怒りのアレシア

 その日、帝国沿岸部で魔獣が現れた。

 帝都の背後、北部と複数箇所で多数の魔獣が上陸してきた。


「ちくしょう! 水竜で減らしても、かなりの数に突破された!」


 水竜達からの報告をうけたダヴィデは、帝都東側沿岸で魔獣と対している蒼龍のもとへ急いでいた。


『こちらはだいぶ減らしたが、それでも十数頭の上陸を許した。すまぬ』


 戦闘継続中の蒼龍から状況が報告される。


「仕方ない。上陸した奴らは火竜と兵で対応する。俺も行くからこちらは心配するな。引き続き水棲魔獣への対応を頼む」


 蒼龍との会話を終えると、パトリツィアはどうしているかと考えた。


「……あいつもこちらに気を回している余裕はないだろうな」


 帝国軍の実質的トップとなっているパトリツィアは、火竜への指示を紅龍に任せて、帝国軍の編成と配置に苦労している。私兵を帝国軍に編入させることに抵抗する貴族達によって、組織だった動きができないでいることをダヴィデは知っている。

 現在の状況がどれほどの危機なのか、自領に危険が近づかない限り理解できない愚かな者達が居る。


 火竜だけではいずれ帝都全域に広がる騒乱を抑えることはできない。飛竜よりは数が多いとはいえ、火竜の数も今回のような状況では足りない。


 先の内乱で数を減らした帝国軍が、この事態に対応するためには全ての兵が組織だって機能する必要がある。そのことを理解できない愚かな一部の貴族によって、パトリツィアの行動が制限されている。


「まったくクソッタレどもだ。パトリツィアの邪魔をしていては、帝国が崩壊するぞ」


 帝都へ近づく二頭の魔獣の姿をダヴィデは確認する。あたりに火竜の姿も警備兵の姿も無い。


 ――仕方ない。


 ダヴィデの緑の瞳が深い海のようなまっ青に変わり、背から群青色の光りが輝く。

 その光はダヴィデの身体から広がり、龍の形をとる。


「まだ相手しなくちゃいけないのがたくさん出てくるんだ。速攻で終わらせる」


 ダヴィデは魔獣に近づくと、立ち止まって殴るように右手を突き出す。

 龍形の光から一筋の閃光が走り、巨大な獅子のような魔獣の頭部を貫く。


「ガァアアア」と声をあげ、魔獣はズウゥンと倒れ土煙を上げた。


「さて、もう一頭!」


 その場で左手を前方へ勢いよく突き出し、再び閃光を放つ。もう一頭へ向かった閃光が、先ほどと同じように頭部を貫いた。倒した二頭を忌々しげに見て、吐くように言う。


「はあ……俺に仕事させんなよ。疲れんだよ、これ」


 瞳の色が緑に戻り、身体から放たれていた群青色の光も消えている

 肩で息をしながら海岸方面へ視線を移した。


「チッ、参ったなこりゃ。早いとこ戦力を立て直さないとまずいことになる」


◇ ◇ ◇


「だから、今は皆さんの領地に置いておくよりも沿岸部へ兵を回さなければならないのです。それが皆さんの領地を守ることに繋がるのです。どうしてそれがお判りにならないか」


 帝都に居る貴族を集めて、パトリツィアは各領地に配置した火竜と兵を一旦沿岸部での戦闘に回す了承を得ようと説得していた。


「だが、その間は我が領地が無防備になるではないか」

「勝てば良い。だが、負けたら誰が我が領地を守るのだ」


 貴族達は自領の兵を出してしまうことを恐れて了承しない。

 パトリツィアと貴族達の言い争いをアレシアとセレリアは苦々しげに見ている。


「もしここ帝都が落ちてしまえば、内乱と違い、帝国は滅びるのですよ? そうなってしまえば、あなた方の領地を守る責務は私にはなくなるのだが、それでも宜しいか!?」


 ついに我慢の限度を超えたパトリツィアは、机をドンっと叩いてある意味脅しともとれる事実を言い放つ。  


「統龍を従えているからと言って、それは横暴ではないか!」


「では、お聞きします。何故私があなた方を守らねばならないのです? 帝国を守るのが私の責務。その帝国の危機に力を貸そうとしないあなた方を守る義務など私にはない。あなた方はあなた方の力で領地を守るが良かろう」


「パトリツィア閣下、お怒りをお鎮め下さい。……アレシア陛下、いかが致しますか?」


 パトリツィアを静めさせようとアレシアに声をかけたセレリアだが、その反応は予想外のものだった。


「帝国への忠誠を失った者達は、この緊急の危機に役立たずと判った。よく覚えておく。事態が落ち着いた後、どのような処遇が与えられるか……忘れるなよ」


 アレシアはパトリツィアよりはるかに怒りを見せた。

 ここまで耐えてきたモノが一気に吹き出したのだろうとセレリアは感じた。


「な、なにを……」


 アレシアの反応が常日頃と異なることに、貴族達は動揺する。


「黙れ! お前達は戦場を見たことがあるのか? 我は亡き夫と共に前線に居たことがある。そこでは命を賭して戦い、帝国の未来を守ろうとする者達がいた。お前達のように安全なところで偉そうな口をきき、自分のことだけを考えて動いている者などおらぬ。今この時も敵から帝国を守ろうとして戦ってくれておるだろう。お前達はその者達にどんな顔で、自領を守るために兵は出せぬと言うのか? 言える者は、今から海岸へ行きそう言って参れ。ならば、私は何も言うまい」


 アレシアにこれほどの強い感情があったのかと、セレリアもパトリツィアも驚いていた。そして、この流れを止めることはできないと、予想される動きへの対応に考えを巡らせていた。


「良いか! 必要ならば我も戦場へ出るぞ。剣など振るえぬが、それでも必要だというならば即座に出る。この場に居ても帝国は守れぬからな」


 吐き捨てるように言い放ち、上座の席から立ち上がる。


「セレリアよ。近衛を連れて我も行く。前線で戦えなくとも、後ろから彼らの戦う姿を見て、心に刻んでおきたいのだ」

「はい、ではお支度の用意をさせておきます」


 皇帝代理であるアレシアをドレス姿のまま戦地へ向かわせられない。セレリアは一礼した後、会議室を去る。


「パトリツィア、その者達など放っておけ。すまぬが、そなたは我のそばに居てはくれぬか?」

「統龍紋所持者としての矜持とこの一命にかけて、陛下を必ずお守り致します」


 恭しく礼した後、テーブルを囲む貴族達を「フンッ」と一瞥しアレシアの横に立った。

 室内の近衛兵等が、動き出す。ある者は他の兵へ伝えるため、ある兵はアレシアとパトリツィアを護衛するため、テーブルで動揺している貴族達に目もくれずに機敏に動き出した。


「ま、待って下され、陛下、そ、そのようなつもりでは……」


 パトリツィアの後を進むアレシアは、振り返ることなく部屋を出て行った。

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