アレシアの決意

 アレシアからの依頼で、セレリアは帝都を訪れた。シルベスト前皇帝が亡くなった時よりは活気が感じられる。だが、賑やかというよりはどこか落ち着かない雰囲気のように感じる。それはセレリアが王宮の状態を知っているからなのかもしれない。そう思いつつ、王宮へ続く街路を涼しい天候の中歩く。

 

 王宮の門番が以前と変わっていて、入宮する際にセレリアは確認される。別になんてことのない変化だが、状況が変わりつつある今を現わしているような気にさせる。


 政務に勤しんでいるアレシアからの呼び出しを待合室で待つ間、壁にかかっている肖像画を眺める。代々の皇帝の絵を一人一人確認し、シルベストの絵だけがその身なりで皇太子時代のものと判り、失ったあの日の辛さを思い出す。


 護衛兵の一人が扉を開けてセレリアを呼ぶ。

 彼の誘導に従って、アレシアが待つ客間へ通された。


「遠いところ、わざわざ来ていただいて申し訳ないわね」


 黒の造花をドレスの胸にあしらえてシルベストの喪中だと判る様子のアレシアが、ソファから立ち上がって声をかける。


「いえ、お側で支えられず申し訳なく思っております」


 かしこまった表情で深々と一礼しセレリアは顔をあげる。扉の両脇に立つ近衛にアレシアが目配せすると、二人は扉を閉めて出て行った。


「さぁ、こちらへ」


 正面へ座るよう手を差し出してアレシアはセレリアを促す。背もたれに触れないよう背筋を伸ばしてセレリアはソファに腰掛ける。


「時間もあまりない故、来ていただいた用件を早速話します」


 「はい」と返事してセレリアは、堅い表情のアレシアを見つめる。


「帝国の現況は聞いているかと思います。シルベスト様が進めようとされていた体制の変更は遅々として進んでいません」


 コクリとセレリアは頷く。


「各貴族は既得権を失わぬように、中には更に強化しようと考えている者もおります。この姿勢はシルベスト様がお考えになっていた方向とは逆です」

「そうですね」

「ヒューゴ殿を宰相格の地位に迎え入れ、その者等を牽制する必要があると考えておりますが、伯父上ギリアムは貴族の誇りをおもんばかる必要があると良い顔されません」

「簡単には納得しないでしょう」

「しかし、皇位が移った時期こそ……政治の方向を変える好機です。つまり今です。この機を生かさなければ体制変革などできません」

「強引にヒューゴを迎えて、士龍の力を背景に変革を進めたい……と?」

「正確にはそうではありませんが、実態はそうなります」

「正確にはとは何でございましょうか?」

「あなたです。セレリア殿、あなたを迎え入れ、ヒューゴ殿をあなたの補佐に……としたいのです」

「え? 私を……ですか?」

「そうです。帝国の国民ではないヒューゴ殿を、王宮に迎え入れるためにはこれしかありません」

「しかし、私は……」


 新たな方法で領地を治め、これからの貴族の在り方をヒューゴに示す。

 これがセレリアなりの貴族の存在意義を示す方針。

 今、少しずつ形ができあがってきて、あとは試行錯誤を繰り返してより良い結果を出すよう努めるだけ。

 領地に居て領民と触れあい、その声を聞いて領地経営に活かそうとしている現状、領地を離れて帝都へ来るには時期が悪い。

 それに跡継ぎを残す責務もある。


「ええ、あなたがルーク殿と結婚し、家の存続に力を入れようとなさっているのは承知しております。亡き夫……シルベスト様の喪に服し、式を先延ばしされていることも存じております。そのことを思うと大変心苦しく思います。ですが、今しかないのです。この機を逃し、シルベスト様が望んでいらした変革を起こせないならば、私が皇帝代理を務める意味がないのです。我が儘だと言われるなら甘んじてその非難は受けましょう。ですが、どうか力を貸していただけないでしょうか?」


 身を乗り出してセレリアを見つめるアレシア。

 協力してさし上げたいと思う。だが、すぐには決断できそうにはない。

 帝国の貴族の一人としては、皇帝代理アレシアの力になりたいと強く思うけれどと、セレリアは苦渋の表情で口を閉じている。


 命令し強制的に王宮で働かせることもできるアレシアが、セレリアに依頼しているという事実をとても重く感じている。

 問題は、ヒューゴを御しえるかという点だ。ヒューゴはあれでかなり頑固だ。明確な根拠があることならば理解してくれるが、因習だからという程度では納得しない。

 それに士龍である点も頭が痛い。ヒューゴがその気になれば、相手が上級貴族であれ武力で黙らせることも可能だ。ヒューゴは力で強引に物事を進めることはしないだろう。だが、その気になればできるという事実は無視できない。

 ヒューゴには可能という事実は、それだけで上級貴族に対する圧力となる。

 血統的権威に疑いを持たれているアレシアは、だからこそヒューゴで武力面の権威として迎え入れたいのだろう。

 その気持ちは判る。だが、脅威を感じさせて政務を進めようとするならば、内乱で力を失った拡大派はともかく融和派からの反発を招く。それは再び帝国の分裂に繋がるかもしれない。


 そこまで考えて、セレリアはアレシアの思いに至った。


「この際、帝国が分裂しようと構わない……そうお考えなのですか?」


 キツい視線で見つめるアレシアは何も言わない。

 この無言が、セレリアの予想を肯定している証拠。


「そこまでのお覚悟を……」

「どのみちこのままでは割れます。ならば、私に付いてきてくれる者達だけで新たな道を進みたい。その際、ヒューゴ殿がこちらに居るという事実は大きい……」


 ヒューゴが居る陣営には統龍紋所持者が敵対することはない。味方にならなくても敵対しないというだけで戦略的に優位となる。先の内乱でヒューゴの果たした役割とその力は上級貴族には知れ渡っている。下級貴族でも知っている者は多い。武力での反抗は無駄だと判るだろう。

 帝国が割れない可能性もそれなりにある。

 だが……、


「元老院は反発しますよ?」


 承認の五貴族は、遠縁とはいえ皇室の血縁。

 シルベストと、その遺志を継ごうとしているアレシアの思いを尊重するだろう。

 だが、元老院は別だ。因習に囚われている集団と言っても良い。

 その彼らが、現在まで続く貴族支配体制の変革を良しとするわけはない。


「致し方ない」


 即答したアレシアは一瞬も目を逸らさずにセレリアを見つめている。いつもは穏やかで静かな森のような瞳が決意に溢れる強い光を放っている。


「判りました。ヒューゴと会って参りましょう。説得できなかった時は……」

「私自ら行く。会って頭を下げて頼む」


 アレシアの覚悟に押され、セレリアは頷くしかなかった。

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