお前の生命に刻み込むことになるから、ヒュドラを倒した後にその力を奪うというのはお前の死を意味する』


 ヒューゴの背後で息を呑む音がする。リナとイルハムの二人が、ヒューゴの命が奪われるという話に反応した。だが、ヒューゴは目を閉じて言う。


「……死にたくはない。僕はまだ生きていたい。だけど、ヒュドラを倒す手段が他に無いなら……」

「ヒューゴさん!」

「ヒューゴ様!」


 命を落しても良いと続きそうなヒューゴの言葉を止めようと、リナとイルハムは彼の名を叫んだ。


『……覚悟はあるようだな……』


 リナとイルハムの悲愴な様子を意に介すこともなく皇龍は言う。


「嫌ですけど、それで僕の大切な人達が助かるなら……」


 ヒュドラが居る限り、魔獣達は統率のとれた動きをする。人間と比較にならない体力を持つ魔獣が今のまま人を襲い続けたら、帝国軍の消耗につれて被害は大きくなっていくだろう。避難させたベネト村の人達もいずれ襲われてしまう。そうならないために自分の命がどうしても必要というのなら使うしかないではないかとヒューゴは考える。

 リナ、パリス、ダビド家の人達、ライカッツやラウド、そしてイーグル・フラッグスの仲間達。

 皆の顔を思い出すと、まだ一緒に生きていきたいと強く思う。特に、一人残していくことになるリナを思うと胸の痛みは強くなる。子供も欲しいし、一緒にいろんなところへ旅もしたいと思っているけれど、それが叶わなくなる。そう思うと生きていたいと、死にたくはないという思いが広がっていく。

 しかし……と、ヒューゴが沈痛な思いと戦っていたところに皇龍の笑い声が響く。


『ワッハッハッハッハッハッハ……』


「何かおかしいですか?」


『すまぬ。もう一つあるのだ。お前の命を失わずに、ヒュドラを倒す手段がな』


「え? そ、それは……?」


『生きている間、我をお前に宿らせよ』


「どういうことでしょう……?」


『フフフ……どうしてこうも人間という生き物は……』


 何か思うところを楽しんでいるような皇龍の声をヒューゴ達は聞き、次の言葉を待った。


『士龍がお前の中に居たのとは少し違うが、似たようなものだと思えばいい』


「どう違うのでしょうか?」


『士龍は、心身が危険にならない限りお前の命令に絶対に従う。それはお前の見えない紋章インビジブル・クレストと士龍が繋がっているからだ』


「……」


『だが、我が宿るというのは、お前の中に我という別の生命を抱えること。お前と相談して、我が納得した時には力は貸そう。だが、命令に従うわけではないし、死にそうだというだけでは我は動かない』


「そ、それで、ヒュドラを倒せるのでしたら!」


『……ヒューゴと共に居る者達よ』


 皇龍はリナとイルハムに呼びかける。


「はい!」


『これから我はヒューゴの中に入る。だが、今のヒューゴの身体では我を受け入れることはできぬ。そこでヒューゴが耐えられるように身体を強化するのだが、時間が必要だ』


「はい」


『だいたい一日程度かかるはずだ。しかし、ヒュドラは魔獣をここへ向かわせている。お前達はヒューゴを守れ』


「判りました」

「この命に替えても」


 リナとイルハムが頷きつつ返事する。二人の瞳には力強い光が宿っていた。


『ヒューゴよ。社殿に触れよ。しばらく意識を失うことになるが、我とお前の仲間達を信じて眠れ』


 ヒューゴは振り返り、リナとイルハムを見る。二人は微笑みヒューゴに声をかける。


「ヒューゴさん、必ず守ってみせます。みんなも頑張っているのです。私もやってみせます」

「ヒューゴ様、ご心配なく。リナ様も守り抜いてみせます。鉄壁のゴーレムを使う者として存分に力を発揮してみせましょう」

「二人とも……悪いね。頼むよ」


 リナとイルハムはヒューゴに近づき、思いが込められ差し出された手に力を込めた手を重ねる。ヒューゴは二人の顔をそれぞれ見つめたあと祠に向き直した。

 社殿に手を触れ、覚悟を込めて言う。


「では、お願いします!」



◇ 第十三章 完 ◇

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