対ヒュドラ戦(その一)
ゴーレムの壁により前方を防がれた
「時間稼ぎか、小癪なことを……。左右の崖を越えられる魔獣だけを相手にしようというのだな。もう少し、この身体のまま遊んでやろうかと思っていたが」
ディオシスは馬を降りると、周囲の魔獣がサァッと離れた。
両腕をダラーンと下げ、その場で立ち尽くしている。だが、おどろおどろしい気配が赤黒い光と共にディオシスを中心に広がっていく。回廊内に冷たい空気が満ちていく。
「ガァアアアア!」
ディオシスの口から人のモノとは思えない獣の咆哮が響く。衣服を破って身体がムクムクと大きくなっていくにつれて、周囲の冷気と放たれている光が強くなっていった。
その身体が回廊の道幅いっぱいに統龍並みにまで大きくなると、ディオシスの頭部が伸びていき、口が大きく割れて開き蛇の頭部となった。手足は分厚い鱗に覆われ、四肢で巨竜のような身体を支えている。
「グガァアアアアア!」
再び咆哮をあげると、太く長い尾が生え、肩から十二本の鎌首が生えてきた。もはやディオシスだった頃の残りは何もない。ヒュドラは十三本の首をあげた。
「この姿になるのも二千年ぶりだな。ククク、やはり自分の身体というのは良いな。力が満ちているのは判るぞ」
ドシンドシンと地面を揺らし、ゴーレムの壁へその巨体で近づいていく。十三の頭部にそれぞれある炎のように力を湧き出している瞳が壁を睨む。
グァアアアアア! と叫んで十三の鎌首を壁に次々と当てていった。
ヒューゴの目の前にある壁がズンッズンッと音をたてて揺れている。やがて、中央の一箇所が崩れ、そこから巨大な蛇の顔が睨むように姿を現わす。
「……イルハムがせっかく作ってくれたが、長くは保たなかったか」
黒い線が縦に引かれた赤い瞳をヒューゴは睨む。ヒュドラの視線もヒューゴを捉え、徐々に細めて獲物を見つけた笑みを浮かべている。ズンッズンッと振動は続き、壁の穴はどんどん広がっていき、ヒュドラがその身体を回廊から表に現わしてきた。
「……士龍……」
ヒューゴを捉えた鎌首の一つが低く唸るように声を出した。
「おまえがヒュドラか……。さすがにでかいな」
統龍とほぼ変わらぬ大きさに、士龍が離れたままでどう戦えば良いのかとヒューゴは苦笑する。
――あれに直接ぶつかっても無駄だな。ならば……。
ヒュドラの正面を避け北側へ駆ける。
「逃がすものかよ」
ヒュドラが開いた穴から、次々と獣型の魔獣が飛び出してきた。
「……士龍が来るまでは……」
体力の消耗が激しい士龍化は極力避けなければならない。体力を強化する力のみで魔獣を相手するとヒューゴは決める。背中が紫に光り、迫ってきた魔獣の一頭に向けて突進し、クワッと開いた顎目がけて剣を払う。
ザシュッと切れあじ鋭い剣に頭部半分を飛ばされ血しぶきをあげて魔獣が倒れる。
――囲まれない位置を保たなければ……。
飛竜は全頭村人の避難に回している。当分の間は飛竜をあてにはてきない。
ラダールは上空で、飛行する魔獣を倒している。ヒューゴを乗せていないからその動きに魔獣では追いつけないでいる。このまま制して貰えれば、いずれ空からの攻撃が可能になる。
ヒュドラの気を惹きつけるため、魔獣達がばらけないようにするため、今は地上で戦う方が良い。
あとは体力と相談しながら、統龍達の到着まで時間を稼ぐ。
ヒューゴは、突出してくる魔獣のみを相手にしながら北側へ徐々に移動し、ヒュドラを誘っていった。
・・・・・
・・・
・
「フウゥ……覚悟はしていたけれど、疲れるな……」
ヒュドラが抜け出たあとの回廊へは、イルハムがゴーレムを使って魔獣と王国軍兵の進軍を邪魔しつつ倒している。おかげでヒューゴが相手する敵は、ヒュドラを除けば一万程度だろうと思われた。
それでも動きが速い魔獣相手に囲まれないよう神経を集中しつつ倒し誘導するのは、さすがのヒューゴでも骨が折れる。何より、ヒュドラが控えているというプレッシャーが疲労を増す。
――クソッ、まだか……。
ルーク率いる帝国軍が来れば、回廊内の敵を任せられる。
そしたらイルハムの支援でひと息つくことも可能になり、リナの魔法で疲労を回復することもできる。
ヒューゴが倒した何十頭かの魔獣の返り血で鎧も握った剣の柄も汚れていた。
だが身体にはまだ力が入る。手足はまだまだ動く。
自分の状態を確認し、気持ちの揺らぎをヒューゴは抑える。
『待たせたな。お前は少し休んでいろ!』
上空を巨大な影が横切り、ヒュドラに向けて飛竜より二回り大きい龍が降りてきた。
「士龍か!?」
巨大な漆黒の飛竜が、広く分厚い羽をはためかせ、口から見えないブレスを放ち、無数の魔獣を切り刻んでいる。ヒューゴに顔を向けずに地面へ降り立ち、そのぶっとい尾でヒューゴに向かう魔獣をなぎ払っていった。
『そうだ。下がれ!』
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