対魔獣対策

 ガルージャ王国での調査を終えたパリス等がベネト村へ戻ってきた。ヒューゴの自宅へ報告に来たのは、パリスとレーブ……そしてガルージャ王国王太子カスルーア・アル=アリーフと護衛役タヒル・シャリポフ。カスルーアもタヒルもヒューゴの顔は知っている。だが相対して話すのは初めてなので、改めて挨拶を交わした。


 ヒューゴの家は普通の民家で、大勢が話し合える部屋はない。そこで、イーグル・フラッグスの会議所で報告を聞くこととした。

 天気も良く、しばらく歩くと到着する距離。ベネト村のことをいろいろとカスルーアはパリスに聞きながら歩いている。パリスもカスルーアも笑顔で、その様子からは親密さが感じられる。

 会議所までの間、ヒューゴはレーブに状況を訊く。


「カスルーア王太子まで連れて来ちゃった理由を教えて欲しいんだけど」


 意味ありげにニヤリとレーブは笑い、ヒューゴの耳元に顔を近づけて言う。


「サマド国王がパリスさんを気に入って、カスルーア王太子の妃候補にどうかと……」

「え? パリスさんを?」


 声が大きくならぬよう注意したが、背後のパリス達に聞こえていないかヒューゴは確認する。


「ええ、ラニア王妃も気に入ってましたから、あちらには何の問題もありません」

「……そのことはパリスさんは……」


 周囲の思惑通りの行動などパリスがとるわけはない。お膳立てされた結婚など絶対に受け入れるはずがない。ヒューゴはパリスの性格をよく知っているからレーブに確認した。


「もちろん知りませんとも。こういうことはそれとなく察していただくほうが良いのですよ」

「それにしても……パリスさんが七歳年上だけど……」

「カスルーア様がパリスさんを気に入りましたから問題はありません。それにカスルーア様は若さに似合わずしっかりした御方です」

「んー、詳しくは知らないけれど、確かに成人したばかりなのにとは思った」

「そうでしょう? 体力はまだまだですが、知性面は保証いたします。お優しいだけでなくしっかりした方ですしね」


 婚約者だったミゴールを亡くして以降十年、パリスには男性の影がまったくなかった。武術に優れ、男勝りな性格の彼女に言い寄ったと言えるのは、横を歩いているレーブくらいなもの。……相手にもされなかったが。

 よほど気に入る男性でなければパリスの相手は務まらないとヒューゴは考えている。若いカスルーアを気に入るものなのか判らないヒューゴは心配になる。


「まぁ、本人同士の気持ち次第だから、僕が心配しても仕方ないんだけど、パリスさんにこっぴどくフラれるようなことにでもなったら……」

「大丈夫ですよ。カスルーア王太子はメンタルも強い御方です」


 とらえどころのない気楽そうな口調でレーブは答える。

 まぁ成り行きを見守るしかないとヒューゴはパリスとカスルーアについては保留を決めた。


・・・・・

・・・


 十軒ほど並ぶ建物の中に、他の建物よりやや大きい二階建ての建物がある。イーグル・フラッグスの会議室や治療院が入っている建物。会議室は二階にあり、玄関そばにいた隊員の一人にイルハム、セレナ、そしてアレハンドラを会議室まで呼んでもらう。

 会議室は円状のテーブルが中央にあり、周囲に二十脚の椅子が並んでいた。ヒューゴ等は座ってイルハム達の到着を待つ。


「お待たせしました」


 扉を開けてイルハム等が入ってくる。カスルーアの姿を目に留めたイルハムとセレナは驚き、「どうしてカスルーア様が……」とつぶやいた。だが、その場は静かに席に座る。

 隊員二名が人数分のお茶を運んで、各自の前へ置き出て行った。


「じゃあ、パリスとレーブからガルージャ王国の状況を説明してくれるかい?」


 ヒューゴと目が合ったパリスが頷いて口を開く。


「ガルージャ王国沿岸部に出現する魔獣は、やはりこれまでセリヌディア大陸東部では見かけたことのない種類のようね。そして、出現場所を全て見て回った結果、その魔獣は地下を潜ってではなく、海を渡ってきたと思われる。ベネト村やウルム村郊外に現れたときのような……穴が見当たらない上に、飛行能力を持たない魔獣ばかりだから、何らかの手段で海を渡ったとしか考えられない」


「出現場所は十数カ所。同じ所には二度現れていないし、出現した魔獣は三種類ね。ギャリッグサーペントも現れたようだけど、その他は中小型の獣型魔獣。ギャリックサーペントは一体で、他は四体程度の集団で……それと徐々に東へ移動して出現している」


「これらのことから、サマド国王とも話し合ったのだけれど、今回出現した魔獣は、陸上の魔獣を海を渡って運ぶ実験だったのではないかと思うの。そう考えないと、各場所に一度きりしか現れないのも、徐々に出現場所を移動させている点も理解できない」


 話し終えたパリスは周囲を見渡し皆の反応を伺っている。少し間を置いてヒューゴが話し始めた。


「確認できた魔獣については、後でアレハンドラに話して照会してもらおう。重要なのは、海を利用して魔獣を運ぶ実験だとしたら、このことから何を予想して対策しておくべきかだ」


