シュルツ領の試み

 ルイムント・クリフソスと近衛兵十数名……イーグル・フラッグスの隊員達は帝都周辺と帝国東部から北部方面を回った後、中央地域のシュルツ領へ入った。セレリアに会う前に、シュルツ領の状態をルイムントは調べる。他の領地でと同じように、多くの領民から話を聞き領地と領主の情報を集めた。

 その後、隊員達には休日一日を指示し、シュルツ家へルイムント一人が訪問する。


 シュルツ家は承認の五貴族に含まれる名門。だが邸宅は質素で、貴族宅を数多く見てきたルイムントには下級貴族の家かと感じられた。だが、芝は綺麗に揃えられ掃除も行き届いているためか、門をくぐると気持ちが落ち着く。

 扉のノッカーを叩くと執事が現れ、ルイムントは中へ通される。

 事前に訪問を伝えていたので、質素な家具が並ぶ客間にはルークとセレリアの二人が窓際の椅子に座り待っていた。


 ルークとセレリアは、シルベストの喪が明けるまではと結婚式を見送っている。婚約は済ませたので、休暇や任務の合間にルークが立ち寄る機会はあった。


「ようこそいらっしゃいました。お話はヒューゴから連絡を貰っています」


 軍服か鎧を着込んだ姿ばかりのセレリアを見ていたルイムントには、貴族の婦人らしくドレス姿に違和感を感じた。違和感を感じた理由は、衣装というより振る舞いが婦人のものというより軍人のものだったからだろう。

 そこに気付いたルイムントは、感じた違和感を消すようにセレリアに微笑んで一礼する。


「ルーク様、セレリア様、お二人ともお元気そうで何よりです」


 顔を上げたルイムントへ、手で示して座るようセレリアが促す。背もたれに草木が装飾された木製の椅子にルイムントは座る。香木を使っているようで、座るとほのかに甘く柔らかい香りがする。


「あなたが近衛を辞めたと聞いて驚きました」

「それについては……」

「ええ、深くお聞きするつもりはありません。お気持ちは判りますし」


 ルイムントの言いづらそうな様子に、自分が発した言葉の先をセレリアは止める。

 

「それで、帝都はどうですか?」


 ルイムントの行動をヒューゴから連絡されていたセレリアが話題を変えようと訊く。

 

「アレシア様はご苦労されております」


 ルイムントは苦々しげな口調。

 夫のシルベスト前皇帝を急に亡くし、遺志を継ごうとアレシアは慣れない政務をこなしている。しかし、「急進的に過ぎる」「伝統を慮るべき」などの理由で反対する貴族は多く、新たな体制構築は遅々として進まない。近衛隊隊長に過ぎなかったルイムントには手助けはできない。

 そんな中、アレシアの気持ちを慰めるためにも、自身の恨みを晴らすためにもとイーグル・フラッグスへ参加した。

 帝国を安定させるため、皆がアレシアを支えるべき時期に、多くの貴族が自身の利益のためだけに動いている状況をルイムントは腹立たしく感じている。


「ギリアム様が支えてくださっているようですが、シルベスト様のご遺志を進めるには……」

 

 ルーク経由でセレリアは帝都のおおよその状態は聞いている。だが、ルイムントの苦々しげな様子に、想像している状態より悪いと感じた。


「では、帝都周辺と北部の状況はどうですか?」

「はい。それぞれの思惑は違いますが、きっかけを待っているように感じました」

「きっかけ?」

「はい。フランツ皇帝時代のままで固定しようとする方、もしくは、下級貴族が上級貴族へと上れる機会を作ろうとする方がいらっしゃるようです。双方とも、シルベスト様のご遺志……血統よりも能力を重視する方針には反対のようです」

「つまり、アレシア様を困らせて政策実現を遅らせ、何かしらの失敗を待って体制変更を阻止しようとしている……」

「……ええ」


 帝国の将来は明るくないと感じる二人が沈鬱な表情で黙る。これまで無言で話を聞いていたルークは苦笑する。


「馬鹿だよな。ヒューゴくん……士龍が動き出してしまったんだ。彼が現状を良しとしていない以上、誰が皇帝の座に就こうと、その意思を無視できなくなるのに」

「ルーク。ヒューゴがどう考えているかは重要だけど、私自身も帝国は……貴族は今のままではいけないと思う」

「君が言っていた……帝国の中身が時代の変化についていっていない……という奴かな?」

「そう。大陸の在り方がウル・シュタイン帝国建国前とは大きく違う。帝国もそう。だけど、この四百年近く変わっていない。貴族の在り方も、統治方法も状況に合わなくなっているんだわ」


 ルークとセレリアの話を聞いて、シュルツ領に入ってから持った疑問をルイムントは訊く。


「セレリア様は、この領地をどのように治めていらっしゃるのですか? 他の領地と異なり、小作人は明るく仕事していますし、商人の表情にも誇らしさのようなものを感じたのですが」

