再び帝都へ

 皇帝代理アレシアの補佐役として皇佐という役職が新設される。皇佐にはセレリア・シュルツが抜擢され、セレリアの補佐……皇佐補としてヒューゴが就く。皇佐が実質的な宰相位であることは、誰の目にも明らかだった。


 この人事は、元老院と上級貴族の間に少なからぬ動揺を与えることとなる。


「たかが小隊長で中尉でしかなかったセレリア・シュルツが政務に、それも宰相と言ってもおかしくない地位に就くだと?」

「セレリアなどどうでもいい。問題は、補佐役に就いたヒューゴという若造だ」

「そうだ。統龍紋所持者二人がアレの後ろに居るというではないか」

「それに、名誉帝国民とかいうのは何だ」

「内乱の際、シルベスト前皇帝陛下を助けたからという」

「ギリアム閣下は反対しなかったのか?」

「いや、ギリアム閣下はまったく反対しなかったというぞ」

「では……」

「ああ、例の……貴族は私兵を帝国軍に編入しろという法は通るだろう」

「それは困る。……だが……」

「ああ、統龍紋所持者が向こうに付いている以上どうにもならん」


 アレシアを舐め、既存の体制を維持しようと政府運営を邪魔していた貴族等は慌てている。猫の動きを抑えていればと楽観していたら、虎が出てきた状態だ。

 魔獣や敵兵相手に多くの戦いを前線で経験してきたセレリアは、上級貴族の睨みになど怯まない。怯むどころか不敵な笑みを浮かべ、「戦うというのなら、いつでもどうぞ」と言うかのような余裕ある態度。

 アレシアが主張し進めようとしていた政策を、元老院からの反対などモノともせずに法令として発布していく。

 元老院の保守的な姿勢を利用し、体制の変革を邪魔していた一団はセレリアへの反発を強めた。


 外からは余裕ある態度に見えるセレリアだったが、内実はそうでもなかった。

 少しでもアレシアの方針に好意的に見える貴族のところへ、毎夜出向いて説得して歩いている。

 その際、護衛役も兼ねたヒューゴを伴って訪問するのだが、その様子を見た非好意的な貴族からは「ルークと婚約しているのに愛人を連れて歩いている」などと揶揄され噂を立てられる。根も葉もない噂だが、アレシアの政策を推し進めている立場としては、誤解によるイメージダウンは見過ごしてはいられない。


 それに潔癖なヒューゴの怒りを抑えるのも大変だ。力で押さえつけるしかない状況ならばまだしも、今は、強権的であっても暴力に訴えてはいけない段階。ヒューゴは命まで奪うことはないだろう。だが、その圧倒的な戦闘力で黙らせたなら、融和派を……シルベストの方針を支持している貴族の離反に繋がる可能性がある。それは新たな体制が動き出し、その妥当さを周知させるまでは避けたい。


 ヒューゴもストレスを溜めている。

 本来ならばベネト村に居て、ガルージャ王国方面と旧ズルム連合王国の地域での作戦を見守りつつ、数年後のルビア王国侵攻に向けた準備を進めているはずだ。

 だが、セレリアだけでなくアレシアまでもがベネト村へ来て、しばらくの間でいいから力を貸してくれと頼むものだから帝都まで来たのだ。にも関わらず、あらぬ噂でヒューゴとセレリアに不名誉な状況を我慢しなくてはならない。暴力を使用するまでもなく、面と向かって「噂の根拠は何だ」と問い詰めたら明らかになるではないかと苛々している。


 セレリアがなだめているから我慢している状況だ。


「しかし、貴族の誇りとやらが、こんなに俗なものだとは思いませんでしたよ」


 今日も一軒訪問し、王宮に与えられた部屋へ戻る途中で、ヒューゴはセレリアに愚痴っている。

 訪問先の貴族から、「こんな噂が流れているが、真実ではあるまいね?」と釘を刺された。セレリアは苦笑して否定したが、ヒューゴは面白くない。

 新たな体制ができあがるまでは帝都に居る予定であり、長期の休みも貰えそうにはないので愛妻のリナも近々帝都へ来る。リナが来た時に変な噂が広がっていたらと思うと、ヒューゴは苛つきを押さえられない。