 イルハムが最初に意見を述べる。


「ルビア王国が海棲魔獣も使役しているという点が問題ですね。ヌディア回廊だけを注意していれば良いわけではなくなったのですからね」


 イルハムの意見にヒューゴは頷く。


「ああ、この件はダヴィデさんにも連絡し、水竜でどこまで対応できるのか確認しておかなくてはならないな」

「海棲魔獣を利用して人間の軍団を送り込んでくることも可能なのか……」

「そうだね。セレナ。それについても対策を練っておく必要があるかもしれない」


 再びイルハムが口を開く。


「海棲魔獣は、セリヌディア大陸東部沿岸部のどこにでも現れることはできるのかも気になります」

「そうだね。僕からも一つ。今回の件が実験だとしたら、いずれルビア王国が帝国へ侵攻する際、こちら側の戦力を分散させる目的でだろう。ならば、僕等は二つの対策を考えなければならない。一つは、沿岸部の防衛体制、もう一つは、ルビア王国が魔獣を送って来られないようにすることだ」


 ガルージャ王国の魔獣対応を指揮しているタヒルが意見を述べる。


「ガルージャ王国としては、今回より多少多い程度なら沿岸部の防衛体制を強化すれば問題はありません。ただ、十倍程度の数で複数箇所を同時に攻めてくるようであれば、損害は大きくなると思われます」


 サマド国王のゴーレム、タヒルのゲールオーガも居る。彼らの手に余るほどの魔獣が送られてくるとは想像しづらいが、想定しておく必要はある。


「そうだね。帝国側には統龍と竜が居るから、パトリツィア閣下等に相談し、事前に配置しておけば困ることはないだろう。ガルージャ王国だが……飛竜を数体沿岸警備用に利用しよう。問題は……」


 セレナがヒューゴの言葉を引き継ぐようにつぶやいた。


「ルビア王国の目論見をどう防ぐかですね」

「そうなんだ。で、僕はこの際、旧ズルム連合王国をルビア王国の支配下から解放しようと考えている」


 ヒューゴはアレハンドラに視線を合わせる。


「それは有り難いお話ですが、現在は難しいのではないかと」

 

 悔しそうにアレハンドラは眉をしかめる。


「どうしてだい?」

「旧ズルム連合王国地域は、ガルージャ王国同様に、都市や村が離れています。それらを制圧してその後の維持もとなると、ルビア王国からの攻撃もあるでしょうから困難ではないかと」


 一理あると納得したヒューゴは次の案を出す。


「なるほどね。だったら、旧ズルム連合王国地域を荒らし回るのはどうかな?」

「というと?」

「魔獣を送り込むにしても、魔獣を捕えておくにしても、軍の力なしでは不可能だ。だから……」


 アレハンドラは眉を開いて、力強い目をヒューゴに向けた。


「軍施設だけを破壊して回る?」

「そう。だったら民間人には被害は出ないだろ?」

「その作戦、私にやらせてください!」


 ジッと見たあと、ヒューゴは提案する。


「指揮を執るのはアレハンドラきみでいい。だけど、お父上とアスダン国王の力も借りるんだ。お二人は幻獣使い。地域の状況も理解されている。この会議を終えたら、ラダールを使って良いからガルージャ王国で休養しているお二人を訪ねて欲しい。そして協力して貰えるようならば、作戦を始めよう」

「判りました。父も、アスダンのスハル・ダブアルド様もきっと喜んで協力してくださる。弟のミゲロも……。私達の無念を晴らす機会です。きっと大丈夫です」


 アレハンドラは両拳を握りしめ、嬉しそうな笑顔をヒューゴに向ける。


「イルハム。セリヌディア大陸西部方面の作戦については、君が参謀役となってアレハンドラを助けてくれ」

「ハッ、判りました。それでガルージャ王国方面は?」

「飛竜を三体預けるから、今回同様パリスさんとレーブに頼む。くれぐれもサマド国王との連絡を密にして欲しい。まぁカスルーア王太子とタヒルさんが居るから心配していないけどね」

「いいわ、任せて。沿岸部の状況はしっかりと頭に入っている。住民に被害が出るようなことはしないわ」

 

 パリスからレーブへ視線を移す。


「頼りにしてるよ。……レーブ、全体の調整は頼む」

「お任せを。それで、いつから始めますか?」

「ガルージャ王国側にアーテルハヤブサを準備しておいてくれ。タヒルさんに預けておけばいいだろう。それで魔獣が出現したら、パリスさんがマークスと飛竜を連れて迎撃に向かう」

「私は現地へ行かなくて宜しいので?」

「レーブはここで待機。ガルージャ王国側からの情報を受け取り、セレナと相談して必要なら増援を送るてはずをつけてくれ。イーグル・フラッグスの隊員は、アレハンドラさんと共に大陸西側へ多く配備することになるだろう。だから……」

「なるほど、ヒューゴ様に出て頂くかどうかの判断をしろと言うのですね?」

「そうかもしれない。でも、飛竜を数頭増援に送るだけになると思うな」

「判りました」

「では、みんな担当の作戦について確認してくれ。必要なものがあれば何でも言って欲しい。では解散!」


 カスルーアのところへイルハムとセレナが寄っていく。カスルーア王太子もパリスに伴うのだろうなと思いつつ、その様子を眺めてヒューゴも部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る