ヒュドラの思惑

 狩猟に出かけていた猟師が大声をあげて森から村へ駆けてきた。


「魔獣だ! それも見たこともない魔獣がこちらへ向かってくる! 村長に伝えろ!」


 大量の魔獣襲来の報告は、ダビドのもとへすぐ伝わった。


「獣紋持ちの大人は全員戦闘準備! 鳥紋持ちは怪我人に備えてくれ!」


 ベネト村は騒然とした。だが、これまで何度も魔獣や軍隊と戦い、日頃から備えている村だ。各村人は、自身の為すべきことを理解し冷静に動く。武器を手にした村人達は村の周囲に移動し、魔獣が来るのを待ち構えていた。

 スタニーが防衛に回る村人達を指揮しようと先頭に立っていた。


 イーグル・フラッグスの面々は、イルハムの指示のもと、飛竜に乗って迎撃する魔法を得意とする者と、武器で戦う者に分かれ、それぞれ事前に予定されていた体勢を急いだ。


「セレナ! 怪我人への対応は任せたぞ! あと、こちらの状況を記してアーテルハヤブサをウルム村へ送ってくれ」


 セレナは頷き、治療所の受け入れ準備に走る。

 ベネト村は慌ただしく、しかし、冷静な反応であった。


 魔獣の群れは四方から村を囲み、何かきっかけがあればすぐにでも襲いかかってくるかと思われていた。

 だが、村を取り囲むだけで動きが止まる。


「どうしたんだ?」


 スタニーもイルハムも、取り囲むだけで動こうとしない魔獣の反応に戸惑う。


◇ ◇ ◇


 ヒュドラに支配されたディオシスはヌディア回廊の半ばほどまで進んでいた。


「良いか。ベネト村とウルム村は取り囲むだけでいい。今は下手に動いて数を減らすな。そうしているだけで、奴らは疲労で消耗する。村人達を襲うのは士龍を倒してからだ。それまでは牽制していろ」


 ヒュドラは魔獣達に指令を送る。大陸の北部や東部、ガルージャ王国へ送った魔獣達まではヒュドラとなったディオシスでも思念は届かない。そちらの魔獣は事前に指示した通り、海から上陸し暴れる。全滅したところで構わない。帝国の兵と火竜を分散させれば目的は達成される。

 紅龍はいずれヌディア回廊にやってくるだろうが、火竜は沿岸部から離れられずほとんど来ない。

 ヒュドラの相手は紅龍や統龍にしかできない。勝てないまでも負けない戦いができるのは統龍だけ。

 士龍を倒すまでは紅龍の相手は魔獣達がする。その間にヒュドラが士龍を倒せたなら、この戦いはおしまいのようなものだ。


 グレートヌディア山脈全域にはヒュドラの思念は届く。だから、ベネト村とウルム村を取り囲んで持久戦を行っていれば、必ず士龍ヒューゴがヒュドラの前に来る。ヒュドラを倒せば、組織的な動きはできなくなり魔獣は散り散りになる。そのことを士龍も統龍も判っているから必ず倒そうとする。

 その時がチャンスだと考えていた。

 この戦いは、皇龍になる前の士龍をヒュドラが倒すか倒されるかなのだから。


 グレートヌディア山脈にもともと住む魔獣と、ルビア王国から送り込んだ魔獣、その双方を合せれば二十万以上の数になる。士龍を倒し皇龍の復活を阻止できれば、セリヌディア大陸全域を魔獣の支配下に置くことなど簡単だ。


 ディオシスヒュドラは、赤い目を光らせて、ヌディア回廊の出口を目指し、馬を走らせていた。


◇ ◇ ◇


「しまった! ヒュドラの狙いは、封じ込めか」


 ヒュドラの狙いに気付いたメリナは木製のテーブルを叩く。


 金龍と屠龍が作る防御ラインに対峙するだけで、南下する気配が見えない魔獣の群れ。王国軍の数もせいぜい一万といったところで、メリナ達を討伐するには少ない。さらに、これまでの報告では、海から上陸する魔獣の数もほとんどない。

 メリナ達がヌディア回廊方面へ移動しようとしなければ良いという体勢。


「ディオシスの狙いは士龍か……。エルーシュ!」


 テントの外へ出て、配下の兵と状況を確認していたエルーシュ・モンティアスを呼んだ。


「ハッ! いかがなされましたか」

「私は金龍と共に、ヌディア回廊を目指す。屠龍は置いていくから、魔獣どもの南下を防いでくれ」

「それは承りますが?」


 現在地で魔獣の侵攻を食い止め、その後王都を牽制する作戦を変更した理由をエルーシュは確認する。


「現状は、私と金龍が奴を邪魔できなくするためだけの封じ込めだ」

「では?」


 エルーシュは即座にメリナの言いたいことを理解した。表情からそのことを察したメリナは、近くに居た兵に馬の用意を指示する。


「ああ、急ぎ奴を追わなければならない」

「判りました。では、こちらはお任せ下さい。魔獣どもを減らしながら徐々に王都側へ移動させましょう」

「頼む。王国軍はできるだけ捕縛してくれ」

「了解いたしました」


 兵が連れて来た馬に跨がり、メリナは眼下のエルーシュにもう一つ依頼する。


「そうだ。士龍の仲間達にも士龍が狙われていると伝えてくれ」

「伝えるだけで宜しいのですか?」

「もし、こちらに協力してくれるようなら、エルーシュ、お前の指揮下で動いて貰え」

「それは可能でしょうか?」

「多分な。少なくとも共同戦線には応じてくれるだろう」


 士龍がヒュドラと対決するような状況になれば、こちらで動いている面々へ指示する余裕などないはずとメリナは考えていた。士龍の配下は数こそ少ないが有能。ゲリラ戦を行い、王国軍を手玉にとっていることから明らか。ならば、協力して貰いルビア王国奪還の協力を頼みたい。金龍が外れるのだから、戦力は少しでも補充しておきたい。


「では頼んだぞ!」

 

 エルーシュが頷いたのを確認したメリナは、馬に鞭をあてる。


 ――金龍よ、士龍の支援に向かう。私を乗せたら、ヌディア回廊へ急ぐぞ!

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