第十三章 皇龍
リナの決意
ベネト村から帝都へ向かっているリナとヒューゴが合流したのは、中央方面基地のルークと別れた日の夕方。中央方面基地から南下し、帝都へ向かう途中の箱馬車にリナは乗っていた。イーグル・フラッグスの隊員二名が護衛を兼ねて御者を務めていたので、ヒューゴはすぐにそれと判った。
ヒューゴはラダールに乗せるからとリナを預かり、隊員には南西方面基地そばの酔いどれ通りへ箱馬車ごと向かうよう伝えた。箱馬車を分かれたヒューゴは、リナをラダールのところへ連れて行き二人乗ろうとした。
「少しお話をさせてください。事情が何も判らないままでは困ります」
リナの手を引いてラダールに乗せようととするヒューゴに言う。
「それはラダールに乗って移動の途中でも……」
「いえ、ここできちんと話したいのです」
珍しくというよりリナが頑なな態度を取るのはヒューゴの記憶では初めてのことだ。ベネト村へはまだ二日ほどかかる。時間がもったいないから移動中でもいいじゃないかと思わないでもないが、ラダールの上だと落ち着かないのかもしれないと思い話すことにした。
「わかったよ。じゃあ、説明するね」
リナの手を取り道端に移動して二人でしゃがむ。
貴族がまとまらない帝国の状況、ヒュドラという統龍でも勝てないかもしれない敵の出現、皇龍になる可能性のあるヒューゴとヒューゴが滞在していそうなベネト村やウルム村への襲撃の可能性などを説明した。
「……こういう状況なんだ。それで僕は帝国軍で魔獣を倒し、ベネト村に影響のないようにヒュドラは僕と統龍で別の場所へ誘導して時間を稼ごうと思っているんだ」
リナがどこまで理解しているのかは判らない。だが、できるだけ判りやすいようにヒューゴは話した。
「だいたい判りました。私は村の人達とは別にヒューゴさんと一緒に行きます」
「え? 説明したように、ヒュドラは僕等では倒せない可能性の方が高いんだ」
話を理解していないのかもとヒューゴは事態の危険さをもう一度伝える。
だが、リナの答えは変わらなかった。
「はい。それは判りました。ですから一緒に行くんです」
「どうして……」
「もし、万が一、ヒューゴさんが大怪我をしたとき私が居れば何とかなるかもしれない。魔法防御や物理防御の魔法だって使えます。ヒューゴさんが危険だからそばに居るんです」
「でも、リナが危険だ!」
「ヒューゴさんもでしょ?」
リナには一歩も譲る気配がない。ヒューゴに向けられる、いつも優しく柔らかい温かなブラウンの瞳が決意で鋭い。
「でも、僕は、ルビア王国を……ディオシスを倒すために……。これは僕の恨みを晴らすための戦いだから」
「最初はそうだったでしょう。でも今は違います。私達の生活を守るための戦いです。それに……」
「それに?」
「待っているだけでは嫌なのです」
ジッとヒューゴを見つめる瞳が寂しそうだった。休みのたびにリナのもとへ戻って、ヒューゴなりにそばに居たつもりだった。ベネト村に居るときは、リナとの時間をできるだけ作り、一緒に居たつもりだった。
だが、どうしたいのか、リナの意思をきちんと確認してこなかったと気付いた。ヒューゴが全て決め、それをリナは受け入れてきた。ヒューゴはリナのことを思ってきたつもりだが、それで良かったかと言われると自信はない。
愛おしいから大切だから安全なところで待っていて欲しいと思っていた。リナもヒューゴの気持ちは理解してくれている。それは判る。でも、それが判った上で、危険なところだろうと一緒に居たいと言う。
ヒューゴを一人にしないと言ってくれている。
一人にしないでと求めてくれている。
リナの言葉をヒューゴはそう受け取った。
「ありがとう。じゃあ、僕の指示には従ってくれるね?」
愛しい妻を抱きしめ、耳元でささやいた。
「ヒューゴさんが見えるところに居られるなら……」
「うん。ロンドに乗って、魔獣達の攻撃の届かない高さに居てくれるかい?」
「ヒューゴさんに何かあったら降りますよ?」
「……うん。そんな状況にならないように気をつけるよ」
リナを大事だと思うなら自分自身を大切にしろということかとヒューゴは感じた。
――統龍でさえ勝てない相手に無茶な要求をする。……でも、このプレッシャーはありがたい。僕はどうも……どんなに危険でも自分ならなんとかなると思いがちだからな。
「じゃあ、行きましょう」
ヒューゴの頬に唇をあて、離した後ニコッとリナは笑う。
――リナを守りたい。彼女だけじゃない。リナと出会えたあの村の人達を守りたい。他の人達には悪いけれど、僕の願いはやっぱりこれだ。
「うん」と返事して立ち、リナの手を握って立たせる。
「あ、そうだ。言い忘れたことがあったわ」
「なんだい?」
「ヒューゴさんが工夫していた武器や防具のことなんだけど」
セレリアを補佐するためヒューゴが帝都へ入る前、ベネト村で対魔獣用の武器を工夫していた。そのことだろう。ギャリックサーペントのように、表皮が硬く攻撃魔法によるダメージを受けにくい魔獣に対して、体内へ直接魔法を送り込む槍武器を以前考えた。それだけでなく、剣や弓でも同じように対魔獣用の武器が必要だと考えて工夫していた。
剣も槍のように刺殺を目的として刀身は細めにし、更に、作り込みの過程で防御力低下の魔法を纏わせた。魔法を直接撃ち込むより効果は薄くなるが、複数回打ち込むと馬鹿にならない。
弓は……というより矢だが、魔獣相手の場合は支援に徹する武器とした。大きめの鏃は空洞で、中には油が仕込まれている。魔獣に当たると鏃は破裂するようにし、火系魔法の効果を高めるようにした。
「うん、どうだい?」
「お父さんが頑張って作っていたけれど、時間がかかってしまうから……」
「槍と剣が十本づつ、矢が二百ってところかな?」
「そうなの。村人全員に行き渡る数はとても……」
「仕方ないよ。槍と剣は時間かかるからね」
「でも、出来映えは安定してきたって言っていたわ」
「そうかぁ、この先必ず必要になるからね。魔獣との戦いは今回だけじゃない。剣は猟でも使えるしね」
先にラダールに跨がったヒューゴがリナに手を差し出す。その手に掴まってリナもラダールに乗り、ヒューゴに腕をまわす。
「さ、行くよ!」
ラダールの首をトンッと叩くと、一瞬身体を沈め、その後羽を大きく開いて地面から離れた。
背中にリナの温もりを感じつつも、気持ちを引き締めてベネト村へ向かう。
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