皇龍との問答
ドラグニ山頂上近くにある龍神の祠。
子供の大きさ程度の石造りの社殿を、雨よけのための木製の屋根がある程度の小さな祠。粗末な作りの祠だが、ベネト村では龍神が祀られていると詣でて掃除し供え物を供えてきた。
いつから、誰が作ったのか判らない祠で、社殿も小さなお墓のような石材を削っただけのもの。
十歳のヒューゴがベネト村へ来て任された仕事が、龍神の祠へ毎日詣でることだった。
今、リナとイルハムにロンドの背に乗せられて久しぶりにやってきた。
五感は戻ったが、まだ自由に動けるほど体力は回復していないヒューゴを、リナ達は両側から支えて祠の前まで連れて行く。
――久しぶりだな、ここに通っていたのはもう十年以上も前になるのか。
祠の前に両膝をついて座ったヒューゴは、昔毎日拭いていた社殿にそっと触れた。
すると、社殿が光り出した。何度も触れてきたヒューゴは、初めての出来事に驚きを隠せない。
光は社殿から広がり、ヒューゴ達を包み込み、そして辺りを照らした。
『ヒューゴよ、皇龍へ至る資格を持つ者よ、汝に問う。皇龍へ至ろうと願うか?』
ヒューゴだけでなく、イルハムやリナにも聞こえるように厳かな声が響いた。その声は男性のものとも女性のものとも判らない。
「答える前にお聞きしたい。あなたは皇龍……なのですか?」
『皇龍と呼ばれてきた存在なのは確かだ』
「ん? では皇龍とは……」
『この世界に生きる人間の悲しみや苦しみ、幸せを願う気持ちが生み出した存在が皇龍……我だ』
「人間が生み出した?」
人間の力を越える存在を人間が生み出したと聞きヒューゴは問い返さずにはいられなかった。
『この世界に龍族が存在しなかった時代、人間は今のような強力な武器も持たず、魔獣の脅威を日々恐れて生活していた。人間は願ったのだ。自分達を助ける存在を、魔獣を滅ぼす力を求め願った。その強い願いが我を産んだ』
「龍族が存在しなかった?」
龍族は人と共にずっと在ったと考えていたヒューゴは黒い瞳を開いて驚く。
『龍族は我が作り出した種族。
「
龍族だけでなく
『そうだ。
「それじゃ
ずっと抱いていた、もっとも聞きたい問いをヒューゴは投げかける。
『お前ももう判っているだろう。
「では、僕は生まれながらに士龍を使役する
『違う。お前は純粋な
「純粋な
『
「では、僕は他の人達と違う人間なのですか?」
他と異なるという事実は、幼い頃に受け入れた。だが、今ではそうは思っていなかったところに、他とは違うと言われてヒューゴはムキになって問う。
『慌てるな。人間種としてという意味であれば、同じ人間だ。我は
「
『それは違う。人は持っていて当たり前の力を失うことを恐れる。
「僕は、僕のような
『正確にはそうではない。
「でも、持っていると……」
『そうだ。
「では、僕のような
『人間の可能性を見いだす存在。その可能性の一つが
「
『皇龍とは、生命と生命体を操作する存在」
「どういうことでしょうか?」
命を生む、命を奪うというなら理解できる。だが操作となるとヒューゴには理解できない。
『生命体に対して絶対の力を持つ。龍族のような新たな生命体を生み出すことも可能』
「それでは神ではないですか……」
『人間の考えで言えば、そうとも言える』
「そんな存在に僕がなれると?」
『さてな。それは時代毎の皇龍が定めに従って決める。この時代では我のことだが』
「皇龍の定めというのは……」
『皇龍が新たな皇龍を決めること。新たな皇龍が世界をどうするのか決めること』
「そんなことが許されるのですか?」
世界の有り様をたった一人の人間が決めることが許されて良いのかヒューゴには納得できない。
『皇龍となったこれまでの人間も同じように考えた。だが、考えてみるがいい。例えば、帝国の皇帝が決めたことに帝国民は従う。他の国も同じだ。それが世界だからといって違いはあるのか?』
「言われることは判ります。しかし、そんな資格が僕にあるとは思えません」
『資格など誰にもない。存在するのは実行する者としない者だ』
「……僕には判りません」
『さて、皇龍とは何かはおおよそ理解しただろう。ではもう一度問う。皇龍へ至りたいか?』
「……ヒュドラを倒すための力だけ貸していただけないでしょうか?」
『生命を自由にする力はいらぬと?』
「はい、世界への責任など持てそうにありません」
『……もう一度確認する。ヒュドラを倒せさえすれば良いのか?』
「はい。あとは人間が人間の努力で何とかすべきもののように思います。もちろん、力をお貸しいただけるなら有り難いですが、少なくとも、僕一人の考え次第で世界が変わってしまうなんて嫌です」
『そうか、残念だ』
ヒューゴの返答を確認した皇龍は沈黙した。
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