避難準備

 ヒューゴがベネト村へ到着した時、周囲は幾重にも魔獣の群れが囲んでいた。


「ヒューゴ!」


 ラダールで降りてきたヒューゴの姿を見つけたスタニーが、魔獣襲撃に備えている村人達の中から駆け寄ってきた。


「スタニーさん。急ぎ相談があります」


 ラダールから飛び降りたヒューゴはリナを降ろすと話し出す。


「ベネト村を一旦捨てて下さい。飛竜で帝国軍の中央方面基地へ避難するんです」

「村を捨てる?」

「はい、このままでは、敵を倒す前にこちらが疲労し戦えなくなります」


 魔獣が襲ってきてから、既に五日。昼夜交代で見張っていると言っても、いつ襲ってくるか判らない状況に村人達も相当疲れている。ヒューゴの意見はもっともだとスタニーも理解した。

 しかし……、


「村を捨てて避難するにしても簡単じゃない。大人は飛竜に乗れるだろうが、子供は……」

「大人一人に子供一人をロープで繋いで乗るしかありません。今は、ここから脱出することが先決です」

「具体的な段取りはどうする?」

「イルハムにゴーレムで村の周囲を囲って貰い、上空は飛竜で制圧します。飛竜はともかくイルハムの体力には限界がありますので、避難を始めたら急ぐ必要がある。スタニーさんはダビドさんと一緒に村の人達をまとめてください」

「ここから中央方面基地まで一気に移動しようというのか?」


 スタニーも中央方面基地の位置はおおよそ判っている。ここからだと馬を急がせても十数日かかる。飛竜で空を急いだとしても半日やそこらで着ける距離ではない。


「それは難しいでしょうね。飲み食いもできずに二日も飛竜の上にいられるはずはないでしょうから。ですので、南西方面基地へ最初は向かいます。そこで一旦休憩をとり、再び中央方面基地を目指します。帝国軍がフルホト荒野へ向かっています。僕等も迎撃しますので、魔獣が南西方面基地を襲撃することはないでしょう」


 村人の移動に飛竜を使うとなれば、全頭必要だろう。つまりヒューゴは飛竜なしで、敵の侵攻を止めようとしている。ヒューゴとラダールの強さはスタニーもよく知っているが、敵は一人や二人で何とかなるような数ではない。


「お前達は大丈夫なのか?」

「イーグル・フラッグスは、僕とイルハムを除いて全員皆さんと同行させます。不測の事態に対応できる面子は必要ですからね」

「ヒューゴ、お前は……」

「今ここで詳しく説明している暇はありません。お願いです。急いで下さい!」


 必死なヒューゴの表情にスタニーは言葉を続けられなかった。


 ――こいつは覚悟している。


「ヒューゴ、脱出の準備はすぐ始める。……死ぬなよ」

「あ、イルハムはどこにいるか判りますか?」

「お前達の会議所にいるはずだ。そこで指揮していたよ」

「判りました。……必ずまた会いましょう。ここで死んだらパリスさんに蹴飛ばされますからね」 


 苦笑したスタニーは村長のダビドが居る自宅へ、ヒューゴ達はイルハムが居るだろう会議所へ向かう。リナは会議所のところで、診療所へ行くと言って分かれた。


 ヒューゴが村へ到着した報告がイルハムにも届いていたのだろう。会議所前にイルハムとセレナが居た。


「ヒューゴ様!」

「イルハム、セレナ、ここまでよくやってくれたね。ありがとう」

「ヒューゴ様、これからどう致しましょう?」


 合流した三人は会議所に入る。中へ入ると、ヒューゴは、ヒュドラについてと村人の脱出について二人へ急ぎ説明する。


「判りました。では、イーグル・フラッグスは村人を飛竜に乗せましょう。それはセレナが指示することにして、私は魔獣が入って来られぬようゴーレムで……」

「ああ、頼む。それとイルハム……、皆を避難させ終えたら……」

「判っております。ヒューゴ様の援護にまわります」


 微笑むイルハムにヒューゴは申し訳なさそうに言う。


「ごめん、君も皆と一緒に避難させたかったんだけど……、でも、イルハムにはラダールに乗ってもらうから逃げられると思うんだ」

「私だけではありません。ヒューゴ様も必ず生きて皆のところへ戻りましょう。私が戻して見せます」


 敵には飛行型魔獣も居る。飛行速度ではラダールに分があるが、数が違う。囲まれたなら逃げられないかもしれない。イルハムのゴーレムは空中の敵には弱い。だが、ヒュドラ以外の陸上型魔獣の動きを邪魔するには頼るしかない。ヒュドラの相手をするヒューゴにはイルハムの安全を確認する余裕はないかもしれない。いや、多分ない。

 そんな中、二人とも避難できるとはヒューゴは思っていない。


 深刻な状況だが、イルハムは微笑みセレナも表情を変えずに聞いている。

 何を言えばいいのかヒューゴが悩んでいるところへ、扉を開けてレーブが入ってきた。


「間に合ったぁ!」


 ヒューゴ達の姿を確認したレーブはニコッと笑みを浮かべて、イルハムの横に座った。


「良かった。レーブが帰ってきてくれた。これで避難する村人達の守りは安心だな」


 レーブに現状とこれからの予定をイルハムが説明する。いつもならレーブが居ると困った顔をするセレナも今日は安心した表情を見せている。


「なるほど、判りました。ダビド村長達と連携をとって、村人達の安全を守ればいいんですね」

「ああ、頼むよ。帝国内にもともと住んでる魔獣が、ヒュドラの命令に従って襲ってこないとも限らないんだ」

「心配いりません。……あ、パリスさんの方も心配いらないですよ」

「そうか、良かった。ガルージャ王国の方は帝国北部よりも魔獣は少ないと聞いている。旧ズルム連合王国で頑張ってくれてる隊員達のおかげだな」


 こういう深刻な状況の時、レーブのような明るい男が戻ってきてくれたのはありがたいとヒューゴは思った。ヒューゴもだが、イルハムやセレナは真面目でどうしても場が暗くなりがち。空元気でもいいから明るさがある方が、これからの戦いに向けて気持ちも楽になる。


「じゃあ、みんな頼んだよ?」


 ヒューゴの合図で全員立ち上がる。

 「お任せ下さい」と揃った声に、ヒューゴは勇気を貰えたような気がしていた。

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