出陣

 ルイムント・クリフソス等元近衛兵と元近衛兵十数名がバスケットへ向かっているはず。ベネト村から派遣されてる村人と商人等訪問者を彼らに避難させることをヒューゴは決めた。

 ベネト村の脱出が始まり次第、ヒューゴはバスケットへ向かう予定。

 またウルム村に派遣されているダニーロとケーディアへは飛竜を使った脱出を、ブロベルグへ派遣されてる隊員……フレッドとアンドレへは飛竜と共に帝国軍に協力し魔獣退治を行うことをアーテルハヤブサで指示する。


 これらの仕事を終えたヒューゴはリナの待つ治療所へ向かった。

 治療所へ入ると、ライカッツがアイナと共に居た。


「ヒューゴ、これからどうするんだ?」


 挨拶も抜きに険しい表情のライカッツが尋ねてきた。


「ベネト村を一旦捨てます。ここに居ては動きがとれませんので。今、スタニーさんとダビドさんが相談しているはずです。決まり次第、飛竜を使って皆を避難させます」

「……ということはウルム村もだな」

「そうです。帝国軍の中央方面基地で受け入れ準備していますので、そちらへ向かって貰います」

「俺は何をしたらいい?」

「ライカッツさんは、アイナさんを含めた……ここにいる人達の避難を手伝ってくださると助かります」

「そうか……」


 歯切れの悪いライカッツにヒューゴは訊く。


「どうかしたんですか?」

「いや、アイナに二人目の子が……それももうじき生まれる予定でな……」

「そっかぁ……でしたら……飛竜の移動途中で、随時休憩とれるように……」

「そうしてくれると助かる」


 ヒューゴはライカッツからアイナへ視線を移して声をかける。


「アイナ、大丈夫。安全な場所を選んで休憩をとるようにするからね」

「ええ、私は大丈夫なんだけど、ライカッツが心配性で……」

「それは仕方ないよ。大事な奧さんと子供なんだ。長男の……リブロは?」

「カディナやサーラ達が幼い子達の面倒を見てくれているの。そこに居るわ」


 気丈に微笑むアイナの後に続いてライカッツが話す。


「そっちにはラウドが付いている」

「そうですか。では、ラウドさんとも話しておかなきゃな……」

「おまえは忙しいだろう。ラウドには俺の方で伝える。どのみち子供と親を離すわけにはいかないからな」

「じゃあ、ダビドさんとも相談して、飛竜に乗る集団を決めてください」


 細々こまごまとしたところまでヒューゴが関わる余裕はない。ライカッツ等が居れば悪いようにはしないだろう。また、ダビドが皆をまとめてくれるだろうし、スタニーも居るから心配はない。

 

「ではお願いします」


 そう言って、ヒューゴはリナの姿を探した。治療所の奥で、リナの長いシルバーブロンド髪を見つけて近づいていく。リナは背中の紋章クレストを光らせて具合悪そうな女性に魔法を使っていた。

 治療が終わるのを待って、ヒューゴは声をかける。


「リナ」


 振り向いたリナは落ち着いていた。優しく暖かいブラウンの瞳を見て、ヒューゴは安心する。


「ロンドにイルハムを乗せて、一緒に行動してくれるかい? ラダールには空中型の魔獣の相手をして貰うからね」

「判ったわ。そうする」


 立ち上がったリナを連れてイルハムのもとへ向かう。会議所の前で隊員達に指示しているイルハムにリナを預ける。


「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。イルハム、リナのことは頼んだ」


 イルハムが頷き、ヒューゴはリナに「くれぐれも無理はしないでくれよ」と微笑む。「ヒューゴさんもね」とリナが返し、ヒューゴの頬に唇を当てて抱きしめる。

 リナを離してもう一度その瞳を覗き、「ああ」とだけ答えた。

 イルハム達に背を向け、ヒューゴはラダールが待つ村の外へと歩き出す。


『各地から余剰となった飛竜がこちらへ向かっている』


 士龍が状況を報告してきた。


 ――ああ、とりあえずはベネト村とウルム村の住民の避難を優先させてくれ。


『紅龍と金龍もこちらへ向かっているが、金龍はあと二日、紅龍は六日はかかるだろう』


 ――そうか、じゃあ、まずは二日保たせれば……。


『……我も身体を取り戻そうと思う』


 ――それはどうやって?


『なに難しいことではない。だが、我はおまえから離れることとなる』


 ――他の統龍紋所持者と同じになるだけじゃないのか?


『そういうことだが、お前の身体の状態を把握するのが難しくなる』


 ――ああ、命に危険が迫ったとき、僕の意思に左右されずに身体を動かせなくなる……そういうことかい?


『そうだ。本来ならば、皇龍として目覚めるまではお前から離れるつもりなどなかったのだがな』


 ――今回はそうもしていられない?


『相手がヒュドラだからな。動きを押さえるためには、そうするしかない』


 ――苦労をかけてる?


『仕方があるまい。お前の意思は尊重せねばならぬ』


 ――悪いね。でも僕は……皇龍になれるかどうか判らないのにヒュドラから逃げているわけにはいかない。


『フッ、判っておるさ。だがな? いいか? これ以上は危険すぎると判断したら、お前を戦場から連れ去るからな』


 ――その場合は、イルハムとリナもだよ?


『案ずるな』


 士龍との会話を終えたヒューゴの目の前には地面に伏せたラダールが居る。その瞳はヒューゴをしっかと見つめていた。


「ラダール。心配してくれているのかい? ありがとう。でも大丈夫さ、これまでと同じだよ」


 手綱を手に取り、空いた手で黒い背を撫でる。


「僕を降ろしたら、空に居る魔獣は手当たり次第に倒していいからね? でも無理はしないでくれよ」


 背に手をかけて地面を蹴る。ラダールの背に乗ったヒューゴは首元をもう一度撫でた。


「さぁ、行こう。僕とお前の空へ」


 ヒューゴが言い終えると、グゥアア! と一声あげて地面から放たれるようにラダールは空へ舞う。

 バサァッと羽音をたてて青い空へ上昇していき、見守る村人達の視界にはどんどん小さくなっていった。

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