魔獣軍侵攻

 ディオシスヒュドラは、南下部隊と帝国侵攻部隊の編成を将官へ命じていた。


「良いか? 陸からの部隊は、金龍と屠龍の足止めが目的だ。無理に戦わなくて良い。兵の数は……一万もあればいい。あとは魔獣が翻弄するだろう。本命は、海から送る。問題はヌディア回廊突破だ。こちらは急げ。とにかく数を揃えろ。先発は魔獣が行うから、その後を追いかけるのだ。全軍を送るつもりで編成しろ」


 将官等に指示を出し終え、自らも出撃の準備を始める。

 衣装を着替えながら、不敵な笑みを浮かべてディオシスヒュドラはつぶやく。

 

「ディオシスよ。お前は我を受け入れられず、ついに意識も消えてしまったな。だが、お前が役立ってくれた恩は忘れはせぬよ。人間を滅ぼしはせん。まぁある程度餌にはなって貰うがな」


 着替えた衣装の上に鎧を装備しよとして止める。


「フッ、まだ人間だった頃の癖がこの身体に残っている。鎧などもう必要ない。むしろ邪魔だ」


 鎧を壁に戻し、ニヤリと笑う。


「この身体とももうじき別れる。長く棲んでいた場所だから愛着がないわけではないが、脆弱な人間のままでいるわけにもいかぬ」


 身体に手を当て、何かに思いを馳せているような表情を浮かべる。その後、再び不敵な笑みを浮かべ、部屋を出て王宮の外へ向かった。


 王宮前に出たディオシスは、両手を広げ大声で叫ぶ。 


「さぁ可愛い我の眷属達よ! いよいよ龍族との戦いだ。思うがまま暴れて良いぞ。ああ、こちらの住民と兵は襲うなよ!」


 王都のあちらこちらから、様々な種類の咆哮が聞こえる。獣や鳥に似た声、虫の羽音が王都を覆う。

 それらの声に満足顔を見せたディオシスは兵が連れて来た馬に跨がり、ヌディア回廊を目指して西へ歩かせる。


 馬に跨がるディオシスの後を、数多くの魔獣が付き従っている。西へ進むにつれて、どこからともなく魔獣の数が増えていく。陸上型だけでなく飛行型も加わり、その数は五万を超えている。

 その恐ろしい黒い隊列が通ると、人々はその場から急ぎ逃げるように立ち去った。


「フン、虫けらに等しい人間ども。素直に恐れ崇めていれば良いものを。まぁいい。我らの餌を作り、自らも餌となるべき存在だ。そう考えると可愛らしいとも思えるな」


 住民の反応を気にしている自分に気付き苦笑する。


「おっと、ディオシスと一体だった時期が長かったせいか、人間どもの反応が気になるとはな。愚かしいことだが、ディオシスへの義理もある。不快な人間どもを蹂躙するのは容易いがそうはせぬよ」


 弛めていた手綱を振り馬に合図する。速度をあげ駆ける馬上でディオシスは号令する。


「皆のもの! 叫べ、吼えろ、そして駆けるのだ。我らの力をこの国の者達に知らしめろ」


 サクッサクッという足音が、ザッザッと荒くなり、黒い隊列全体の速度があがった。

 「ウオォォーン」「ガァアアア」などと咆哮が徐々に全体に広がる。人間の軍隊ならば道幅に合わせた隊列のまま進むだろうが、魔獣の隊列は前方が林であろうと気にせず進む。駆ける足で巻き上げられる土煙に草の匂いも獣の体臭に混じり、猟師ならば近づかない濃密で危険な空気があたりに満ちていく。


「皇龍が生まれる前に勝負をつけられるか。それだけだ。士龍を持つあやつを殺せ! 皇龍が居ない今しかチャンスはない。急げ! あやつが居そうなところは全て蹂躙するのだ」


 ディオシスが手を上げると、飛行型魔獣の集団がヌディア回廊へ続く道から逸れていく。


「空が士龍おまえだけの領域ではないことを、数が少ないお前達にはできないことが我らには可能なのだと教えてやる」


 駆ける馬上で、まだ見えぬヒューゴをディオシスは捉えていた。今頃は、地底を潜ってベネト村へ近づいている魔獣も急いでいることだろう。それに加えて空からも襲う。

 ベネト村だけではない。ウルム村へも同時に襲いかかる。

 ディオシスが試して得たこれまでの経験から、ヒューゴ達の強みは局所攻撃であり局所防衛だと判っている。そしてそれは弱点の裏返しでもあると判っている。一局地での戦いでは圧倒的に強いが、複数箇所となるとヒューゴ達には数が足りない。

 どこかを犠牲にしなければ勝てない戦いを嫌っていることも判っている。ならば、ヒューゴが狙うのはディオシスとの直接対決だ。頭を潰してしまえばあとは烏合の衆。これまでそうだったように、今回も同じく考えるはずだ。


 つまりこちらを狙ってくる。ディオシスの命を狙ってくる。

 これまでは士龍の敵になりうる者ではなかったから成功してきた。その成功体験が、ヒューゴをディオシスのもとへ向かわせる。


 しかし、ヒュドラには士龍は勝てない。勝利しうるのは皇龍のみなのだから。


「出てこい。我の前に出てこい。二千年の恨みを晴らしてやる。我を封印し、我が物顔で世界に君臨したお前達を滅ぼしてやる。そして……」


 ヒュドラの念願を叶えるのだと秘めた想いを怒りに変えていく。

 鞭を再びあててヒューゴの居るところへ更に急いだ。

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