危機感
中央方面基地を離れたヒューゴは、急ぎベネト村へ向かっていた。
ヒューゴを乗せたラダールは羽を羽ばたかせ、その力の限りに空を突っ切っている。
各地に居る飛竜から士龍へ届く報告を聞き、ヒューゴはヒュドラの狙いを正確に把握している。
――僕との直接対決を狙っているな。
各地に派遣した魔獣で統龍と竜達を分散させ、こちらの戦力分散を謀る。そしてベネト村とウルム村を取り囲んで、ヒューゴに事態の早期打開を焦らせる。数の差を利用した戦術をヒュドラは行っている。
『もう一度言うが、今のお前では勝ち目はないんだぞ』
ヒューゴを懸念する感覚が士龍から伝わる。
――判っている。だが、竜達はともかく、人間が戦況をこのまま維持できるのはあと数日だ。
沿岸部の魔獣は今日明日にでも掃討できるだろう。しかし、ベネト村とウルム村はそうはいかない。地形的に、飛竜以外の竜は動きづらく、小回りの利く魔獣の方が有利だ。数が少なければ飛竜だけでも問題はないが、今回はとてもじゃないが村を守り切れる数じゃない。疲労と緊張で、村の人達は長く保たない。
ヒューゴも士龍が懸念していることは理解している。しかし、皇龍になれるかどうか判らないまま、状況が変化するのを待っていることはできない。
『死ぬかもしれぬのだぞ?』
ヒューゴの意思は変えられそうにないと理解した士龍が念押しする。
――死なないかもしれないじゃないか。
『だが、ヒュドラは倒せん』
――負けない戦いをするしかない。その間に、ベネト村とウルム村のみんなを中央方面基地へ避難させる。今はその時間が必要だ。それに、数において圧倒的に不利なのだから、防御する箇所を減らさなければならない。一箇所に集めて防衛線を設定し、そこに紅竜を投入する。
『その先は?』
ヒューゴは、メリナと金龍がヒュドラの後を追っていると士龍から伝えられた。また、そろそろ帝都からヌディア回廊へ向かうと紅龍から士龍へ連絡があった。これを最大に利用するしか方法はないと考えている。
――僕が皇龍になれないのなら、ヒュドラをどこか離れたところへ誘導し、そこで統龍……金龍と紅龍に牽制して貰うさ。
『ヒュドラをどこに封じ込めると?』
――封じ込めるなんて大層なことじゃない。ただ、他へ移動させないってだけだよ。……そうだな。グレートヌディア山脈最北部の麓あたりかな。あそこなら海も近いから蒼龍の力も借りられるし。周囲に人里もない。
『お前自身が囮となって誘導すると?』
――それしかないだろう。ベネト村とウルム村の住民が避難し、こちらの戦力を分散できないとなれば、ヒュドラがこちらの狙いに気付いても僕を追いかけるしかない。皇龍になるかもしれない僕に、時間を与えたくはないだろうからね。
ラダールの上からでもまだ見えないが、ヒューゴの視線の先にはフルホト荒野がある。
そこでヒュドラと相まみえることになるだろう。ヒュドラとの戦いには今のところ勝算はない。今まで勝つための算段を用意してから戦場に向かってきた。日々の訓練で鍛えた技と力、それに士龍の力を加えて戦ってきた。戦況を変える手段も今のところ見つからない。統龍達でヒュドラを足止めし、その他の魔獣を火竜と帝国軍で倒す程度だ。これでは根本的な問題の解決にはならない。
新たに生まれる魔獣達は人を襲い成長し、ヒュドラの命に従って攻めてくる。
もともと人間よりも強靱な力を持つ魔獣の成長は速い。龍族はともかく人間側の被害は時間の経過につれて大きくなるだろう。
それを食い止めるにはヒュドラを倒すしかない。しかし今のところは手段がない。
手詰まりの中で、被害を少しでも抑えるには……。
――飛竜でベネト村とウルム村の住人を中央方面基地へ避難させよう。できるな?
『おまえは避難に必要な時間を作ろうというのか?』
――ああ、そうだ。火竜や飛竜、それに屠龍を効率的に動かし、ヒュドラ以外の魔獣を減らすには、防衛の必要がある場所はやはり少ない方が良い。向こうの狙いが、こちらの戦力分散である以上、これを何とかしなくてはヒュドラを倒すにしても手駒が少ないってことになる。
『お前が決めたことならば、我はそれに従おう。だが、お前の身に危険が迫ったとき、我は我の判断で動く。それが皇龍様から命じられた使命だからな』
――それは判っている。だけど、村の人達や仲間の命は守ってくれ。僕の意識が無くても、統龍や竜達で守らせてくれ。頼むよ。
『それがお前の願いなら、可能な限り力を尽くそう』
ヒューゴを乗せて空を切るラダール、その背後を追う飛竜は徐々に高度を下げて、ヒュドラが来るだろう地点を目指している。
ルーク率いる帝国軍もいずれフルホト荒野へ辿り着く。彼らには魔獣が散らばらないようにして貰う。ルークはきっとうまくやってくれるだろう。
ズルム連合王国で戦っているイーグル・フラッグスの面々はともかく、ベネト村とウルム村で迎撃準備している隊員達にどう動いて貰うか。とりあえずは村人が安全に避難できるように努めて貰う。その後は?
決め手のない戦いが迫る中、ルビア王国で命を落しそうになった幼い頃以来の焦りを感じていた。
◇ 第十二章 完 ◇
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