パリスの不安
ヒューゴからのアーテルハヤブサで状況を知ったパリスはレーブに伝える。
「こちらは私が何とかする。レーブはベネト村へ戻ってちょうだい」
沿岸部への魔獣侵攻はガルージャ王国でも起きていた。
だが、マークスに乗ったパリスと飛竜が広域をカバーしている。住民の避難はタヒル・シャリポフが指揮し、早めに手を打っていたため被害は出ていない。また、王太子カスルーア・アル=アリーフが国王サマドへの報告を密にしているため、王国軍の対応も早く、サマド自身が沿岸部の一地域を受け持り、幻獣ゴーレムによって魔獣の上陸を許さない。
組織的な動きができずにいる帝国と異なり、ガルージャ王国の防衛は万全と言えた。
「ですが、パリスさんと交代する必要があるんじゃ?」
探索範囲が広く、魔獣の早期発見が可能なために、パリスは休みなく戦い続けていた。レーブが交代しなければ、マークスに乗った戦いをできる者がパリスだけになってしまう。いつまで続くか判らない状況下、ここで自分が抜けるのはまずいとレーブは言う。
「住民は避難した。疲れたら飛竜に任せて休憩とるから大丈夫。それよりベネト村よ。ヒューゴはベネト村とウルム村を心配している。私も戻りたいところだけど、任せられているのだから離れられない。だからお願いよ」
パリスの海のような青い瞳がレーブを見つめる。その瞳に決意の固さを感じたレーブは力強く頷いた。
「判りました。くれぐれも無理しないでくださいね?」
「ええ、大丈夫よ。奥様のクラウディアにも宜しくね」
ニカッと笑い、レーブは飛竜を口笛で呼ぶ。
「ええ、旦那の格好いいところ見せてやりますよ」
「そうね。じゃ、私は行くわ」
その羽を休めているマークスにパリスは向かった。
・・・・・
・・・
・
パリスが採っている戦術の基本方針は、陸に上がる前に敵の数を減らすこと。
海上を水棲魔獣に乗ってやってくるのだから沖に居る間に雷系魔法で倒し、生き残って上陸した魔獣は王国兵に任せる。パリスの担当している地域は、ガルージャ王国沿岸部の東から南側。この地域がもっとも魔獣上陸の数が多い。あとの地域はサマド国王に任せている。
海上を飛ぶマークスから魔獣の姿を探し、見つけ次第降下して近づき、魔法をお見舞いする。
本来、魔法を得意としていないパリスだが、今のところは一撃で倒せる程度の魔獣ばかりで助かっている。
しかし、魔獣を倒しながら不安を感じていた。
ヒューゴからの手紙にも書いてあったことだが、敵はこちらの戦力を分散させ、ヒューゴが居るだろう地域へ……つまりベネト村とウルム村だが……本腰を入れた戦力を送る腹づもりだろう。
ならば、パリスが相手にしている魔獣は囮役の雑魚ということだ。
雑魚ですらひっきりなしに送られてくる。ズルム連合王国側も苦労しているともヒューゴの手紙にはあったから、この状況は仕方ないのかもしれない。向こう側で止められる状況ではないのだろう。
それでも毎日百頭以上送られてくることを思うと、どれほどの魔獣を戦力としているのだろうかと思わずに居られない。
パリスはベネト村に居る家族や仲間を信じている。
ヒューゴが向かうのだから、何とかしてくれるだろうとも考えている。
だが、敵の本隊の魔獣がどれほど強く、どれほどの数が投入されるかを思うとやはり不安を拭いきれない。
波間に灰色の何かが動くのを見つける。
「居たわ。さっさと消えなさい!」
マークスの首を手綱ではたき、パリスはその物体へ向けて急速降下していく。
両足でマークスの胴を挟み、両手を前に出す。
一つ深呼吸して、背中の
稲光りのような閃光がパリスの両手から、波間を進む……背に黒い魔獣を数頭乗せた灰色の水棲魔獣へ放たれる。黒の魔獣が海に落ち、水棲魔獣も沈んでいく。
これで生き残った魔獣が居たとしても一頭程度だろう。
オレンジ色の光が消えたパリスは、まだ明るい海上をグルッ回り魔獣が浮上してこないか確認する。
見当たらないことを確認し、陸に戻る。休憩を挟んで、別の地域へ飛ぶ予定。
マークスを陸に下ろし、首元をポンポンと叩き「少し休んでね」と声をかける。
用意されている休憩用のテントに入ると、カスルーア・アル=アリーフが来ていた。
「ご苦労さまです」
水の入った水筒をパリスに渡す。
「あちらはどう?」
受け取った水筒を口にあててゴクリと一口含み、サマドが防衛している方面について訊く。
「問題ありません。お父様がいる限り、一頭も上陸させないでしょう」
カスルーアは誇らしげに笑う。
「そう。こちらも問題ないわ」
「レーブがベネト村へ向かったと聞いたのですが……大丈夫ですか?」
「あら? 私の心配? ありがとう。でも大丈夫よ。雑魚ばかりですもの」
椅子に座り、パリスは背もたれに身体を委ねる。
「疲れているように見えますけど」
「ああ、気を遣わせてごめんね。身体は問題ないけれど、村が気がかりでね」
「ここは私達に任せて戻られては?」
「ううん、ガルージャ王国での仕事は私が任せられたの。きちんとこなさないと、ヒューゴの計算が狂っちゃう」
カスルーアの気遣いに感謝し、微笑んで返事する。
「ヒューゴさんを信用しているんですね」
「お互いに信用しているの。家族だからね。あなたがお父様を信用しているのと一緒よ」
「私にもっと力があれば……」
「何を言っているのよ。あなたは避難した住民を元気づけている。それができるのは凄いことなの。私ではできないこと。十分に自分を誇って良いわ」
「そうでしょうか?」
「ええ、私が保証する。もし、あなたが前線で戦っていないことを笑うような人が居たら連れていらっしゃい。こってり絞ってあげる」
不安そうなカスルーアに見せるように右手を顔の位置まであげて握り、ニヤリとパリスは笑う。
「アハハハ、パリスさんに絞られたら……大変そうですね」
「そりゃもう。ヒューゴも恐れるほどよ」
「でも、やっぱりもう少し力があれば、パリスさんが休む時間くらい作ってさし上げられるのに」
パリスは立ち上がって、カスルーアの肩をポンッと叩き、
「人それぞれ役割がある。私の役割はここで魔獣を倒すこと。あなたのは国民に勇気を与えること。それをやり遂げてから次のことを考えましょう。じゃあ、行くわ、お水ありがとうね」
――王太子に気遣われているようではダメね。さ、皆に心配されないようにしなくちゃ。
ゆっくりとマークスへと歩むパリスの表情から不安が消えて引き締まっていた。
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