迎撃準備

 ルイムント・クリフソス達と合流したヒューゴは、バスケットに居る人達の中央方面基地への避難を指示した。そして、全員の避難を終えたらレーブの指示に従うよう伝え、ヒューゴは再びラダールに乗る。


 ――さあ、本番だ。


 予定ではそろそろヌディア回廊の出口までヒュドラ達は迫っているはず。ルーク率いる帝国軍もあと半日か一日で到着する予定だ。ヒューゴが為すべきことは、ベネト村とウルム村の住民が避難を終えるまでヒュドラの足止めをすること。そして統龍達が到着したら、彼らと交代しながらヒュドラを弱らせ魔獣の大軍を殲滅すること。

 残念ながら、ヒュドラの討伐は今のところ予定にはない。戦いながら、解決策を探すしかない。

 しかし姿を見せている間は、攻撃はヒューゴに集中するはず。それが判っているだけでも、仲間達や帝国の民への被害は減るはずだから良い。


 皇龍になるためには何が必要なのか?

 今のヒューゴに足りないものは何なのか?

 ……今もまったく判らない。


 そもそもヒューゴが皇龍になれるのかも判らない中、皇龍にしか倒せないというヒュドラの相手をしなければならない。気が遠くなるとヒューゴは感じているが、今更弱音を吐いても仕方ないと考えないようにしていた。


「さ、降ろしてくれ」


 囁くように伝えると、ラダールは急降下していく。頬に当たる風はいつものように心地良い。だが、誰よりもヒューゴ自身がこれからの戦いに不安を感じている。その不安をこの風が吹き飛ばしてくれないものかと思っていた。


 大地に降り立ち、ヒュドラ達の到着を待つ。上空から監視するよう伝えてラダールを放った。


『我も少し離れる。意識を身体に移して戻ってくるから、無茶はするな』


 ――士龍化は使える?


『ああ、これまでと変わらんよ。我との会話は意識を向けさえすれば、どこにいようと可能だ』


 フッと士龍の意識が消えるのをヒューゴは感じた。これまでは意識を士龍に向けるとそばに居ると感じられたが、今はそれはない。


 ――心細いのか?


 ヒューゴはつい苦笑する。

 人の力でできるだけ解決しようと龍族の力はできるだけ使わないと考えていた。最近やっと戦争での使用は躊躇わなくなったとはいえ、「人として」ということに拘ってきた自分が、士龍が離れたことに少し心細さを感じている。

 そんな自分が可笑しかった。

 やはり頼っていたんだと実感しつつ、だが、それではいけないと気持ちを入れ替える。


 ――無紋ノン・クレストであろうと皆と同じようにできると証明したかったんじゃないか。


 相手がヒュドラだからといって、何でも龍族の力に頼ってしまうのはいけない。少なくとも気持ちだけは、人としての可能性を信じなくてはいけない。

 そうでなければ、自分自身に自信を持つことなどできない。

 そうでなければ、無紋ノン・クレストだろうと関係ないなどと言えない。


 龍は確かに強い力だ。だが、力に頼るだけではいけないと信じてやってきた。

 それを証明するためには、今この時も人としての自分を信じなくてはいけない。

 他の誰でもない。士龍でもない。自分を信じることが大切。


 ヒュドラとの力の差を埋めるために士龍等龍族の力は借りる。

 だが、戦いに向けた気持ちはヒューゴだけのものだ。

 恐怖に抗い、足を進めることができるのはヒューゴ自身の気持ちだ。


 ――強く、強く、気持ちを固めろ。もっと熱く高めろ。


 少し震える拳を強く握り、そして深く息を吸う。

 目を閉じ、仲間の顔を一つ一つ思い浮かべる。

 ……そしてリナの顔を。


 ――そうだ。弱気になってどうする。心細くなってどうする。大好きなみんなを守りたいんじゃないのか?


 上空でグァアア! とラダールが鳴き、敵の接近を知らせる。

 フウッと息を吐き、腰から剣を抜く。そしてカッと瞳を開いた。


 地鳴りのように低く響く大軍の足音が聞こえる。

 ヌディア回廊の奥に土煙が見え始めている。


 ――そこまで来ている。さぁ始めるか……。


 剣を両手で握りしめ、回廊の出口に立つ。

 近づく足音に混じって、獣のような叫び声も聞こえてきた。


 ドンッという音と共に、見慣れた巨大なゴーレムが姿を現わした。

 そして回廊の出口に厚い土壁が地面から出現する。

 上空のどこかからイルハムが、魔獣の突出を防ぐために魔法を使用したのだろう。


 ヒューゴは振り返らず、壁を越えてくる敵を倒すと集中する。


 ――もうじきだ、もうじき……。


 士龍が戻ってくるまで敵を攪乱する、まずそれだけに集中するのだと、首を回して緊張をほくす。 

 心臓の鼓動が速くなっているのが判る。手と背中に汗もかいている。

 士龍の力を手に入れてから初めて感じる緊張に、ヒューゴは必要以上に焦るなと自分を戒めていた。

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