統龍と紋章所持者

 馬を駆けさせ、金龍と並んでヌディア回廊を進むメリナは、士龍からの状況報告を金龍から受け取っていた。


「……そうか、急がねばな。あと半日、半日あれば回廊出口に到着できる」


『だが、到着したあとはどうする? 雑魚は倒せるが……』


「それを今考えても仕方ない。確かにヒュドラは倒せないが、我らも倒されはしない。とにかくヒューゴを守るのだ」


『あの者が皇龍になると決まったわけではないぞ?』


 金龍の問いにメリナは一瞬言葉に詰まる。


「……そうだな。だが、ヒュドラが復活した以上、賭けるしかあるまい」


『賭けか……。メリナよ、お前も人間が大事なのか?』


「ああ、そうだ」


『だが、魔獣も命をもつのだぞ?』


「命の奪い合いが生きるために生じる世界だ。人として生まれたからには、人のために生きる。人として生きる。そのために魔獣の命を奪わねばならないならば、私に躊躇いは無い」


 馬上から先を見据えるメリナの瞳に揺らぎはない。


『フッ、おまえは生きるための覚悟を固めている。だが、あの士龍を宿した小僧はどうかな?』


「迷うのも、悩むのも生きるために必要なこと。まだ覚悟が固まっていないとしても、それでヒューゴの価値が低くなるわけではない」


『だがな? アヤツから迷いが消えるのを世界は待ってくれぬ』


「だから我々がいるのだ。彼の迷いがどこへ向かおうとも支えてやらねばならぬのだ」


『その先におまえが望まぬ結末が待っているとしてもか?』


「生きるとは、未来に待つかもしれない理不尽を受け入れてなお前を見ることだ」


『お前のその強さをあやつが持っていれば良いのだがな』


「私には私の、彼には彼の強さと弱さがある。そのどちらが上というわけではないさ」


『皇龍はあやつを選ぶかな?』


 回廊の先を見つめるメリナの目に迷いが生じる。その後すぐ、迷いを振り切るように言葉を続けた。


「判らん。だが、選ばなかったとしてもだ。それは彼の責任ではない」


『皇龍が誕生しなかったとしたら、ロマーク家を失ったお前はどうする?』


「信じる道を進むさ。それしかできん」


『……我はおまえと共に歩むだけだ。……好きにするがいい』


 金龍の意識が外れたことをメリナは感じた。金龍ももうじき出会う敵との戦いに備えているのだろう。


 ――皇龍が誕生するかどうかなど判らなくていい。可能性があるのは判っている。それだけでいいんだ。ヒューゴが皇龍にいつまでもなれなくても、それは彼の責任ではない。私達は私達にできることをする以外にない。とにかく可能性を潰さないことだ。


 左右の高い崖が、目の前に続く道を塞ぎそうな思いを振り切るように、メリナは鞭を振りおろした。



◇ ◇ ◇


 帝都近郊での魔獣掃討を終えたダヴィデ・サヴィアヌスは、疲れた身体をおしてパトリツィア・アルヴィヌスが待つ後衛本陣へ歩いていた。


 ――まったく、疲れるから実戦は避けたいってのにウジャウジャ出てきやがって、数年分働いた気がするぜ。


『おい、ふざけたこと考えていないで、これからのことを指示しろ』


 蒼龍が怒ったような意識をダヴィデに伝えてきた。


「ちょっと愚痴ったくらいで怒らなくてもいいだろう? 帝都近郊の沿岸には水竜を四頭ほど配置して、他は大陸北側の魔獣を退治してくれ」


『我はどうする?』


「士龍達は、グレートヌディア山脈北側へヒュドラを誘っている。そちらへ向かって、海から牽制して欲しいところだが……」


『クラーケンも放っておけないと言いたいんだな?』


「ああ、数頭ならまだしも、大陸沿岸全域に送り込めるほど水棲魔獣を使役する力はヒュドラはないだろう? クラーケンが力を貸したと考えるべきだ」


 陸上の魔獣王がヒュドラならば、海中で最強の魔獣はクラーケン。水棲魔獣はクラーケンに従っている。イカとタコのキメラのような巨大魔獣は深海に棲む。ヒュドラがどのようにクラーケンと折り合いをつけて水棲魔獣を利用させて貰っているのかは判らない。だが、多数の水棲魔獣の利用を可能とするのにはクラーケンの協力が必要だ。


『では、我はクラーケンをってくれば良いのか?』


「おまえも俺に感化されちゃったねぇ。以前ならってくるなんて言葉使わなかったんだがな」


 昔は馬鹿丁寧な言葉使いしていた蒼龍が、ダヴィデそっくりなのを苦笑する。

 

『……この際、魔獣どもをとことん減らした方が良いのではないか?』


「本当はそうしたくないんだがな。魔獣も生き物には違いない。無闇に減らすのは好まないんだが……」


『ではクラーケンを倒すだけにしておくか?』


「いや、あいつらはヒュドラに協力したんだ。今回は痛い目に遭わせる」


『絶滅しない程度まで減らせということだな?』


「ああ、そういうことだ。水竜達にもそう伝えてくれ」


『あいつらも張り切ることだろうよ』


「おまえは?」


『きっちり思い知らせてやるよ。これから千年は龍の顔など見たくないと思わせてくれる』


 いつになく熱くなっていると感じたダヴィデは、一言注意する。


「張り切りすぎるなよ。士龍達とヒュドラの戦いに参加できないからってな」


『おまえがもっとも悔しいのだろう?』


 確かに、陸上では力が半減する蒼龍ではヒュドラと戦えない。蒼龍化して戦うのも体力面を考えれば短時間。他の統龍紋所持者ほど支援できないのは悔しい。だがそれを今更言っても始まらない。


「悔しくないと言えば嘘だが。俺はそれなりに手伝えるから、それで良しとするさ」


 首をすくめて、やや不満を残して答える。


『では、お前は紅龍とともに士龍のもとへ向かう。我はクラーケンの足を全て喰らってくる。それでいいか?』


「ああ、頼んだ」


『士龍の奴、身体を取り戻して戦うつもりだぞ。……急いだ方が良い』


 「そうか」と返事した時には蒼龍の意識は既にダヴィデから離れていた。

 

 ――せっかちな奴だ。


 ダヴィデは苦笑し、パトリツィアが待つ本陣へ急いだ。士龍が龍の身体を取り戻して戦うということは、ダヴィデ達が想定しているより危険な戦いがヒューゴに迫っている事実を示す。 


 ――パトリツィアと紅龍がヤキモキしていることだろう。ま、当然か……。

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