 セレリアはヒューゴが苛々している気持ちは判る。

 婚約者のルークも貴族で、このような下世話な噂が流れる状況を理解している。だから誤解されることもないが、リナがどう感じるかは判らないし実際は理解を示すと思うが、それでも不愉快には感じるだろうと思っている。

 そのことを思うと、ヒューゴを押さえつつ、リナに申し訳ない気持ちになる。

 

「ごめんね。でも、これが向こうの抵抗なの」

「ええ、それは判ります。ですが……このようなことをしていて誇りだなんて口にする神経が僕には判らない」

「そうね」


 王宮のそばまで着いたとき、ダヴィデから声がかかる。


「よう! お二人さん。これから二人に会いに行くところだったんだ」

「ダヴィデ閣下、こんばんわ。例の水竜の配置についてですか?」

「ああ、そうだ。それと水棲魔獣の動きについてな」

「判りました。お話を伺いましょう」


 三名は連れ添って王宮へ入っていく。


・・・・・

・・・


「ヒューゴ、蒼龍は帝都に近いところへ、水竜はグレートヌディア山脈の南と北へ配置した。セリヌディア大陸西部から東部へ向かう、水面付近の魔獣を優先的に倒すようにした」

「ありがとうございます」

「何、漁業する時間さえ決めておけば、その他の時間は暇だからな」

「いずれ、水棲魔獣を大々的に討伐していただくかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」


 王宮内の一室でダヴィデとヒューゴは、セリヌディア大陸東部方面への魔獣進入についての対応を確認している。セレリアは二人の話をじっくりと聞いていた。


「あとパトリツィアからだが、火竜の配置は順調に進んでいるということだ」

「各領地に火竜一体を配置していただければ、貴族は私兵を持つ理由がなくなります。先日発布した法令に説得力を持たせられます。パトリツィア閣下に御礼を伝えてください」


 ヒューゴは座ったままダヴィデに一礼する。


「ガルージャ王国の方はヒューゴに任せるけどいいのか?」

「はい。飛竜で海上と陸上を巡回し、発見次第攻撃することになってます」

「パリスちゃんが指揮しているんだったな」

「ええ、ついでに村落周辺の魔獣を狩って、食料に適しているものは住民へ提供し喜んで貰っているようです」


 一つ頷いてダヴィデは話を続ける。


「あと……旧ズルム連合王国の方は?」

「メリナさんへ手紙を渡しました。金龍と屠龍の介入を止めてもらってますので、こちらの作戦はいずれ効果を出すでしょう」

「そうか。パトリツィアは大陸西部方面には手を出せないからな。俺の方もちと手が回らないし」

「気にしないでください。僕等がやっているのは、いずれルビア王国へ侵攻する際の準備です。帝国が関わる必要は今のところありません」


 二人の話が途切れたところに、セレリアが参加する。


「いずれルビア王国との戦闘は避けられないのね」

「ええ、セレリアさん。あちらも先の内乱で失った戦力を回復させています。二年、もしくはもう少し早く攻めてくるでしょう」

「魔獣を戦力に加えているから?」

「はい。人間を鍛えるより早く戦力として計算できますし、数も確保できますから」

「そう。それまでに帝国を新たな体制でまとめておきたい」

「ですね。僕も早いところ帝都に縛られない身体になりたいですよ」


 ダヴィデが思い出したように話題を変える。


「そういやヒューゴ。王宮の奥にある霊廟には行ってみたか?」

「いえ、まだです」

「必ず行っておけよ。先代皇龍の声を聞けるからな」

「聞く必要があるんですか?」

「ああ、あるぞ。お前が皇龍になるかもしれないからじゃない。この世界をより良くしたいという想いを引き継いで欲しいからだ」

「判りました。明日にでも……」


 うんうんと頷いて、ダヴィデは席を立ち上がる。


「じゃあ、セレリア、ヒューゴ、何かあったら連絡してくれ。俺はパトリツィアと違って暇なんでな」


 ニヤリと笑って部屋を出て行く。セレリアとヒューゴも見送りのためにその後を追った。

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