祠へ

 倒れる前に見かけたリナの魔法で、毒の浸食による痛みは消えた。しかし、治癒魔法をかけ続けているにも関わらずヒューゴは目を開けられずにいた。

 

 ――思っていたより体力を奪われたのか。


 残り少なくなっていた体力を毒によって奪われたのだろうと理解した。

 この感覚は以前に士龍化して限界まで体力を削られた時と同じ。解毒された以上、時間さえ経てば体力は戻る。しかし、その間に戦線がどうなるのかを思うとヒューゴの気持ちは焦る。


『……祠へ来るのだ……』


 士龍とは違う意識が、焦りを抑えられずにいるヒューゴに触れた。


 ――祠? それに、誰だ……。


 声に聞き覚えはあるが、誰かは判らない。


『皇龍が呼んでいるのだ』


 士龍がヒューゴに伝える。その意識には強ばった感じがある。この先に何が起きるのか士龍は知っているとヒューゴは感じた。


 ――祠ってどこだ? そして……。


『皇龍と話せば判る。祠は、ドラグニ山でお前が幼い頃通っていた龍神の祠のことだ』


 ――だが、僕は目も開けられないんだ。


『そろそろ金龍が着く。統龍紋所持者も一緒だ。その者がお前を迎えに行く』


 士龍の意識がヒューゴから離れていくのを感じる。ヒュドラとの戦いに集中したとヒューゴは判った。


 ――例の皇龍の定めとやらか?


 いずれにせよ、動けないヒューゴはリナの治癒魔法に身を任せているしかない。

 金龍の統龍紋所持者メリナが来るまで何もできない。


 聞こえてくる……兵を指揮するルークの叫びは、魔獣との戦いが熾烈なものになっているのを感じさせる。紅龍が到着するまで、あと三日くらい。それまで保って欲しいと、動けないことを歯がゆく感じているヒューゴは祈るしかできない。

 上手くいけば、ベネト村とウルム村の避難を終えた飛竜が順次やってくる。そうなれば、魔獣などどうとでもなるから、とにかく時間が欲しいとヒューゴは焦る。


 ヒュドラはヒューゴ達の手が足りないことを見越して作戦をたててきた。これまでは量に対して質で対応してきた。だが、質で対応するには限界があることを思い知らされた。大陸周辺に魔獣を派遣されるところまでは予見できなかった。一箇所一箇所を制するのは難しくないが、おかげで最大敵戦力に対抗する戦力が乏しい。


 ヒュドラを魔獣達から分離し誘導して個別に対応しようと考えている。ヒュドラから離された魔獣だけならば、帝国軍で何とかなる。

 だが、分離するにはヒューゴと統龍達が必要。ヒューゴで誘導して統龍達でヒュドラの行動を制限する。そのヒューゴが動けなくなると作戦そのものが機能しなくなる。現状そうなっている。


 士龍から伝わってくる戦況は、膠着状態と言っていい。

 ヒュドラの攻撃範囲に入らないように帝国軍は動きつつ魔獣と戦っている。現在、行動に制限があるのは、士龍の攻撃で減ることを気にしない魔獣達ではなく帝国軍のほうだ。おかげで魔獣掃討が思うように進まず、ルークが用兵に苦労するのも無理はない。


 皇龍の定めとは何なのか?

 そしてヒューゴが皇龍と成れるのか?

 これらの情報が不明なまま、祠へ向かっていいのか?

 今は膠着状態にあると言っても、昼夜問わずに攻めてくるだろう魔獣相手に、帝国軍が戦線をいつまで維持できるのかも判らない。

 不安だけがヒューゴの中でどんどん大きくなっていく。


『金龍が来たぞ。ヒュドラは任せて、我は魔獣どもの退治に移る』


 士龍から報告が来た。


 ――金龍と士龍が協力してヒュドラを抑えた方が良いんじゃないのか?


『ヒュドラの後背から王国軍が侵攻してきている。我らが人間を攻めるのは、お前の望むところではあるまい。王国軍は帝国軍に任せる。人間同士で戦うならば……』


 ――ダメだ。メリナが金龍と一緒に来ているなら、王国軍へ撤退するよう説得してくれと伝えてくれ。メリナが説得している間、金龍はメリナから離れられないだろう。士龍はもうしばらくヒュドラの相手を頼む。


『しかし、お前を祠へ連れて行かねばならん。お前が祠へ向かったと判ればヒュドラは魔獣を向かわせるだろう。ヒュドラはお前の気配を掴んでいるだろうからお前の居場所は必ず判る。動けぬお前を誰かが守らねば……』


 手に力を込めると動くのを確認した。リナの魔法のおかげで少しは体力が戻ってきたのだろう。この分なら……と口を開き声を出す。


「リナ……」


 目はまだ開けられないが、声は出た。


「ヒューゴさん!」

「イルハムは……」

「ヒューゴ様、おそばに控えております」

「僕を……ドラグニ山の……龍神の祠へ連れて行ってくれ……、場所はリナが知っている……」


 まだたどたどしくしか言葉を出せないが、それでもゆっくりとなら話せた。やっと気付いたが、リナがヒューゴの手を握っている。ヒューゴはその手を握り返す。


 ――龍神の祠へは、イルハムとリナに連れて行って貰う。士龍……この場は頼んだよ。


『メリナが王国軍を説得したら……我も向かうぞ? いいな』


 ――ああ、頼む。


「イルハム……僕とリナをロンドに乗せて……祠まで……」

「判りました」


 ヒューゴが祠へ連れて行けという理由はイルハムは判らない。だが、戦いが続いている状況を理解しているヒューゴが言うのだと、疑問を挟まずに返事した。

 イルハムはヒューゴの肩を身体で支えて立ち上がらせる。リナが逆側の肩を支えた。

 二人はヒューゴを連れて、身体を低くして休んでいるロンドへ歩き出した。

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