対ヒュドラ戦(その二)

 士龍の戦闘参加により、ヒューゴはひと息つけた。今の内に体力を回復させておかなければと更に北側へ移動し、休める場所はないかと探していた。


 上空ではラダールが、コウモリのような飛行型の魔獣数体を鋭い爪とクチバシで引き裂いている。誰も乗せていないラダールの飛行速度に魔獣はついていけない。突如襲われ反撃しようとしても、その身体は既に素早く通り過ぎて離れている。噛みつこうとしても爪で襲いかかろうとしても、まったく当たる気配がない。

 他の地域より強力な魔獣が棲むドラグニ山で、ドラグニイーグルが王者然としていた理由がヒューゴにも判る。巨大で強靱な肉体、堅いクチバシ、鋭い爪を備え、その上移動速度が今見えている魔獣とは違いすぎる。飛竜を除けば、空中でラダールの相手になる生き物はいないとさえ思えた。


 ――ラダールに任せておけば、空中の支配はできそうだな。


 上空から襲われる心配はなさそうだ。だが、さすがのラダールでも次々襲い来る魔獣を相手にしているのだから、地上までは対応できそうにはない。


 やはり少しでも疲労をとり、体力の回復すべきとヒューゴは判断する。


 士龍のほうを見ると、ヒュドラの鎌首を距離を取って避けながらブレスで傷を負わせているのが見える。士龍が顎を開き何かを放つと、ヒュドラの身体に無数の傷が生じているのがヒューゴの居るところからも判る。


 しかし、事前に教えられていたように、血しぶきをあげるほどの傷を負わせても傷口はすぐ塞がり、ヒュドラには堪えている様子がない。矢継ぎ早に、長く鋭い牙を見せる十三本の鎌首を次々と士龍目がけて振り回している。


 足止め。

 士龍がしているのはヒュドラの進軍を止める足止めに過ぎない。


 ――ヒュドラの体力が尽きることはないのか?


 士龍が相手しても、北側に居るヒューゴに徐々に近づいてくる。

 ヒューゴを追ってくるのは想定内。だから、状況は予定通りなのだが、あの士龍でも止められない事実を目にするとヒューゴも恐怖を感じる。


 ――金龍と紅龍を含めた三頭でもやはり押さえられないのか?


 息を整え、更に北へ向かい足を動かす。握り、そして開いて剣をずっと握って強ばっている手を確認する。


 ――握力は鈍っていない。


 息が整ってきたせいか、先ほどよりは足も軽くなった気がする。「よし」と気合いを入れて士龍に話しかけた。


「雑魚は通してもいいよ。士龍はヒュドラに集中してくれ」


『もうしばらく休んでいてもいいのだぞ?』


「長丁場になるんだ。金龍や紅龍が来るまで僕と士龍で対処しなくちゃいけないんだから、役割を分担しないとね」


『我等龍族をおまえ達人間と一緒にするな。統龍は十日やそこら休まずに戦い続けることなど容易い』


「十日やそこらで済めばいいんだけどね」


『そんなことよりヒュドラを何とかする方法を考えろ』


「倒さずに動きを止める方法か」


『そうだ。皇龍になれるか判らんのだから、それしかあるまい。それともやるだけはやりましたと言って負けを認めて死ぬか? まぁそれは我が許さぬが』


「蛇の親玉みたいなヒュドラも冷気には弱いんだろうか?」


『さあな。銀龍が居れば試してみられたがな。銀龍紋所持者が居ないのだからアレはグレートヌディア山脈のどこかで昼寝しているだろうよ。少なくとも人間の魔法程度の冷気ではどうにもなるまい』


 十数頭の狼のような魔獣が士龍の脇を抜け、ヒューゴに向かってきているのが見えた。


「とりあえず、魔獣の数を減らしヒュドラだけに集中できるようにしないといけない。じゃあ、僕も復帰するよ」


 剣を握り、その感触を確かめる。先ほどと変わらず、重く感じることもない。完全ではないにしろ、戦うには支障のない程度には疲労は消えているとヒューゴは判断した。


 ――行くか。


 士龍側から迫る魔獣を視野にいれ、どれから倒すかを決める。地面を蹴り、一直線に一頭に向かい、剣を横から躊躇いなく振り抜く。


 手に残る肉を切った感触。

 土煙に混じる血の匂い。

 苦しみ叫ぶ魔獣の呻き声。


 それらを確かめる間もなく次の獲物へ向けて足に力を入れた。


 ヒューゴの魔獣の倒し方はシンプル。敵正面に現れ、向かって来たところを横に滑り込んで首から胴体に向けて剣を滑らせる。切るときも相手の突進力を利用し、自分の力はあまり使わずに済むようにしている。

 魔獣の横へ滑り込む時に士龍の力を使い、敵の牙や爪を避けて切る。敵の数は数万。そのうちヒューゴが相手にする数は判らない。だから、体力を極力使わずに倒すことを心がけている。


 数頭の魔獣を倒した後、敵に囲まれない位置を確保するために移動し、そしてまた敵を斬る作業へ移る。ヒューゴの動きに魔獣は追いつけず、このままであれば、怪我をすることもなく金龍達の到着まで耐えられる。士龍もヒューゴも、また様子を見ながら戦っているイルハムやリナもそう思っていた。


 だが、ヒュドラもこの構図になることは予想していた。士龍の相手をしながら笑い出す。


「グハハハァ、ベネト村とウルム村を襲わずに取り囲んでいただけだったことを思い出すがいい」


 グレートヌディア山脈側の林から、ヒューゴ目がけて一万以上の魔獣が雪崩のように襲いかかってきた。

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