「土地の賃料だけで税は受け取らない。違法な商品はもちろん売値に見合わない不適切な商品を扱う商人は領内出入り禁止にしたの」

「税は受け取らない?」

「ああ、ごめんなさい。政府が定めた税は徴収しているけれど、それ以外は止めたの」

「では、シュルツ家の収入は土地の賃料だけで?」

「そうよ。贅沢しなければ十分やっていける」


 収穫量に関係なく領主に治めるお金が一定ならば、農民が張り切るのもルイムントには理解できる。ここの領地で商いができるというのは、公正な商人という証を得られる。シュルツ領でのステータスが、いずれ帝国での標準となる日が来るのかもしれないともルイムントには思えた。

 だが……。


「領内の警備はどうされているのですか?」

「帝国軍から送ってくれてる兵で問題はないわ。トラブルが生じたら、その時はまた考えるけれど、昔ながらに私兵を大勢雇う必要はない」

「領主間でトラブルが生じる可能性はあるのでは?」


 現在では、領地間トラブルの件数はとても少ない。だが全くないわけではない。軍事費というのはほぼ人件費で、領地経営での支出を大きく膨らませる支出だ。だが、万が一を恐れて、各貴族は私兵を雇い警備させている。その為の税を受け取っていないならば、どうしているのかとルイムントは訊いている。


「ああ、そこは私から説明しよう。パトリツィア閣下から火竜が派遣されるんだ。領地外への戦闘行為には介入することになっている。いずれの話だが、戦闘を始めた領主は、パトリツィア閣下の権限で領地を没収される。もちろん十分に調査してからになるけれどね」

「領地内は帝国軍兵で、領地間は火竜がと?」

「そうだ。今でも武力を帝国に預ける傾向は進んでいるが、貴族が個別に軍を持つ時代を完全に終わらせる。それが士龍とシルベスト様の間で決められた新たな体制の一つだよ」

「……そんなことを貴族が受け入れるのでしょうか?」


 ルイムントの疑問はもっともだ。現在、独自の固有武力を持つ貴族は、その力を手放すに等しい。そのようなことは受け入れられないと反発する貴族は出てくるだろう。

 だが、手段があるから進めている。


「君になら話してもいいだろう。これから話すヒューゴ君のことは、まだ他には漏らさないで欲しい。といっても、私も詳しいわけではないので少ししか話せないが」

「はい、誓って」

「……ヒューゴ君は皇龍になるかもしれない。そして皇龍になれば簡単に、皇龍になれずとも……統龍紋所持者がシルベスト様のご遺志を尊重し、そう決めている以上遠くないうちに実現するだろうね。魔獣退治も含めた戦い一切の解決は、国内外関係なく龍族が担う」

「その名は知っていますが、皇龍とは何でしょうか?」

「皇龍は統龍が従う存在で、社会を変えうる存在だとパトリツィア閣下は話しておられた」


 皇龍に触れるとき、ルークは言葉を選んでいるのがルイムントには判った。自身で言っている通り、皇龍についてさほど多くは知らないのだろうが、それでも話す内容を限定していると感じる。ならば、これ以上皇龍に拘っても情報はさほど手に入らない。


「皇龍のことは判りました。しかしそれでは龍族による支配になるのでは?」

「武力で争わないならば、龍族は何も介入しない。代償も求めない。暗殺を含めた殺人などの犯罪には帝国軍が対処する」

「とすると、話し合いによる問題解決を貴族が担う体制へシフトするということでしょうか?」


 軍事的な話でないならセレリアが説明した方が良いと、ルークはセレリアに視線を送る。


「おおよそはその理解でいいと思う。でもヒューゴは、これからの時代に貴族階級は不要と考えている。もし、貴族がその存在を残そうと考えるなら、存在意義を示さなければならないでしょうね。だから私は今頑張っているのよ」

「慣れた体制が変わろうとしている……怖いですね」

「ええ、怖いわね。ヒューゴは国というものを信用していない。だから国の権力をできるだけ小さくしようとしている。まず軍事は龍族に委ねて帝国に限らず国家の軍事力を弱体化させようとしている」

「……龍族に委ねていいのでしょうか?」

「さあね。私には判断できない。ただ、龍族には所有地を広げようとか、名誉だとか、そういう欲はない。食料さえあればそれでいい。そしてその食料も今までの経験でそんなに負担にならないと判っている。……領地ごとに二頭から三頭は十分に養える程度ですものね。人を雇うより全然安い。つまり領民の負担が軽くなるということ」


 ルイムントにも、ヒューゴが目指しているところが今よりも良い環境なのか判らない。しかし、ルークとセレリアの様子を見ていると、受け入れるしかない類いの話なのだろうと感じていた。ならば、より良くなるように努めるしかない。そう考えた。


「ヒューゴ様がそんなに怖い方とは思ってもいませんでした。ですが、シルベスト様のご遺志でもあるのであれば、私は従おうと思います」


 そう言ったあと、ルイムントはここまでの間に見てきた各領地の情報を伝える。話し終えたルイムントは、隊員達のところへ戻るといって立ち上がる。


「……そう、やはり状況は良くないわね。ご苦労さまでした。うちの領内では隊員達とゆっくり過ごしてちょうだい」


 ルイムントを玄関先まで見送ったあと、その場でため息を一つついてセレリアはルークに話す。


「……私達がこの領地でのんびりしていられるのもあとわずかね」

「ああ、そうだね。戦争ではない戦争が始まる。その後はまさに戦争もね」

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