負傷
――仕方がない。
肉体を強化するだけでは、一斉に襲いかかってくる魔獣の塊を処理できないとヒューゴは判断し士龍化した。ヒューゴの身体を中心に紫色の光が広がり、それに触れた魔獣は弾かれる。
これで当面ヒューゴの身は安全だ。
問題は、体力を急激に消耗するから、この状態を長く維持できないことだ。そして、士龍化したまま攻撃し力を出し切ってしまえば、数日動けなくなることだ。
金龍、紅龍、帝国軍が到着するまでは、ヒュドラも魔獣達もここらに留めておかなければならない。ヒューゴがこの場に居るから敵は散らばらない。ベネト村やウルム村の住民の避難はまだ終わっていないはず。彼らのもとへ魔獣が向かわないようここから離れるわけにはいかない。
ヒューゴは士龍化したまま、士龍に向けて駆けた。
「士龍! こいつらを薙ぎ倒してくれ!」
ヒュドラの相手している士龍もこの場を離れるわけにはいかない。とにかく、魔獣の数が減るまで、統龍達が来るまではここで何とかするしかない。
『判った。それより、大丈夫か?』
ヒュドラにブレスでダメージ与えながら、ヒューゴを追う魔獣の群れを太く長い尾で地面を洗うように士龍は薙いでいく。魔獣の多くが士龍の尾によって跳ね飛ばされていった。
士龍化を解き、ヒュドラとの戦いの邪魔にならないよう再び士龍から離れる。
「正直、困ったよ。今のでごっそり体力を削られた」
『もう少しだけ頑張れ、金龍がすぐそこまで近づいている』
士龍の励ましに応えるように、ヒューゴは残った魔獣に剣を振るった。
一頭、また一頭と敵の数を減らしてはいるが、グレートヌディア山脈から次々と魔獣は現れる。
――魔法が使えないというのは、こういう時ほんと辛いな。
範囲攻撃が可能な魔法が使えれば、複数を相手にできる。しかし、ヒューゴは魔法は使えない。短時間なら士龍化で強力な範囲攻撃を使える。だが、使ってしまえばそこで体力は空になる。士龍や他の支援を当てにできない状況では、体力が空になった時点で死と同意だから使えない。
――人間一人でできることなんかこんなものだよな。……でも……だからこそ……。
迫る爪を避け、魔獣の腹を剣で切り裂く。そして、ヒューゴは剣を握る手に力を込めなおして叫ぶ。
「僕は……僕は! 一人じゃたいしたことがないとしてもだ! 負けるわけにはいかないんだ! うぉおおおお!」
有効なダメージを与えられないのに、ヒューゴの体力を減らすためだけに命を賭けているとしか思えない魔獣の突進を受け止め剣を振り続ける。転がる死体に足をとられないよう、次の獲物に向けて跳ねていく。
ハァ……ハァ……ハァ……
肩で息をしながら敵から距離を取り、囲まれないよう位置取る。
――まだか、まだか……。
戦いを始めてからどれくらい時間が経ったのかは判らない。かなりの時間戦っていると思うが、実はさほど時間は経ってないのかもしれない。
だが、ヒューゴの体力の底は近づいている。はっきりしているのはそれだ。
士龍化をもう一度使えば、確実に身体を動かせなくなる。だから敵に意表を突かれるような状況に陥ってはいけない。囲まれてはいけない。
行動に制限が増えていることが、ヒューゴの精神も削っている。
――弱気になるな。ヒュドラを倒す方法も見つかっていないんだ。倒れるわけにはいかない。
背後からドドドドドという地鳴りのような音が聞こえた。また、魔獣が想定外の方向から現れたのか? とヒューゴはグレートヌディア山脈側の魔獣達から距離をとって振り向く。
――帝国軍! 予定より随分早い。……だけど、助かった……。
ホッとして気を弛めたヒューゴの肩に熱く鋭い痛みが走る。
「あ!」
痛む場所を見ると、ベットリとしたドロドロの液体が付いている。鎧の隙間からヒューゴの身体に触れているようだ。
――毒か? まずい!
残る体力をかき集めて、近づく魔獣から逃げるようにヒューゴは帝国軍向けて駆ける。
「皇佐補ヒューゴ殿を救え!」
全力で駆ける騎馬隊の中からルークの声がヒューゴの耳に届く。ヒューゴの脇を無数の騎馬が通り過ぎていった。
ヒューゴの前に一頭の馬が止まり、ルークが降りてきた。
「大丈夫か!」
「ああ、ルークさん、助かった……。肩を毒でやられて……あと体力も……」
「誰か! 解毒と治癒魔法を使える者を!」
ガタッと膝をついたヒューゴの身体をルークは支える。
ヒューゴの意識はまだはっきりしている。だが、毒のせいか立っていられないようにルークには見えた。
「ヒューゴさん!」
帝国軍の到着に気付き、イルハムにも休憩をと考えたリナが、ロンドで上空低いところから叫んでいる。部隊を魔獣に向け終えたルークの近くにロンドを降ろし、リナはヒューゴのもとへ駆け寄る。
「ヒューゴさんの鎧を……」
イルハムがヒューゴの背後にまわり、鎧を外していく。
患部が見えると、リナは口に手をあてて「酷い」とつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます