依頼

 ヒューゴは帝都からまず中央方面基地に居るルークのもとへ飛んだ。

 セレリアからの伝言を伝えるためと、中央と北部方面の防衛状況を聞くためだ。

 

 中央方面基地前にラダールを降ろし基地内へ向かう。

 兵等へ訪問を伝え正面玄関前で待っていると、ルークの部屋までと伝えられる。


 指揮官室へ入るとルークが疲れた笑いで迎え入れた。「お久しぶりです」と挨拶すると、椅子に座るよう促される。


「帝都はどうだい?」

「酷いものです。アレシア陛下とセレリアさんが居なかったら、貴族達アレは平和な夢を見ているうちに魔獣に喰われてしまうんじゃないですかね」


 カップをヒューゴに手渡し、ルークは水筒から熱いお茶を注ぐ。机に座り、カップから一口含む。


「で、今日は? 君が来たんだ。何もないはずはないよね」

「ええ、まず先にセレリアさんからの伝言を。……魔獣ごときに占領などさせはしないけれど、帝都を捨てるかもしれない。とのことです」


 セレリアからの伝言の意図を理解して、ルークは苦笑する。


「ふむ。アレシア陛下の怒りは最高潮というわけだ」

「その通りです。貴族達を武力で押さえつけても、それは一時的でしかないと考えてらっしゃるようです」

「多分、その通りだろうな。アレシア陛下を中心とした新たな体勢を、新たな国として行う……そういうことだね」

「そうなりますね。国を滅ぼして新たな国の建国……そこまでするつもりはなかったのですが、僕よりもアレシア陛下がキレてしまわれました」


 眉間に皺を寄せて一瞬考えたあと鋭い視線をヒューゴに向ける。


「だが、その場合は、現在の貴族のうち多くと戦争になるだろう?」

「今回のルビア王国からの侵攻を利用します」

「ん? ……まさか……」

「はい。ご想像通りです。味方以外の領地は限定的にしか守りません」

「だが、領民は?」

「避難させます」

「どこへ?」

「ここにです」

「無理だろう?」

「はい、無理です。ですが、アレシア陛下がそのように公で言えば、貴族達は信じるでしょう」


 何事もないかのように、貴族を騙す案を話すヒューゴ。その様子に最初は呆れた表情をしていたが、急に思いついたようにルークは真顔になる。


「……皇宮で何かあったんだね?」

「会議中に貴族達に脅しをかけて置き去りにしたそうです。その上で、アレシア陛下自ら戦場へ向かったそうです。あ。パトリツィアさんが陛下に護衛として付いています」

「なるほどね。形の上では既に見放しているというわけか」


 ヤレヤレと首を横に振り、ルークはため息をつく。内乱の際にもそうだったが、まとまるためには危機感を煽らなければならない貴族達にどうしようもなさをルークは感じていた。


「ええ、ですので、探りを入れられてもいいように、領民の受け入れ体勢を作っているフリをしていただきたいのです」

「判った。どうせここの兵は各地へ派遣した。兵舎は空いているからな……ああ、それを計算したのか。どちらの案だい?」

「セレリアさんです。私がこんなに苛々する仕事してるのだから、ルークにも楽なんかさせてやらない、だそうです」

「酷いな。楽なんかできるわけないじゃないか」

「八つ当たりですね。剣を手にして前線に居る方が万倍も楽だと言ってましたから」


 アハハハと笑うヒューゴに、ルークは苦笑する。そして再び口を開いた。


「セレリアの件は判った。こちらも動くとしよう。……それで君自身の用件はなんだい?」

「魔獣侵攻の現状を判る範囲で教えていただけませんか?」

「帝国中央部には出現していない。北部沿岸部に集中している。北部には火竜の他に北部方面基地から四万がギリアム閣下の指揮下で配備されている。まぁ大丈夫だろう」

「ということは、帝都がもっともゴタついているということですね。まぁ、紅龍と蒼龍が入るとのことですので、じきに落ち着くでしょうが」

「まさか帝都そばまで直接攻め入る軍があるとは想定していなかったからね」


 水棲魔獣のおかげで長距離の海上移動はできずにいた。そのために、背後が海の帝都には多くの兵を置かずにきた。それが裏目に出た状態だ。

 今回はダヴィデとパトリツィアが居るから帝都の守りは大丈夫だが、もし両名が居なかったらと思うと背筋が寒くなる。ルークは中央方面基地の司令として、帝都の守りは今後見直さなければと反省する。


「そこで、ルークさんの中央方面軍には、ヌディア回廊へ向かって欲しいんです。できれば全軍で」

「……ルビア王国軍が来る?」

「ええ、もうこちらへ向かっているでしょう」

「それは人と魔獣の混成軍だろうね? 前回のようにね」

「確実に」

「これは、アレシア陛下の許可は?」

「いただいてます」

「じゃあ、問題はないね。早速向かいたいんだが、さきほどの領民受け入れの件はどうする?」

「ルークさんが居なくても可能ですよね」

「そりゃそうだが……随分深刻そうだけど何かあるのかい?」


 見つめる瞳に深刻さを増してヒューゴは答える。


「王と呼ばれる魔獣が来るんです。そしてそれには統龍達が力を合わせても勝てそうにない」


 ルークは一瞬耳を疑った。統龍達で勝てない魔獣がいることと、そしてそのような強大な魔獣が攻めてくるなど想像したこともなかった。統龍はこの世界で最強の存在だと信じてきた常識が崩れた。ルークが信じられないのも無理はないことだった。

 そしてその事実が意味することに気付く。


「じゃあ、どうしようというんだい? 統龍達でも勝てないなら、帝国軍では……」

「勝てないでしょう。ですが、魔獣王はともかく配下の魔獣が帝国内に散らばるのだけは防がないと」

「つまり、魔獣王には手を出さず、他の魔獣を倒す任務を引き受けろということだね?」

「心苦しいのですが……。魔獣王には僕とイーグル・フラッグス、そして帝都裏が片付き次第来る予定の紅龍で対応します」

「そうするしかないんだろ?」

「ええ、多分……」

「じゃあ、そんな申し訳なさそうな顔をするな。判った。雑魚の魔獣はこちらで対応する。早速、軍を編成して向かうよ」

「すみませんが、宜しくお願いします」


 そう言った後一礼し、「村へ戻る途中で妻のリナと合流しなければなりません。……急ぎますので」とヒューゴは指揮官室から去った。

 残ったルークは、ヒューゴの去った部屋でつぶやく。


「こちらも大変だが、そんな魔獣の相手をしなければならないとはな。ヒューゴくん、死ぬなよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る